カナダ、カルガリ市における16歳のエホバの証人少女の輸血拒否裁判
ニュースと手記

カナダ、アルバータ州のカルガリ市では、今年二月以来エホバの証人の未成年者による輸血拒否を巡って、市の児童保護局と、ものみの塔協会のカナダ支部が裁判闘争を繰り広げ、一時はカナダの最高裁判所にまで持ち込まれ、カナダ全体やイギリスなどでこの問題は大きく取り上げられてきました。このニュースは英語圏では大きなニュースとなり、この編集者も個人的に関係しましたので、ここで詳しく紹介します。

事の発端は、カルガリに住むエホバの証人である16歳の少女が二月に急性白血病を発病し、アルバータ小児病院の医師が化学療法と輸血による治療を開始しようとしたのに対し、少女とその家族がこれを拒否したことに始まります。アメリカでも同じですが、カナダでは未成年の患者が必要な治療を拒否したり受けられない場合には、一時的に州が保護措置を取り、親権を親から州に移して治療を受けさせなければならない決まりになっています。この法律に従って、カルガリ市の児童保護局は、直に家庭裁判所の命令を得てこの少女を保護して必要な治療を開始しようとしました。しかし、これを聞いたトロントのものみの塔協会カナダ支部の弁護士は、直にカルガリに駆けつけ、これを阻止しようとしました。

記者会見する
ものみの塔協会
カナダ支部の弁護士
デービッド・グナム氏
最初の裁判は、少女の入院の翌日より小児病院で家庭裁判所の判事の下に行なわれ、ものみの塔協会側は、この少女をMature Minor (ものみの塔協会の訳語は「成熟した判断能力のある未成年者」)として扱い、16歳であっても、大人と同じように扱って、本人の輸血拒否の意志を尊重すべきであると主張しました。これに対し、児童保護局側はこの少女がエホバの証人の両親の元に育てられ、血に関する別の見方に触れる機会がなかったことから、充分な情報を得ていないと判断して、少女を大人扱いにすべきではないと主張しました。家庭裁判所のジョーダン判事は、主治医の「輸血なしの治療では死亡率100パーセント」の証言と、児童保護局側の主張であるエホバの証人の子供の情報制限を問題として、児童保護局側の主張を全面的に入れた判決を下し、その翌日からこの少女の輸血を使った治療が始まりました。

この間、少女の父親(エホバの証人)が最初の裁判の途中で、立場をひるがえし、聖書の血の記述は輸血を想定して書かれたものではないという新しい聖書解釈に達したとして、自分の子供への輸血に同意しました。それ以後、この裁判は少女の適切な治療を目的とする父親と児童保護局のチームに対して、少女の「成熟した判断能力のある未成年者」としての権利を代表するというものみの塔協会の弁護士たちと少女の母親という組み合わせの対決となりました。カルガリの新聞、カルガリ・ヘラルドはこの対決を大見出しで取り上げ、父親がものみの塔協会の認めていない聖書解釈を行なったことで、彼は家族、友人から全て見放され、病院で会っても一切挨拶もされなくなったという、エホバの証人の社会に独特のshunning (忌避)の習慣が実際に行なわれていることを報道しました。それ以後、カルガリではこの父親を「shunned father」(忌み嫌われた父親)という名で呼ぶようになりました。(これには児童保護局の親権下にある場合には、児童と家族の実名は公表できないという決まりがあり、新聞で父親の実名を公表できないことも関係していました。)

その後、3月と4月にかけて、ものみの塔協会側は徹底的に裁判で争う姿勢を示し、アルバータ州の高等裁判所(Queen's Bench)に先ず上訴し、これに負けるとエドモントン市のアルバータ州上訴審裁判所に持ち込みましたが、ここでも、下級裁判所の判断は支持されました。5月に入り、少女の治療は輸血を使って予定通り進められましたが、その一方でものみの塔協会は、輸血を直に中止することを主張し、ついにカナダの最高裁判所に判断をを要請しました。しかし、最高裁はこれに対する判断を保留しました。全ての道を塞がれたかに見えたカナダのものみの塔協会は、それまでの全ての敗訴にもかかわらず、再度カルガリの児童保護局を相手にとって、家庭裁判所に再審査の要求をしました。アルバータの児童保護法では、保護措置の延長には定期的に再審査が必要とされているため、この訴えは却下できず、この争いは4度目の法廷闘争に入りました。

