現役のエホバの証人から−排斥された人への気遣いについて

(8-25-98)

こんにちわ、はじめまして。
私は現役のエホバの証人です。
他では絶対に知ることのできない情報を得させて頂き、感謝しています。
さて、エホバの証人は排斥された人に対して冷たく、精神的な虐待を与えているとい
う内容を時々目にします。村本さんご自身もそのように考えておられるようですね。
しかし、エホバの証人は、排斥された人で、復帰を望んだり、対話を望む人のことを
定期的に考慮し、長老がそのような人と会うということを行っています。このことを
はそのような排斥された人のことをエホバが気遣っておられ、そして、組織もその人
のことを暖かくいつまでも気遣い、いつでも復帰できるように門をあけているという
ことを示しています。あなたはこのことをご存知でしたか?さらに、どのように思わ
れますか?

《編集者より》
現役のエホバの証人としての貴重な投稿に感謝いたします。

この件については、7月30日の投書の答えでも少し触れていますのでお読み下さい。(元エホバの証人からエホバの証人について)エホバの証人が排斥された人々に対して、復帰の機会を与えていることは私も知っています。実際、排斥と復帰を繰り返した人も知っています。しかし、これらの復帰する人々は大部分は、不品行などの「過失」を犯した人々です。犯罪の種類で言えば「刑事犯罪」のようなものです。確かに悔い改めて、その過失を二度と繰り返さなければ、復帰させるのは道理に適っています。しかし、これ以外に「思想犯罪」で排斥される人々がいます。これらの人々は、ものみの塔の教えにはっきりと誤りを見つけそれを指摘して正すことを忠告する人々です。たとえば、1914年の教義の土台である西暦前607年にエルサレムが陥落したことは、ものみの塔協会の作り上げた教えで、聖書的にも歴史学的にも根拠がないことを指摘し、より正しい知識に基づいてエホバを崇拝することを提唱した人がいたとしましょう。その実例はこのページをご覧下さい。この人は「背教者」のレッテルを貼られ、排斥になり、この考えを持ち続ける限り、復帰できません。この人が復帰するためには「私の思想は間違っていました」と、真理を捻じ曲げて宣言しなければなりません。もう一つの例を挙げましょう。あるエホバの証人が、「血漿は、アルブミン、グロブリン、凝固因子など、協会が良心の問題として受け付けても構わないと考えている血液成分の集合である、だから私は血漿を受ける」と言って血漿を使った治療を受け付けたとしましょう。もちろん、そのことだけでは、この証人は確かに排斥されないかも知れません。しかし、もし審理委員会で、「他の成分を受け付けてよく、その集合である血漿を受け付けることを禁じて尊い人命を失うのは正しくないことだ、こんな決まりはどこにも聖書に書いていないのだから、血漿を受けることも個人の良心の問題とすべきだ」とその証人が訴えたとしましょう。この証人は排斥になり、「背教者」のレッテルを貼られ、「私が間違っていました、血漿を受けることは聖書の教えに反することだと今は信じています」と言うまで、復帰の機会はないでしょう。

私は「刑事犯罪」にそれに相応する処罰があることは、仕方がないことだとは思いますし、その人が罪を認めて悔い改めれば、復帰するのも当然と思います。しかし、私は「思想犯罪」で人を処罰し、「思想転向」を復帰の条件に使い、「思想転向」をしない限りその人に偏見に満ちた「背教者」のレッテルを貼って、冷酷な扱いをするものみの塔のやり方は、昔の軍国主義日本(レッテルは「国賊」)、旧共産国(レッテルは「反革命分子」)などと同じように、ものみの塔宗教の重大な誤りだと思っています。私はこのような「思想犯罪」のために排斥処分を受けたり、自分から断絶した人を沢山知っていますが、エホバの証人の家族友人は、全てそれらの元エホバの証人を避けています。

あなたは、これに対して、「エホバの証人になるかならないかは自由であり、もし組織の教えが気に入らなければ出ていってもらうのは当然ではないか」、とおっしゃるかも知れません。しかし、思い出して下さい、あなたが野外奉仕に出て、聖書研究に興味を示す人々を探す時、それに応じて来る大部分の人は、聖書について知りたい、神(エホバ)を知って崇拝したい、という純真な気持ちから興味を示すのではないでしょうか。エホバの証人の大部分は、純粋にエホバに仕えることを目的としてこの組織に入った人たちです。実際、西暦前607年や血漿と血清の違いなどの細かいことには興味も無ければ知識もありません。このような細かい決まりがどうであっても、エホバに仕える大きな目的には変わりはないはずです。しかし、組織にとってはそうではありません。エホバに仕えることよりも、組織の安泰が最も重要なのです。そのために、組織の安泰を少しでも揺るがすような「思想犯罪」を犯す者がいれば、本来の聖書とエホバでの一致を忘れて、ただ組織のために、それらの人々に「背教者」のレッテルを貼って追放するのです。「ヤコブの手紙の注解」を執筆し、ニューヨークのベテルで統治体を補佐していた、ダンラップ氏は、自分が典型的な「思想犯罪」のために排斥処分となった時、こう言っています。「私は組織から出て行くけど、『背教者』というのだけは止めてほしい。私はエホバとイエスに仕えることを止めたわけではないのだから。ただ組織の方針に意義を唱えてそれが受け入れられなかっただけなのだから」。

そうです、私はエホバの証人のあなたに提言します。このような「思想犯罪」で排斥された人々を「背教者」と呼び、冷酷な仕打ちをすることを直ちに止めて下さい。これらの元エホバの証人の中には、エホバとイエスに仕え続けたいと思っている人が沢山います。これらの意見の異なる人々も暖かく接して、広く門をあけて下さい。少なくとも、これらの人たちとの対話の機会を閉ざさないで下さい。お願いします。

今回は、投書を送って頂き、本当にありがとうございました。またこの私の見解に対するご意見を頂ければ幸いです。