エレミヤ23章9−40節の「預言者たち」とエホバの証人の「統治体」との比較


《編集者より》
この論文は、読者の広場に投稿してくださったAさん(エレミヤ書についての論文を書いた元証人)から投稿していただいたものです。日本のワープロを使って書かれたもので、原文の書式はあらわせませんでしたので、今回はテキスト文書をそのまま掲載することにしました。一行の長さが長いため、フォントを小さくせざるを得ませんでしたので読みづらいかもしれませんがご了承下さい。

なお、2001年10月に掲載の後、著者の方がHTML文書を作成し、このページに公開されました。そちらの方が読み易いと思いますので、そちらへ移動して下さい。また著者への連絡先は、s_awaya@hotmail.comです。



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エレミヤ23章9−40節の「預言者たち」とエホバの証人の「統治体」との比較

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目次

●T 序論

●U エレミヤ23章9−40節とは?

●V エレミヤ23章9−40節についての『ものみの塔』誌の説明

●W エホバの証人の「統治体」はエレミヤ23章9−40節の「預言者たち」に該当するか?

●X エホバの証人の「統治体」が神のご意志を知るために用いた、研究以外の方法

●Y エホバの証人の「統治体」は聖霊を受けているか?

●Z 結論

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●T 序論

私はこの論文を、これまで私を信頼して下さった皆さんに読んでいただくつもりで書いています。これを読まれる皆さんは、これまで私が聖書に最大限の信頼を置いて生
活してきたことを、ご存知だと思います。振り返れば、私が聖書と、その神であるエホバにこのような信頼を置いたのは、17歳の時のことでした。それ以来12年間、
私は聖書を神の言葉として頼りにしてきました。今でも、私が知っているものの中で、私にとって、神から語りかけてもらえるものは、聖書だけです。いつからか私は、
ポケット版の聖書を肌身離さず持ち歩き、神に語りかけてもらいたいと思って、室内であれ屋外であれどこでも、時間を見つけては聖書を読むようになりました。私はそ
ういう時間をとても大事に思ってきました。そして、何か考えたり話したりする時には、できるだけ聖書に即して考え、話すように努めてきました。私にとって、聖書は
本当に大切なものでした。具体的には、皆さんがご存知のことと思います。

最近私は、その聖書の中に、見過ごすことのできない一つの記述を見つけました。それは、エレミヤ23章9−40節です。それをきっかけに、私は改めて、エホバの証
人の「統治体」(『ものみの塔』誌、1990年3月15日号、18ページ(13節)によると、1971年以前は、ものみの塔聖書冊子協会の理事会)とエホバ神との
関係について調べてみることにしました。この論文では、そうして調べた結果について書こうと思っているのです。


●U エレミヤ23章9−40節とは?

それではまず、そのエレミヤ23章9−40節にどんなことが書いてあるのか、まとめておきたいと思います。そこでは、サマリアとエルサレムの預言者たちが話題にな
っています。彼らは悪を行ない、汚れてしまったため、エホバは16節で、このように言われました。
「あなた方に預言している預言者たちの言葉に聴き従ってはならない。彼らはあなた方をむなしいものにならせているのである。彼らが語るのは自分の心の幻である−エ
ホバの口からのものではない。」

なぜ彼らはこのように非難されているのでしょうか?18節と21節でエホバは、こう言っておられます。
「だれがエホバの親密な集いの中に立って、その言葉を見たり聞いたりしたであろうか。だれがその言葉に注意を向けて、それを聞いたであろうか。」
「わたしは預言者たちを遣わさなかった。だが、彼らは走った。わたしは彼らに語らなかった。だが、彼らは預言した。」
また、25節では彼らのことを、「わたしの名によって偽りを預言している預言者たち」と言っておられます。さらに、28節では、
「夢を見る預言者、その者はその夢を語れ。しかしわたしの言葉を受ける者、その者は真実をもってわたしの言葉を語れ。わらは穀物と何のかかわりがあるか。」
そして、32節では、こう言っておられます。
「いまわたしは偽りの夢の預言者たちを責める。彼らは人々に語り、その偽りと誇りのゆえにわたしの民をさまよわせる者たちである。しかしわたしは、彼らを遣わしも
せず、彼らに命じもしなかった。それゆえ、彼らはこの民に決して益をもたらさない。」
つまり、彼らが非難されたのは、エホバの名を詐称したからでした。

