私の組織論

村本様の「精神疾患」についての調査は、日常的に観察されながらもタブーであった領域に踏み込み、分かりやすく説明してくださったものでした。私は不活発になった後、心の整理をつける意味で独学ながら、社会学、心理学、政治学といった第三者の視点に立ち、集団組織論としてものみの塔を分析してみました。この組織と関わるきっかけとなったのは、世界の常識として聖書を勉強したいという軽い動機でしたが、研究生の時は司会者への恐怖感に苛まされ、それから逃れるために受けたようなバプテスマの後は、エホバの証人とは宗教とは名ばかりの思想集団であるという印象を抱きました。オーム以前で世間知らずだった私は怖いもの見たさで長年の歳月を費やしてしまいましたが、個人的に魅力のある人々にもたくさん出会えた事や、反面教師として人間を観察(自分を含めて)する機会を得た事は貴重な体験だった半面、家族を振り回し、何よりも、自分を見失ってしまいました。贖罪の意味においてもその原因を自分なりに調べ、早く立ち直りたいと切望した次第です。稚拙な文章であり、多分に偏向した部分や、村本さんと重複する部分も多々あると思いますが、お許しください。

<T.ものみの塔の権威主義的イデオロギー性>

 ものみの塔もこの120年間で600万人の人々を、キリストの名のもと、自称、「神の王国」に集合させたのですから、優に北欧の一国に匹敵するほどの存在感を持っているといっても過言ではないでしょう。それも、世界中に点在しているため公には目立たず、聖書を看板に掲げることにより、それほどの脅威を人々に感じさせる事なく成長する事ができたのです。しかしエホバの証人の場合、『神の他に権威はない。』というパウロの言葉が、社会の中で国家の権威を否定するという明白な宣言であり、それを理解したうえで『神の王国はあなたがたの中にある。』と言うイエスの言葉を信じた経緯を自覚しているでしょうか。神権統治という神の代理の支配に自発的服従に至ったのは自分自身なのだという事実は案外見過ごされてきたのではないでしょうか。ものみの塔は自らを「神」ではなく、その代理者として「聖なるもの」と自認したが故に、聖なるものが組織の構成員を規制すると言うのは、極めて暴力的な出来事であるといえるでしょう。イエス キリストがそうだったように、クリスチャンは無政府主義者と混同されやすい面をもっています。

『聖書的思考は直接的にアナーキズムを導き、これがキリスト教思索者に一致する、「政治的な反政治的立場」なのである。』このジャック=エルールの言葉は、アナーキズムは必ずしも無神論ではないが、宗教的アナーキズムは通常キリスト教アナーキズムの形態をとることを私たちに示唆しています。ものみの塔はその点どうなのでしょうか。国家を支えるイデオロギーには『近代に固有の権力手段、人間を自発的服従に誘うものなので、自己の足場への原則的懐疑は許されない。故にそこからの逸脱は「病」として治療、矯正の対象となり、余暇も労働力再生産の「ためのもの」と位置付けられている。』という定義があります。ものみの塔のような全制施設(生活全てを管理されている施設…病院、工場、学校、老人ホームなど)では組織への疑問は霊的な病として即、長老のもとに報告され、言動も信者同士監視され、レクリエーションも奉仕を続けるための気分転換なので、常に仲間の目(=相手の良心)を意識せざるを得ず、心底くつろぐことはできません。オルダス ハックスリーは小説『素晴らしき新世界』のなかで「個人が感情を持つと、社会が揺らぐ。」といっています。そのような環境ではそれまでのアイデンティティを根こそぎ剥ぎ取られ、全面的に管理され「エホバの証人らしさ」という押付けがましい役割が、個人を拘束するようになります。証人達は「規格化」にむけて調教、規律、訓練という方法で管理されます。それに対して、個人は抵抗を試みますが、やがて自発的服従にいたるのです。しかし大切なのは、管理する側も管理者として、強く拘束されており、長老から統治体の成員に至るまで、エホバという見えない「権力」を恐れ、認められたい、誉められたいと思っているということです。たとえばヒットラーは民衆に対してはサディスティックに振舞いましたが、運命、歴史、自然という「高位の力」に対してはマゾヒスティックでした。しかし、そのような不安なシステムの中では、ただ過剰に同調するだけでは安心できず、さらに自分の身代わりやいけにえを作り出して自己防衛をはかる以外なくなってしまいます。(=いじめ)  こうして内なる敵の探索、むしろ敵の誘発が内集団内で防衛的に行われますが、わずかな取るに足らない差異が再発見、強調され、過剰に意味付けされ、「微細なダブルスタンダード」が作り出されて、いち早く隣人に適用されます。さらに自分はそうではないが、他の人々は皆、規範を無批判に受け入れていると思い込むことによって、「微細なダブルスタンダード」を暗黙のうちに承認し、支持する機能を果たすことになります。