この間、少女の父親(いわゆる「忌み嫌われた父親」)は元々経済的に余裕のある人ではなかったため、、度重なるものみの塔協会の控訴のために、たちまち裁判費用が底をつき、地元の新聞はこの父親への資金カンパを呼びかける一方、ものみの塔協会が潤沢な資金を使って金に糸目をつけずに控訴を続けて、相手側の資金を使い果たさせることで裁判に勝とうとする態度に、批判の姿勢を示しました。「家族も友達も全てなくなり、私は今裁判で破産した、その上でものみの塔協会は娘の輸血を阻止して、娘をも私から奪おうとしている」というこの父親の涙まじりの談話はカルガリ市民の同情をかい、ものみの塔協会への批判は地元のテレビやラジオショーでも高まりました。

この第四回目の裁判は6月17日から開始され、この編集者もエホバの証人の医学倫理問題に関する鑑定証人(expert witness)の一人として、父親側を援護する証言をするためにカルガリに行くことを要請され、この裁判に出席する機会を得ました。この編集者の他、エホバの証人の歴史研究家で元大学教授、「Apocalypse Delayed」の著者である元エホバの証人のジェームス・ペントン氏(カナダ人)、エホバの証人の内部改革派で、エホバの証人の教義の詳しい解析を行なって本を出版した現役の証人であるグレッグ・スタフォード氏(アメリカ人)の三人が、父親・児童保護局側の鑑定証人として呼ばれました。これらの鑑定証人に要請された課題は、エホバの証人たちがいかに異なった見方を取り入れることを禁止され、その結果輸血医療に関しての見方がいかにかたよったものになっているかを、ものみの塔協会内部の資料と医学雑誌の記事を使って証言することでした。

これに対し、ものみの塔協会側は、この編集者を含めた三人の鑑定証人に対する徹底的な個人攻撃を展開し、なんとかその証言を阻止しようとしました。裁判は8日間を予定されていましたが、何とその最初の二日半は、誰を鑑定証人として認めるかで、熾烈な弁護士同士の闘いが続きました。結局、裁判長は全ての鑑定証人の証言を証拠として取り入れることに同意し、ものみの塔協会側の「これらの鑑定証人はエホバの証人に恨みを持つ不満分子」という主張は却下されました。

6月20日、21日の2日間は少女の医療チームの証言が行なわれ、終末明けの24日の月曜日から児童保護局と父親側が、次々に3人の鑑定証人の尋問を行なって証拠提出を行なう予定となりました。24日の9時からの最初の証言は、この編集者が予定され、23日の日曜日は弁護士との打ち合わせを行なっていました。しかし、何とあと12時間以内に証言が始まるという段階で、トロントのものみの塔協会支部は、児童保護局側の弁護士に電話で調停を申し込んできたのです。それ以後、調停交渉は24日の朝までもつれこみました。その朝、法廷は100人近い傍聴人で一杯となり、入りきれない人々が報道関係者と廊下で立って中からの様子を聞く形になりました。傍聴人の大部分は地元のエホバの証人で占められました。しかし、この編集者の証人尋問開始予定の9時が過ぎても調停は成立せず、一時は調停決裂、証人尋問続行は不可避と見られていましたが、ようやく10時半になって双方が調停に合意しました。

この調停では、3人の児童保護局側の鑑定証人の証言は行なわず、裁判そのものを10月まで休廷とする、少女の必要な治療は輸血も含めて続ける、調停文書に少女とものみの塔協会側は輸血に最後まで同意しなかったことを明記する、最後に母親に証言の機会を与えるという内容でした。調停成立後、母親は証人台に立ち、いかに輸血が少女を傷つけ、児童保護局が行なったことはナチスドイツがエホバの証人に対して行なったのと同じことである、と児童保護局を強く非難しました。児童保護局側はこれに対して反論の機会を放棄し、裁判はこれで閉廷となりました。児童保護局側はあくまで児童を保護することが目的で、宗教論争に関わることではないという態度をとったのです。しかし閉廷前に、裁判長は母親に対し、「ナチスが迫害したのはエホバの証人だけでなく、ユダヤ人もキリスト教徒も他の宗教の人々も全て同じように迫害されたのを知っていますか」と諭すように質問し、これに対しては母親も返す言葉がありませんでした。