33節以降では、一種の言葉遊びが用いられています。『新世界訳聖書(参照資料付き)』の脚注にも書かれているように、聖句に出てくる「重荷」という語は、ヘブラ
イ語の「マッサー」という語で、しかも、「宣告」「託宣」「お告げ」といった語も、ヘブライ語では「マッサー」というのだそうです。ちょうど日本語で、「紙」も「
髪」も「かみ」、「側」も「蕎麦」も「そば」、「便り」も「頼り」も「たより」というのと同じだろうと思います。そこで、33節以降に出てくる、各々の「マッサー
」の意味を、文脈から私なりに「重荷」か「宣告」か判断して、33節以降を読んでみると、次のようになります。
「そして、この民、または預言者、または祭司が、『エホバの宣告(マッサー)は何か』と言ってあなた(エレミヤ)に尋ねるとき、あなたも彼らに言わなければならな
い、『「あなたがたがそれである−ああ、何という重荷(マッサー)であろうか!そして、わたしは必ずあなた方を見捨てるであろう」と、エホバはお告げになる。』預
言者、または祭司、または民で、『エホバの宣告(マッサー)!』と言う者には、わたしもその者とその家の者とに注意を向けるであろう。
*あなた方は各々その仲間に、各々その兄弟にこのように言いつづける。『エホバは何とお答えになったか。また、エホバは何とお話しになったか。』しかし、エホバの
宣告(マッサー)をあなた方はもう述べてはならない。各々にとって、重荷あるいは宣告(マッサー)はその人自身の言葉となるからである。あなた方は、生ける神、万
軍のエホバ、わたしたちの神の言葉を変えたのである。*あなた(エレミヤ)は預言者にこのように言うのである。『エホバはどんな答えをあなたにお与えになったか。
また、エホバは何とお話しになったか。そしてもし、「エホバの宣告(マッサー)!」と、あなた方が言いつづけるなら、それゆえに、これがエホバの言われたことであ
る。「わたしはあなた方に人を遣わして、『あなた方は、「エホバの宣告(マッサー)!」と言ってはならない』と言いつづけたのに、あなた方は、『この言葉はまさし
くエホバの宣告(マッサー)である』と言うので、それゆえに、ここにわたしはいる!そして、わたしはあなた方を決定的に放置する。わたしはあなた方を、また、わた
しがあなた方とあなた方の父祖たちに与えた都市を、わたしの前から捨て去る。そして、私はあなた方の上に定めのない時に至るそしりと、定めのない時に至る辱めとを
置く。それは忘れられることがない。」』」
ちなみに、35、36節(*から*まで)は、『聖書新共同訳』ではこう訳されています。
「お前たちは、ただ隣人や兄弟の間で互いに、『主は何とお答えになりましたか。主は何とお語りになりましたか』とだけ言うがよい。『主の託宣(マッサー)だ』とい
う言い方を二度としてはならない。なぜなら、お前たちは勝手に自分の言葉を託宣とし、生ける神である我らの神、万軍の主の言葉を曲げたからだ。」
この部分(33−40節)でも、預言者たちは、エホバから話されていないのに、自分たち自身の言葉をエホバの宣告だと言い、神の言葉を変えたことで非難されていま
す。そして彼らは見捨てられ、決定的に放置されることになりました。


●V エレミヤ23章9−40節についての『ものみの塔』誌の説明

このエレミヤ23章9−40節は、『ものみの塔』誌、1979年12月1日号、27−31ページで説明されています。そこでは、エレミヤ23章9−40節の「預言
者たち」が「キリスト教世界の僧職者」に適用されています。
エレミヤ23章9−14節に描かれているように、キリスト教世界の「有様は人に胸の張り裂ける思いをさせます。」15節に関連して、「現代のエレミヤ級は、機敏に
、恐れずに、僧職者の背教に世の注意を引きました。」16−24節については、こう書かれています。
「しかし、その平安の約束を持つ僧職者を遣わしたのはだれですか。僧職者は、エホバからの音信を正確に学ぶように『エホバの親しい仲間の中に立って』はいませんで
した。エホバは彼らをご自分の名によってお遣わしにはなりませんでした。彼らに対して、『エホバの口から』出ることを預言するようにとは言われませんでした。キリ
スト教世界の諸教派がその神学校から彼らを派遣したのです。」

