「エホバとつながっていないからです」

(5-17-04)

あなたが多くのエホバの証人を脱退へと動機づけれたのは、その方々がエホバとつな
がっているのではなく、組織とつながったエホバの証人だったからです。これから
も、組織の人は少しの失敗やミスを犯すでしょう。それは人間の組織だからです。多
くの賢明なエホバの証人はこの事に気づいています。しかし、何十年も聖書の研究を
していても、知識としてその内容を理解していても、その本質を理解できないエホバ
の証人がいることは、「狭き門を通る」ことの証しなのかもしれません。いずれにし
ても、あなたがいろいろな疑問を投げかける事は、ある意味勉強になるのかもしれま
せんね。

《編集者より》
「組織とつながる」、「エホバとつながる」という言葉の定義は何でしょうか。このような議論は実際には、組織に忠実なエホバの証人からよく聞かれるので、その人たちの議論からあなたの主旨を推測してみたいと思います。あなたが言いたいのは、エホバに直接信頼をおいているエホバの証人は脱退せず、エホバよりも組織を信頼しているエホバの証人は、組織の失敗やミスを見て脱退することになる、ということだと理解します(なぜならこのような理由付けは、何度も繰り返されてきたからです)。確かに、エホバの証人の組織が神の地上の唯一の組織であると信じ続けてきた人々は、そうでない証拠が明らかになった時点で組織に愛想をつかして離れるのは当然でしょう。それでは、本当にエホバに信頼をおいてきた人は、組織が偽物であると分かった時どうするでしょうか。それらの人々にとっては、やはりエホバが第一ですから、そんな不完全な組織にすがり付いている必要はないはずです。しかし、あなたの議論では、偽物でも腐っていても組織にそのようにすがり付いているエホバの証人が、エホバにつながっていて「狭き門を通ることの証し」になることになります。別の人々はエホバが「ふるいにかけて」そのような「組織につながる」エホバの証人をふるい分けていると解釈します。本当にそうでしょうか。

私は文面から見て、あなたが自分の組織に留まる理由を、「エホバとつながって」いるからという大義名分で正当化しているのではないかと思います。あなたもご自分で書かれたように、この組織の限界をもはや否定できなくなっています。しかしあなたは、他の勇気ある元エホバの証人のように、思い切って昔からの縁を切ることが出来ません。そこであなた自身の心の葛藤を解消するために、正当な理由を見つけなければなりません。そこで、「私は組織ではなくエホバにつながっている、だから組織がおかしくたって今まで通り続けていけばいいのだ」と自分で自分を慰めて満足しているのではないでしょうか。これを心理学では「認知不協和の解消」と言い、カルトや嗜癖の行動の原動力になっていることがわかっています。簡単な例をあげましょう。タバコの害が明らかになるにつれて、多くの人々が勇気を出して喫煙をやめました。しかし、どうしても止められない人も少なくありません。その人たちも喫煙の害は、知らされています。それではどうして自分の行動を正当化するのでしょうか。色々なやり方がありますが、よく見られるパターンは、タバコを吸うことによりストレスを解消し、それが健康増進につながるという見方です。大麻の嗜癖では、この理由付けはもっと強く打ち出され、大麻の健康増進作用が強調されます。あなたが、組織を出て行くエホバの証人を「組織につながっているから」として、あなたのようにあくまで組織にすがり付くエホバの証人を「エホバにつながっているから」と言うのは、丁度、タバコをやめる人々はタバコの健康作用を知らないからで、「私はタバコの健康にいい面を知っているから」といってあくまでタバコを吸い続ける人に似ています。そして、その本当の理由は、タバコを止めるべきであることを知りながらそれを出来ない自分の不安と葛藤を隠すために、自分で自分に暗示をかけて、自分の弱い意志を正当化しているのです。あなたが「エホバにつながっている」と言いながら、実際は腐っていてでも組織にすがり付いているその心の裏に何があるかを、もう少し深くのぞいて見てください。