 高等教育の否定、輸血拒否、徴兵拒否など様々な非社会的行動は「社会的非協力」ともなり、隣人を見殺しにしかねない状況をうみだし、サマリヤ人のたとえとは異なる思考パターンや鈍感さを身につけさせるようになっていきます。このような側面は証人たちを自ら社会の下層部へと追いやり、神の集団(聖域)ゆえに苦悩を味わされていると錯覚し、イデオロギーをスケープゴートとして必要とさせる効果をもっています。イデオロギーという空論とその社会的実践を結びつけるのは宗教性に他ならないからです。それにイデオロギーは当事者には思惟できず、あくまで対立する相手にしか見出されず、あらゆる非難を一身に背負わされる、という特徴をもっています。エフェソスの聖句にある「神の武具を身に着けた、キリストの兵士」といった表現を多用する事は、無意識のうちに「神の像」として造られた、証人たちの人間性を奪っているのではないでしょうか。

エホバの証人は自分達をイデオロギーだとは思っていませんし、自由意志を尊重されていると信じていますから、そのような人々に対して、教育の機会を限定するような選択を迫ることは、自分達の利害関係を上手く表現できない、現状維持的で保守的な権力支持層を生み出し、組織としては最低限でも人数面での保障を得る、というメリットがあります。しかしそれもハルマゲドンという「期限付」であったために、現在では方向転換を迫られており、 実際に生じる問題として、学歴が低いのは、コンプレックスや刹那的人間を産み出し、組織内での異常な競争意識の温床になっているように思われます。しかしそうしたマイナスのエネルギーを、組織の拡大に貢献させる事ができるようにプラスに転化した逆転的な発想が、それまで表面に出ることの少なかった女性陣にも組織への貢献度が、目に見える形で証明できる「開拓者制度」と言うキリスト教らしからぬ名称のシステムではないでしょうか。

<U. 開拓者とプラグマティズム>

  先ず、プラグマティズムとは、19世紀に既に発展していた東部(マサチューセッツ、ペンシルバニア)から西部へ開拓を進めていく中で生まれたフロンティア精神が、プラグマティズムという現代アメリカを象徴する理論で、実践や行動を重んじる思想を創りだしました。一口に移民といっても植民地時代の同質性の高い旧移民と、20世紀はじめにユダヤ人知識人など中心に登場し、新移民の増大により人種のるつぼ(融和)と呼ばれる状態になったアメリカ社会への変遷、また60年代以降、現在に至るまで続く文化的に異質な移民の流入によって生まれたサラダボール論 (エスニック リヴァイヴァル)と呼ばれる文化的多元主義の時代とでは、アメリカ国民のプラグマティズムとの関わり方は自ずと変化してきています。1935年頃は労働運動が爆発した時であり、労働者が力をつけ、ジョン デューイの「公共的社会主義」というマルクス主義とプラグマティズムを結びつけたアメリカ版社会民主主義が台頭し、その流れが50年代のマッカーシズムでの反共キャンペーンと言う現代の魔女狩りへと移行していくきっかけとなっています。ものみの塔も時代の流れに並行して、1931年には「エホバの証人」と言う名称の採択、1935年には「大群衆」という地的クラスを誕生させることにより、信者たちを天的クラスである支配者階級と明確に分断し、血を流すことなく、穏便に神権統治体制を確立させることに成功したのです。

アメリカは1950年代に冷戦体制という歴史的制約の中にいるにもかかわらず経済や、文化面で一大大国となりました。1950年代末から高まった平和運動や公民権運動はアメリカ国内からあっという間に世界を凌駕し、人々の意識は急速に変化したにもかかわらず、世界は代理戦争による核兵器使用の危機に直面していました。そうした社会変動を教理に「増し加わる光」として巧みに取り入れながら、ものみの塔は第二次世界大戦後、世界中へ宣教者を派遣し、再び歴史上類を見ない世界情勢の真っ只中へ、「この事物の体制の終結」と言う終末論を前面に掲げて、飛び込んでいったのです。両者共に自由主義とファシズム的イデオロギーと形態は異なっていながら、非常に保守的なキリスト教原理主義者たちであり、多民族国家、多元主義という現代世界でも類を見ない特殊な土壌 環境を背景に成長していったのは興味深いことです。テキストブック的明快さ、単純さ、プラグマティックな効果を付与して作り出された教育のシステム(マニュアル化)等は共通してみられる土台であり、「成功」を目指し、マクロからミクロの世界のあらゆる分野にまで影響力を行使せずにいられない貪欲さは、〈開拓者精神〉を大きな原動力としているように思われます。しかしアメリカ合衆国が国家の成熟とともに大衆消費社会へと移行していくのに対し、ものみの塔はピューリタン的禁欲主義へと逆行し、ユートピア実現という組織の存在理由を証明するために次々と宗教上の奇抜な教理や解釈を生み出し、カルトへの道を歩んでゆくのです。