エレミヤ23章25−28節について、同誌は、「キリスト教世界の僧職者が語る『夢』に引きつづき耳を傾けるか、それともエレミヤ級がふれ告げるエホバの言葉に耳
を傾けるかを、人々が決定すべき時は来ました。」と述べています。また、29−32節に関連して、「エレミヤ級の人々は、僧職者階級とは異なり、エホバの名におい
て語るべくエホバによって遣わされました。しかし僧職者である預言者たちも、自分たちはエホバの名において語っているのであるから聖書の真理を伝えている、と主張
します。」と述べて、「エレミヤ級」と「僧職者」を対比させています。28節で、「わらは穀物と何のかかわりがあるか」と述べられている通り、両者の間には、同誌
の言葉によると、「決定的な相違があります。」

さらに、エレミヤ23章33−40節については、「うぬぼれの強い宗教家」の主張は「個人的な解釈から出たもの」であり、「エレミヤ級は『あなた方は、生ける神、
万軍のエホバ、私たちの神の言葉を変えた』と言います。」と述べられています。そして、「間もなくエホバはキリスト教世界の僧職者とその会衆に対して重大な判決を
執行されますが、そのとき、この予型の通り、エレミヤ級をお捨てになることはありません。」と述べられています。

ちなみに、『ものみの塔』誌、1994年3月1日号、8−13ページでも、エレミヤ23章14−40節を扱って、同様の説明がなされています。


●W エホバの証人の「統治体」はエレミヤ23章9−40節の「預言者たち」に該当するか?

ところで、エホバの証人の「統治体」はこの「預言者たち」に当てはまらないのでしょうか?「預言者たち」は、「エホバの宣告」を語りましたが、それは実は自分たち
自身の言葉で、エホバは彼らに語ってはいなかったのでした。
先に取り上げた『ものみの塔』誌、1979年12月1日号、29ページ(28節)には、「エレミヤ級の人々は、僧職者階級とは異なり、エホバの名において語るべく
エホバによって遣わされました。」と述べられていました。ですから、エホバの証人の「統治体」は「預言者たち」には該当しないはずです。しかし、この記述は具体的
にはどういう意味なのでしょうか?この点をものみの塔協会の出版物から、もう少し詳しく検討してみたいと思います。

最近の『ものみの塔』誌では、この点に関する事柄がたびたび取り上げられました。
1999年5月15日号は、11ページ(5節)で、イザヤ30章21節を引用して、「聞く耳を持つわたしたちには、『これが道である。あなた方はこれを歩め』とい
うエホバの声が後ろから聞こえています。」と述べた後、17ページ(9、10節)で、「イザヤは、『あなた方が右に行くにしても左に行くにしても、あなたの耳はあ
なたの後ろで、「これが道である。あなた方はこれを歩め」と言う言葉を聞くであろう』と預言しました。(イザヤ30:21)『わたしたちの耳』は『後ろで言う言葉
』をどのようにして聞くのでしょうか。今日、神の実際の声を聞いたり、神から個人的なメッセージを受けたりする人はいません。私たちすべては、同じ方法でこの「言
葉」を聞いています。」と述べ、その方法として、「聖書を通して」と「『忠実で思慮深い奴隷』を通して」を挙げています。
2000年1月15日号、6ページには、「『霊が述べることを聞きなさい』という話では、エホバの霊は、聖書、『忠実で思慮深い奴隷』、聖書で訓練された良心など
を通して語る、ということが説明されました。(マタイ24:45)ですから、クリスチャンは、どのように神を喜ばせるかを知るために、天からの文字通りの声を聞く
必要はありません。」と述べられています。
2000年4月1日号、8ページには、「今はもう、真のクリスチャン会衆に、神の定めによるいやし、預言的音信、悪霊払いなどはありません。」と述べられています
。
2000年5月1日号、14ページ(4節)では、「今日、エホバは天の領域から直接私たちに語りかけることはされません。聖書時代でさえ、そうした超自然的な方法
で意思が伝達されるのはまれな事で、数世紀間なかったこともありました。歴史を通じてエホバは大抵、より間接的な方法でご自分の民と意思を通わせてこられました。
今の時代もそうです。」と述べられ、その三つの方法として、聖書と「忠実で思慮深い奴隷」と良心が挙げられ、結論として17ページ(20節)で、「以上のことから
明らかなように、どうすれば神に喜んでいただけるかを知るのに、クリスチャンが天からの文字どおりの声を聞いたり、み使いの訪問を受けたりする必要はありません。
」と述べられています。
そして、2000年9月1日号、8ページ(12節)では、「エホバは、ふさわしい精神態度をどのような方法で啓示してくださいますか。」という質問の下に、「どん
な態度がふさわしいかをエホバに啓示していただきたいなら、自分の分を尽くさなければなりません。」と述べられ、「『忠実で思慮深い奴隷』が供給するクリスチャン
の出版物を手引きと」することや「クリスチャンの長老たち」の「援助を受け入れ」ることが勧められました。
これらの説明によると、今日、「忠実で思慮深い奴隷」は、「神の実際の声」に代わって、エホバの「言葉を聞」かせ、「エホバの霊」が「語る」、あるいはエホバが「
より間接的な方法でご自分の民と意思を通わせ」たり、「啓示」したりする経路になっています。つまり、エホバからの言葉を伝えています。

