「時間潰しの伝道」(静かなる嵐)

(6-23-01)

いったい何人の人がまともに伝道をしているのだろうか?この質問をまづ、長老にす
べきである。
米国の話だが、ある、長年長老をしてきた兄弟が私にこういった、「私はいっさい再
訪問はごめんだね、何故って? 良い再訪問を持つと責任がかかる、時間がかかる、
私は責任はほしくないからね。」。

開拓者の多くの研究は証人の家族の子供たちを司会するケースが殆ど。新しい研究生
が見つかるのはまれ。見つかっても長続きしない。結果的に会衆中が伝道嫌い。ある
開拓者は車の中で寝ていながら時間をいれる。

長老は牧羊の業と名うって、いつも伝道中に姿を消す。残るのは昔から、まじめにし
ている、一般の伝道者。開拓者は毎月、バケイションをとらないと、焼け付いてしま
う。本人たちも無理をしているのを一番理解している。開拓を続けられる理由を問わ
れるといつも異口同音に答える、「エホバの祝福が多いから」と。殆どは見栄でして
いるなにものでもない。5年間開拓をして研究が一つも見つからず、どこがエホバの
祝福であろうか。保険の外交員ならとっくにくびである。

米国でも、日本のように、タイトル大好き人間は大勢いる。巡廻監督の前でいい顔す
るためにも、長老の奥さんは開拓をして頑張る。

伝道は、もっと純粋な動機に動かされ、隣人愛、神への愛であるべきである。巡廻訪
問の度に、思うことがある。一度も伝道の取り決めが前もってなされた事がないこと
である。伝道の日の朝、誰が私と伝道したいかと毎回、巡廻監督は聞くが、手を上げ
るのは長老だけ、そして巡廻監督と長老団を乗せた車の中では今日もよもやま話に花
がさく。巡廻監督もその日のランチをどこで何を食べれるのかが一番の関心事。
ある、長年開拓をしていた長老が伝道活動についてこのように自分の気持ちを表し
た。誰も聞いてくれないのに私たちは、気が狂った人のように同じ区域をぐるぐる、
ぐるぐる、ぐるぐる回っている。

まるですべての証人が夢遊病患者ののように、ただ、伝道時間をいれることだけにこ
だわる。
人生、これほど無駄な活動があるだろうか。マインドコントロールのなにものでもな
い。

静かなる嵐

《編集者より》
これは『「真理より数」−長老を下ろされた証人より』の投稿者(静かなる嵐)からのものです。伝道活動をその時間数の量によって計ろうとするものみの塔の方針は、本来霊的で、自発的であるはずの伝道活動を、セールスマンの売上競争と同じく量が支配する世界に変えてしまいました。その結果は、あなたが身近に観察されたように、エホバの証人を「時間稼ぎ」を第一とする態度に追いやってしまうのです。ここでも浅墓な人間の知恵が支配する組織の矛盾が、見事に現れています。