エホバの証人側がモスクワの裁判所で宗教活動の自由を認められる−報道とJWICの論説

去る2月23日、ロシアの首都モスクワの裁判所で1998年以来争われてきたエホバの証人の宗教活動の自由をめぐる裁判が結審し、エホバの証人側の全面勝訴となりました。モスクワ市の検察当局は1998年以来、エホバの証人の活動の社会に与える影響の問題から、その宗教活動を禁止するように裁判を起こしてきました。その大きな理由は、エホバの証人が家族の分裂の原因となること、親の許可なしに青少年を宗教に引き込み、自殺者を発生させている、などが上げられていました。今回の判決に対して検察側が上告するかどうかは今の所わかっていません。

今回の判決により、モスクワ市の約一万人と推定されるエホバの証人の宗教活動は公認されることになり、この決定はロシア全土のエホバの証人にも適応されるであろう、と見られています。1997年に作られたロシアの宗教活動に関する法律では、キリスト教、イスラム教、仏教、ユダヤ教、をロシアに確立した宗教として公認し、それ以外の宗教が公認されるためには、長年の活動によってロシアでの存在を確立する必要があるとされてきました。それに対して、多くの宗教関係者からは、この法律が実質上ロシア正教会以外のキリスト教各派を締め出す方策であるとして、批判の声があがってきました。ロシア正教側はこれに対し、共産主義政権が崩壊した後、宗教を求める多くのロシア人が多くのカルトの餌食になっていることを憂慮し、これらの新宗教の導入を制限しながら行うべきであると主張してきました。

この判決は、宗教の自由という観点からすれば、エホバの証人だけでなく、全ての信教の自由を求める人々にとって勝利と見ることができるでしょう。このJWICも、宗教の自由は世界中で認められるべきであり、エホバの証人もその例外ではないと思っています。従って今までもJWICは、ロシアや中国において、エホバの証人を含む一部の宗教への禁制と弾圧が行われているのを、不当なものであると見てきました。

しかしその一方で、JWICはロシアの検察側が取り上げたエホバの証人の問題は、決してエホバの証人への根拠のない誹謗中傷などではなく、その問題点の指摘はおおむね正確で的を得たものであると考えます。この点において、JWICはモスクワの検察側の論理を大部分を支持し、その訴えを世界中に知らせるべきであると考えます。ただし、JWICはモスクワの検察側の結論、すなわちエホバの証人を法律で禁止するという動きには反対します。つまり、JWICは検察側の論理と理由は支持しますが、その結論と方法には反対するという立場です。

いつもインターネットに否定的な見方を教えてきたものみの塔協会は、この問題に関してはインターネットをフルに活用し、過去数年間にわたりその立場を英語とロシア語の二ヶ国語のウェブサイト、「ロシアのエホバの証人」というページで克明に訴えてきました。ここをクリックすることにより、読者の方はものみの塔協会の公式サイトに行くことができます。興味あることにこのサイト内には、検察側が提出したエホバの証人に関する学識者の意見という調査報告書が掲載されていることです。ロシア語と英語訳とがありますが、それをよく読んでみると、モスクワの検察当局はその訴えにおいておおむねエホバの証人が世界に引き起こしている問題を的確に把握しています。ここではエホバの証人は「破壊的カルト」、「全体主義的組織」と規定され、ロシア自身の過去の全体主義体制の悲劇と比較されています。その根本的な思想−選民のみが生き残り楽園を支配し、残りの全ては滅ぼされる−はロシア人にとっては自分たちの古い全体主義体制時代の傷を開く、耐えがたいメッセージなのです。皮肉なことに、ものみの塔のウェブサイトはこのロシア語の文書を英語に訳し、世界中の読者に閲覧を可能にしています。

ものみの塔協会はロシアにおいて、自分自身が宣べ伝えてきた立場、すなわち「自分の宗教以外は全て偽りである」という宗教的不寛容の犠牲になってきました。ものみの塔協会が宗教の自由を求める訴えを出すのは、テロリストが死刑反対の訴えを出すのに似ています。人を殺すことに反対するのなら先ず自分が行う殺人を止めるべきであるのと同様、もしものみの塔がロシアで宗教的寛容を求めるのなら、先ずものみの塔協会が自分たちで宗教的寛容を教えるべきでしょう。

ものみの塔協会はこの裁判の勝利が、家庭破壊や未成年者の勧誘、輸血拒否による人命の喪失、そして何よりも自分たち自身の宗教的不寛容などを正当化したのではないことを肝に銘じるべきでしょう。この裁判の勝利は、エホバの証人が「大いなるバビロン」と軽蔑する、世界中で宗教の自由を求める多くの人々の支持によって初めて可能になったことを忘れるべきではありません。

(3-8-01)

追記:最も新しい「目ざめよ!」誌4月22日号にはロシアにおけるエホバの証人の禁令に関する記事が載っていますが、2月23日の判決については触れられていません。記事の締め切り後の出来事であったと思われます。