「忠実で思慮深い奴隷」がエホバからの言葉の経路になる、あるいはエホバからの言葉を伝えるためには、エホバから言葉を受けていなければならないはずです。論理的
にもそう言えますし、また、そうでなければ、エレミヤ23章9−40節の「預言者たち」と同じことをしていることになります。では、今日、「忠実で思慮深い奴隷」
を代表する(『ものみの塔』誌、1990年3月15日号、10−20ページによる)「統治体」は、どのようにしてエホバから言葉を受けるのでしょうか?
『聖書から論じる』、100−101ページには、「証人たちは、その『奴隷』級の統治体が−人間の知恵によらず、神の言葉、および僕たちに対する神の扱い方に関し
て自分たちが得た知識に頼り、神の霊を誠実に祈り求めてその助けを得−難しい問題を解決することを期待しています。」と述べられています。
また、『聖書に対する洞察』第2巻、1087−1088ページには、「特に予告された『終わりの時』に、奇跡的な仕方によってではなく、預言を勤勉に調査し、それ
を状況や起きている出来事と比較研究する結果として、預言を正しく理解することが会衆を通して、神により可能にされるというのはもっともなことです。」と述べられ
ています。
さらに、『エホバの証人−神の王国をふれ告げる人々』(以下『ふれ告げる』)、148ページには、「多くの場合、聖書の継続的な研究と神の預言の成就とがあいまっ
て、聖書の教えをいっそう明快に説明できるようになりました。神の言葉に関するエホバの証人の研究は進歩しているので、彼らは霊的食物を豊富に持っています。」と
述べられています。
そして、『ふれ告げる』、708ページには、こう書かれています。
「今日、唯一の真のクリスチャンの組織を構成している人たちは、み使いによる啓示も神の霊感も受けていません。しかし彼らは霊感を受けた聖書を持っており、聖書に
は神のお考えとご意志に関する啓示が含まれています。彼らは組織としても個人としても、聖書を神の真理として受け入れ、注意深く研究し、聖書が自分たちの中で働く
ようにしなければなりません。(テサロニケ第一2:13)しかし、彼らはどのようにして神の言葉の正確な理解に到達するのでしょうか。聖書そのものが、『解き明か
しは神によるのではありませんか』と述べています。(創世記40:8)聖書を研究する際にある聖句が理解しにくいなら、その点に光を投げかける霊感を受けた他の聖
句を見いだすため、調査しなければなりません。そのように聖書によって聖書を解き明かし、それに基づいて、神の言葉が述べる真理の『型』を理解するよう努めるので
す。(テモテ第二1:13)エホバはご自分の聖霊によって彼らをそのような理解に導かれます。」
ですから、エホバの証人の「統治体」は、啓示や霊感を受けてはいないが、彼らの研究や調査は聖霊によって導かれる、ということになります。「預言者たち」とは異な
る彼らは、その研究や調査によって、エホバから言葉を受けているはずです。