<V.清い言語>

  スターリンは言語を変革闘争の武器として重視しました。言語が人間同士コミュニケーションする第一歩だとすると、その人の生まれ、育った国の教育は決定的な影響を人生に及ぼす事になります。だから国家の基盤は教育にあるともいえる訳ですが、ナチスドイツや全体主義社会では、言語やコミュニケーションの内容を規定しようとする政府の政策から生まれて来る「強制指導型コミュニケーション」という方法がとられました。様々な出来事について政府と同じ評価を人々にさせるために、単にイデオロギーを学習させるだけでなく、一つ一つの言葉の使い方まで統制しようとしたのです。その結果、国語辞典や百科事典も改訂され、言葉の再定義と共に新たな造語がなされました。このようにナチスは言葉そのものの再定義を徹底してやりました。ナチズムは「感情同化の原理」に基づく演出的政治技術を駆使して大きな成功をおさめ、12年間も維持されたことが悲惨な結果を正当化するのに貢献する事となったのです。山本七平氏も「翻訳とは訳者の神学なので,その人間が何を考えているのか逆にわかる。」と述べています。ものみの塔においても、新世界訳聖書の翻訳や研究記事、「洞察」また神権宣教学校での細かな言葉の定義や使い方、身振り、話し方の訓練にいたるまで、全て根本の所から意図的に歪められた情報操作がなされています。ですから、このからくりに気づくことなくして、その後の自分を配列し直し、再構築する事は不可能でしょう。

90年代に入り、冷戦は一応終結し、イデオロギーは影をひそめ、グローバル化による弊害も見え始め、既存の世界観は通用しなくなりました。特に先進国とよばれる国の人々は価値観の大転換をする必要に迫られてきました。同様にこれからものみの塔は政治的に不安定な地域での信者の増大や、反対に減少してゆく富裕層の信者たちの動向に合わせるために、預言の解釈も自在に変えていくでしょう。愛と一致はますます強調され、組織に残った人々は、再び「幸福な奴隷」として、全てお膳立てされた霊的パラダイスの中で次のハルマゲドンを楽しみに待ち続けることができるのです。暴力や戦争は常に社会集団に内在し、平和を成立させる前提条件として組み込まれています。暴力なき「平和で安全」な神の王国と言う発想は、身体にとっての夢同様、実現はされなくても、組織の健全さを保つために必要なものでしかありません。

<結論>

プロテスタントの亜流に始まりながらも、偶像を全て取り払い、聖書の預言を具現化した唯一真の宗教、と呼ばれる事を組織としては目ざしたのかもしれませんが、現実はものみの塔自体が『自己神格化』という平凡な「わな」にとらわれていた事を示しています。こうなると運命共同体的組織はアノミー状態(人々の欲求が異常に肥大化し、バランスの失われた無規制状態のなかで、やがて逆機能し、事無かれ主義、硬直化、自壊が進む)といったプロセスを踏むのが今までの常套でした。しかし、昔ながらの共同体が崩壊した現代において、増加する一方の疎外された社会的弱者と言われる人々に関して、ものみの塔は非常に有意義な存在になりうる可能性を秘めています。それでも今までのような即物的な聖書解釈や人的、物質的援助に頼った人権無視の旧態依然とした体制では意味がありません。新たな出発のためにも,反省能力と謝罪は不可欠な要素ですが,キリスト教の場合、神の前で悔い改めれば,神は許されるだろう、という考えが前提にあるので,人間に対して謝罪する,という発想は期待できないようです。 硬直化した組織に無理な期待をするよりは,証人の側が聖書の規準に沿って成長し,共依存の関係から脱却して、一人の人間として神との関係を築けるようになれば,組織はそのための「手段」である、という自明の理を思い起こす事が出来るでしょう。組織は成員たちの鏡なのです。


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