この調停は、形式的には「ものみの塔協会と少女とその母親は決して調停を希望せず、輸血に決して同意してはいないが、技術的な理由からこれ以上長引く裁判をすることが困難なために、裁判を延期する調停に応じた」ということになっています。しかし、少女が必要とする輸血と化学療法による治療はその後2−3週間で終了する予定で、それ以後は輸血の必要は非常に少なくなり、児童保護局は介入する必要はありません。実際、児童保護局はその時点で、保護措置処分を解除する予定にしています。従ってこの調停は実質的には少女とものみの塔協会側が現在の治療を続ける(つまり輸血を受ける)治療を完了することに同意したことになったのですが、ものみの塔協会側は裁判記録上その事実を残したくないために、形式的に休廷とすることにしたのでした。つまり実質的には児童保護局側の勝訴となったのですが、調停によりものみの塔側も一応面子を保つことができた、と言えるでしょう。

児童保護局側の弁護士たちは、我々3人の鑑定証人の証言がものみの塔協会にとって大きな痛手を与え、それが公的に閲覧可能な裁判記録に残ることを恐れて、ものみの塔協会は裁判に勝つことよりも、鑑定証言を阻止することに目的を変えたと分析しています。裁判の最初の2日間に見られた異常なまでに執拗な3人の鑑定証人に対する個人攻撃は、ものみの塔協会のこれらの鑑定証人に対する恐怖を物語るものでしょう。また、調停ではものみの塔協会側は「調停は希望しなかったが」とうたわれていますが、実際に23日の日曜日に調停交渉を申し込んできたのは、ものみの塔協会側の弁護士であったことは、いかに「建前と本音」がかけ離れているかを示すものでしょう。

この編集者は、鑑定証人として招かれたことから、この輸血裁判の詳細を直接に追うことができましたが、この裁判では幾つかの新しい傾向が見られました。ものみの塔協会が資金に糸目をつけず、輸血を阻止するまで徹底的に闘い、輸血が行なわれれば、権利の侵害が認められるまで徹底的に闘うことは、今までにも繰り返し見られたパターンで新しいことはありません。また、ものみの塔協会が持ち前の潤沢な資金を利用して、相手の資金をまず使い果たさせる裁判戦術に出ることも良く知られています。(これはエホバの証人の離婚裁判で親権を巡る法廷闘争で繰り返し行なわれた手口でした。)しかし今回の裁判でユニークであったのは、今までの「治療の必要性」に対する「患者の権利と宗教の自由」という図式を離れて、「信者の組織内部での情報制限」に対する「情報を得た同意(インフォームド・コンセント)」という点が争点になり、特にこれがエホバの証人の子供のケースに当てはめられたことが、今までとの大きな違いと言えます。

また、この裁判はカナダの最高裁判所にまで持ち込まれて、ものみの塔協会が総力を投入したにもかかわらず、ものみの塔側が実質的に敗訴したことから、今後の輸血拒否裁判の動向に大きな影響をあたえるものと見られています。「目ざめよ」誌、1994年5月22日号が伝えるように、ものみの塔協会側は特にカナダで「成熟した判断能力のある未成年者」の法的概念を利用して、何人もの子供に対して輸血拒否をさせること(つまりはその子供たちの命を奪うこと)に成功してきただけに、この敗訴は大きな変化と言えるかもしれません。

この編集者が、G−8サミットを控えて厳戒態勢の引かれたカルガリを後にする際、別れ際にジム・ペントン教授は、「カルガリでのエホバの証人の地域大会を控えて、統治体員がカルガリ入りしており、その指示が裁判の決着を早めたのだろう、これはものみの塔協会にとってウォータールーだったかも知れない」と語っていました。(「ウォータールー」は日本語の「関が原」の表現に似ていて、今後の勝敗を左右する重要な決戦の意味−ナポレオンがそれ以後衰えて行ったことから来た英語表現。)

その他、現役のエホバの証人であるグレッグ・スタフォード氏が、実名で堂々と反ものみの塔の証言をすることも前代未聞であるし、裁判の途中でエホバの証人の父親が輸血拒否の教義に疑問を唱えて立場を変えたことも珍しいことでした。また、ものみの塔協会に反対する聖書理解を表明した父親が、実際エホバの証人の会衆や家族からどのような仕打ちを受けるかを、カルガリの一般市民が報道を通じて目の当たりに目撃できたことも、興味深いことでした。家族、友人を一切無くし、破産状態にされた上、子供の命までものみの塔に奪われかけたこの父親の悲劇は、アルバータだけでなく、カナダ全体の同情を集めました。この事件が、直ぐ南のアメリカでの児童性的虐待問題の報道と並んでエホバの証人社会の暗い隠された部分を明るみに出したことは、偶然ではないと思われます。今後、ものみの塔協会が、この父親や、改革派エホバの証人として堂々と反ものみの塔の証人として出頭したグレッグ・スタフォード氏をどのように処分するかが、今後の注目点となるでしょう。

(6-26-02)