ものみの塔聖書冊子協会の初代会長であるチャールズ・テイズ・ラッセルは、この点について何と述べたでしょうか?
『ふれ告げる』、143ページには、こう書かれています。
「ラッセル兄弟は、自分の役割をどのようにみなしていたでしょうか。神から何らかの特別な啓示を受けたと主張したでしょうか。ラッセルは、『ものみの塔』誌(英文
)、1906年7月15日号(229ページ)の中で、謙遜にこう答えました。『・・・神の代弁者として私が示す真理は、幻や夢の中で、あるいは実際に聞こえる神の
声によって啓示されたものではない。』」
ラッセルは、「神から何らかの特別な啓示を受けた」とは主張しませんでしたが、謙遜にも自分を「神の代弁者」と見なしました。
この点がさらに707ページでは、こう書かれています。
「ラッセルの死後まもなく出版された彼の伝記はこう説明しました。『彼は新しい宗教の教祖ではなく、またそう主張したことは一度もなかった。イエスと使徒たちが教
えた壮大な真理を回復し、それらの真理に20世紀の光を当てたのである。彼は神からの特別な啓示を得ているとは主張しなかったが、聖書の理解を得るための神のご予
定の時が来ており、自分は主と主への奉仕のために全く聖別され、聖書を理解することを許されていると考えた。』」
ラッセルは、「神からの特別な啓示を得ているとは主張し」ませんでしたが、自分は「聖書を理解することを許されていると考えた」のです。ですから、彼は自分を「神
の代弁者」と見なすことができました。彼の考えによると、彼の理解は神を代弁していたのです。

では、ラッセルは、どのようにして聖書を理解し、神を代弁することができたのでしょうか?
『ものみの塔』誌、2000年4月1日号、10ページは、「現代における聖霊」という副見出しの下に、次のように説明しています。
「チャールズ・テイズ・ラッセルは、自分の行なっていた聖書の真理の探究に関して、『私は、自分の心と思いの中から、妨げとなりかねない、いかなる先入観もすべて
除かれるように、そして神の霊によって正しい理解に導かれるようにと祈った』と述べています。神はこの謙遜な祈りを祝福されました。ラッセルと仲間たちが聖書を精
読してゆくにつれ、多くの事柄が明らかになりました。ラッセルはこう説明しています。『我々は、様々な分派や党派が何世紀にもわたり、自分たちの間で聖書の教理を
ばらばらにし、多かれ少なかれ人間の憶測や誤りを混ぜ合わせてきたことに気づいた。』・・・現代のエホバの証人の組織は、今や優に1世紀以上にわたって神の聖霊の
指導にいつも敏感に従ってきました。エホバの霊が証人たちの霊的視力を漸進的に鋭くし、彼らは最新の理解に合わせるよう進んで必要な調整を加えます。」
ラッセルは、自分で「気づいた」ことによって、神を代弁したのです。そして、エホバの証人の「統治体」は、「今や優に1世紀以上」にもわたって、ラッセルと同じ仕
方で「神の聖霊の指導」を受けてきたと述べています。彼らは謙遜にも、自分で気付いたことをエホバの霊に帰しています。

現在のエホバの証人の「統治体」が受け継いでいるというラッセルの方法について、『ものみの塔』誌、2000年3月15日号、12−13ページ(9節)では、さら
に、次のように述べられています。
「現代において、真の光がかすかにさし始めたのは、クリスチャンの男女から成る一グループが聖書を真剣に研究するようになった19世紀最後の四半世紀のことでした
。このグループは、聖書研究の実際的な方法を編み出しました。一人が疑問点を提起すると、関係する聖句すべてを皆で分析します。ある聖句と別の聖句が矛盾するよう
に思える場合、これら誠実なクリスチャンは二つの聖句の調和を図るように努めました。聖書研究者(エホバの証人は当時この名称で知られていた)は、当時の宗教指導
者たちとは異なり、伝承や、人間の作った教義ではなく、聖書を導きとすることを決意していました。聖書研究者は、入手できた聖書的な証拠すべてを考慮した後、得ら
れた結論を記録しました。このようにして、聖書の多くの基本的な教理について、明確な理解が得られるようになりました。」
ラッセルは、仲間と「皆で分析し」たり、「聖句の調和を図」ったりすることによって、神を代弁したのです。

続く10節と12節の脚注には、「聖書の特定の部分を理解できるようになるため」には「適切な時機」があること、また、「光が」聖書の特定の部分を「照らすよう自
分の力で操作することはできない」ことを説明して、こう書かれています。
「聖書研究者の中で際立っていたのは、チャールズ・テイズ・ラッセルです。ラッセルは、聖書研究に役立つ手引き書として、『聖書研究』(英語)全6巻を執筆しまし
た。ラッセル兄弟は、聖書のエゼキエル書と『啓示』の書を説明する第7巻も書くつもりでした。兄弟は、『鍵となるものが得られたら、いつでも第7巻を書きます』と
言いました。しかし、『主がだれか他の人にその鍵をお授けになるなら、その人が書けばよいのです』とも語っています。」
「C・T・ラッセルの死後、エゼキエル書と『啓示』の書の解説を意図した『聖書研究』第7巻という名の出版物が作成されました。この本には、聖書のそれらの書につ
いてラッセルが述べた注解に基づく部分が含まれていました。しかし、それらの預言の意味を啓示する時がまだ訪れていなかったため、『聖書研究』第7巻による説明は
全体的に漠然としていました。その後何年かたつうちに、クリスチャンはエホバの過分のご親切により、また世界情勢の進展に応じて、それらの預言書の意味をより正確
に識別できるようになりました。」
この書籍を出版した人は主から「鍵」を授けられましたが、それらの預言の意味を啓示する時はまだ訪れていませんでした。または、それらの預言の意味を啓示する時は
訪れていませんでしたが、この書籍を出版した人は主から「鍵」を授けられました。主は時をお間違えになったのでしょうか?そうではないようです。皆で分析し、聖句
の調和を図って、「鍵」を授けられたという「明確な理解」を得たからです。その集まりには、主も出席しておられたに違いありません。何しろ、主が「鍵」をお授けに
なったのですから。ただ、どうやって授けられたのかは、定かではありません。今日、神の実際の声を聞いたり、み使いの訪問を受けたりする人はいないのです。エレミ
ヤ23章18節には、こう書いてあります。
「だれがエホバの親密な集いの中に立って、その言葉を見たり聞いたりしたであろうか。」
そして、先に取り上げた『ものみの塔』誌、1979年12月1日号、28ページ(23節)には、こう書かれています。
「僧職者は、エホバからの音信を正確に学ぶように『エホバの親しい仲間の中に立って』はいませんでした。」
エレミヤ級の人々は、僧職者階級とは異なるのです。

この『ものみの塔』誌、2000年3月15日号は、続く13ページ(13節)で、「聖書の特定の論題に光が投じられると、時々どんなことが生じますか。」という質
問の下に、このように説明しています。
「聖書のある論題に関してまばゆい光がきらめいたため、神の油そそがれた僕たち、つまり『忠実で思慮深い奴隷』が、関連したテーマを再検討するようになる場合があ
ります。」
「まばゆい光」がきらめくのです。それによって気付き、分析し、調和を図るのです。
『ふれ告げる』、52−53ページによると、『聖書研究』第1巻、『世々に渉る神の経綸』の主題の一つは、「神の啓示である聖書を理性の光に照らして見る」という
ものでした。

ここまでで、現在のエホバの証人の「統治体」は、エホバからの言葉を伝えており、啓示や霊感を受けてはいないが、聖霊に導かれて研究することによって、つまり、自
分たちで気付いたり、分析したり、聖句の調和を図ったりすることによって、エホバから言葉を受けている、ということが分かりました。


●X エホバの証人の「統治体」が神のご意志を知るために用いた、研究以外の方法

エホバの証人の「統治体」は神のご意志を知るのに、研究という方法しか用いないのでしょうか?この質問には、『ふれ告げる』の本が、具体例を挙げて答えてくれてい
ます。
211−212ページには、1918年の「霊によって油そそがれたクリスチャンたち」の様子について、このように書かれています。
「1914年、そして1915年が経過する間、それら霊によって油そそがれたクリスチャンたちは自分たちが抱く天的な希望の成就を切に待ち望んでいました。・・・
協会の管理役員たちは逮捕され、1918年6月21日に20年の刑を宣告されました。良いたよりの伝道は事実上停止してしまいました。彼らが最終的に天の栄光のう
ちに主と結ばれる時が来たのでしょうか。数ヶ月後に戦争は終わり、翌年には、協会の役員たちが釈放されました。彼らはまだ肉体を着けていました。彼らはそうなると
は期待していませんでしたが、神がこの地上で自分たちに行なわせようとしておられる仕事がまだあるに違いないと結論しました。」
577−578ページには、ブルックリンから一旦ピッツバーグに移された協会の本部を、再びブルックリンに戻すべきかどうかを判断した際の様子が、次のように述べ
られています。
「ラザフォード兄弟は、神がどの道を祝福されるかを知りたいと思い、『ブルックリンに戻ることが主のご意志かどうか、行って見てきてほしいのです』と言いました。
『戻ることが主のご意志かどうかをどのようにして決めますか』と、ワイズ兄弟は尋ねました。『1918年には石炭を入手できなかったので、わたしたちはやむなくブ
ルックリンからピッツバーグに戻りました』と、ラザフォード兄弟は答えました。『石炭で試みてみましょう。行って石炭を注文してください。』『試しに何トンの石炭
を注文しますか。』『そうだね。ひとつ大きな試みをしよう。500トン注文してください』と、ラザフォード兄弟は勧めました。ワイズ兄弟はその通りにしました。結
果はどうだったでしょうか。当局に申請したところ、500トンの石炭を買う許可が下りたのです。数年分の必要がそれで十分賄えます。しかし、どこに置くのでしょう
か。ベテル・ホームの地下室の広い区画が石炭倉庫に変えられました。この試みの結果は、神のご意志を示す紛れもないしるしと考えられました。1919年10月1日
までに、彼らは再びブルックリンを本拠に活動を行なうようになっていました。」
このように、エホバの証人の「統治体」は、導きを求めた後の成り行きによって神のご意志を決めてきたことが分かります。

選挙も神のご意志を知る方法の一つと見なされていました。
『ふれ告げる』、65ページには、ジョセフ・フランクリン・ラザフォードがものみの塔協会第2代会長に選ばれた時の選挙の様子が、このように書かれています。
「『ものみの塔』誌(英文)、1917年1月15日号は年次総会の結果を報告し、こう説明しました。『ピアソン兄弟は、ラッセル兄弟への感謝と愛を表わす非常に適
切な言葉と共に、代理人として、J・F・ラザフォード兄弟に会長の票を投じるようにという趣旨の知らせを全国の同胞から受けたと述べた。さらにピアソン兄弟は、自
分自身も全くそれに同意していると述べた。』ラザフォードの名前が候補として挙げられ、それに賛同が得られた後、それ以上候補者の名前は挙がらなかったため、『書
記長は指示されたとおりに投票を行ない、ラザフォード兄弟は、総会によって満場一致で会長に選ばれたと宣言され』ました。選挙の結果が出た後、新しい会長はどのよ
うに迎えられたでしょうか。前述の『ものみの塔』誌はこう伝えています。『各地の同胞は、選挙の上に主の導きと指示があることを熱烈に祈っていた。そして結果が出
た時、主がその討議を導き、自分たちの祈りに答えてくださったことをだれもが信じ、それに満足と喜びを味わった。出席者全員の間には完全な一致が見られた。』」

また、会衆の長老たちを選挙で選出していた頃の理解の仕方について、206ページには、このように述べられています。
「会衆の全員は、聖書的な資格を注意深く復習し、自分自身の意見ではなく、主のご意志であると信じる事柄を選挙によって表明するよう勧められました。選挙に加わる
資格は『十分に聖別された』人たちにしかありませんでしたから、み言葉と主の霊に導かれている場合には、集団としての彼らの選挙は問題に関する主のご意志の表明と
みなされました。」

このように、エホバの証人の「統治体」の歴史の中では、成り行きや選挙によって神のご意志を決めるということも行なわれました。しかし、選挙によって神のご意志を
決めるのは、『ふれ告げる』、206−207ページも示唆している通り、17世紀以降、イギリスからアメリカに渡ってきたピューリタンと呼ばれるキリスト教徒の方
法でした。アメリカ北東部、ニューイングランドと呼ばれる地方のピューリタンたちは、教会の成員だけが加わることのできる選挙で、町(タウン)の人事や政治を決定
していました。教会の成員は、ペテロ第一2章9節の「『選ばれた種族、王なる祭司、聖なる国民、特別な所有物となる民』」と見なされ、彼らは神のご意志を知ること
ができ、彼らによる選挙の結果は、神のご意志の表明と見なされたのです。

また、ピューリタンの指導者の一人で、ニューイングランド最大の、ボストンを擁するマサチューセッツ湾植民地を建設したジョン・ウィンスロップは、1630年、イ
ギリスからアメリカに向かう船上で行なった「キリスト者の慈悲の模範」と題する説教の中で、成り行きを神のご意志と見なすことについて、こう述べています。
「神と我々の間には、目的が存在する。我々は、この事業のために神との契約に入ったのである。私たちは神の委任を受け入れ、神は我々に規約を作ることを委ねられた
。私たちは、これらの目的を達成するために、実行に移ることを宣言したのだ。神が我々をよみし、祝福して下さるように。神がこの願いを聞き届け、私たちが求めてい
る場所に平安の内に導き給うなら、神はこの契約を批准し、私たちの任務に封印をなし給うたのである。・・・平和の絆において霊の一致を保つことができれば、主は我
らの神となり、我らを神の民として、私たちの間に喜んで住み給うであろう。そして主の知恵、力、善、真理を以前にもましてよく見うるように、主は私たちの行く手を
絶えず祝福なさるであろう。私たち10名が1000名の敵に対抗しうる時、また神が私たちを称賛と光栄の対象となし、後に続いて建設される植民地について人々が『
主なる神はこれをニューイングランドの植民地のようになし給う』と言うようになる時、イスラエルの神が私たちの間にい給うことを知るであろう。と言うのは、我々は
丘の上の町となり、あらゆる人の目が我々に注がれると考えねばならぬ。それゆえ、私たちが携わっているこの事業において神を偽り、主が現在差し伸べておられる援助
の手を引いてしまわれることになれば、私たちの噂は知れ渡り、この世の物笑いの種となるであろう。」
ウィンスロップは、自分たちが大西洋を無事にアメリカまで渡ることができたなら、神は自分たちとの契約を批准したことになる、と述べました。そして、神との契約関
係に入った自分たちは、世界の人々から注目されることを意識しなければならない、という、この「丘の上の町」のたとえは、マタイ5章14節とも関連して、アメリカ
建設の理念となりました。1993年のクリントン大統領の大統領就任式でも、このたとえにちなんだ曲が聖歌隊によって歌われました。

1865年、アメリカ合衆国第16代大統領アブラハム・リンカーンは、第二期大統領就任演説の中で、泥沼化した南北戦争(両軍の死傷者は60万人以上)の成り行き
を神のご意志とする考え方を示して、こう述べました。
「四年前の就任演説の折には、人々は皆差し迫る内戦を気遣っていました。全ての人がそれを怖れ、それを避けようとしていました。・・・双方ともに戦争には反対して
いました。ただ、一方がこの国家を存続させるよりも戦争を始めた方がよいと考えていたのに対し、他方は国家を滅ぼすくらいなら戦争に応じた方がよいと思ったのであ
りました。このようなわけで戦争が起こったのであります。・・・どちらの側ももっと楽な勝利を予想して、これほど深刻で驚くような結果になろうとは思ってもいませ
んでした。双方とも同じ聖書を読み、同じ神に祈り、互いに敵に勝てるよう神の加護を願いました。他人が額に汗して得たパンを奪うのに正義の神の助力を願うなどとい
うことは奇妙に思えるかも知れません。しかし、我々自らが裁かれないように、他を裁くこともやめましょう。そのいずれの祈りも聞き届けられることはありませんでし
た。全能の神は神ご自身の目的をお持ちであります。『この世は罪の誘惑があるから災いである。罪の誘惑は必ず来る。しかし、それを来たらせる人は災いである。』(
マタイ18:7)もし我々が、アメリカの奴隷制度は神の摂理により必ず来なければならない罪の誘惑の一つであるが、神が定め給うた期間存続した後は、神はもうそれ
を取り除くことを望んでおられるのであり、また、その罪の誘惑をもたらした者が当然受けなければならない苦難として、神が北部と南部の双方にこの恐ろしい戦争を与
え給うたのであると、このように考えたといたしましても、生ける神の信者が常に考えている神の属性に何ら矛盾するところはないでありましょう。」
全能の神は南北どちらの祈りも聞き届けられず、どちらにも勝利をお与えにならず、必ず来ることになっていた奴隷制度をもたらした者を罰する苦難として戦争を長期化
させ、泥沼化させられた、それが南北戦争が泥沼化した成り行きの理由である、というわけです。この演説は、リンカーンの数ある名演説の中でも最も格調の高いもの、
と評価されているそうです。

しかし、物事の成り行きには、人の行為が与える影響も大きいのではないでしょうか?ですから、アメリカ合衆国第35代大統領ジョン・フィッツジェラルド・ケネディ
は、1961年、就任演説の結びに、こう述べました。
「歴史をもって我々の行ないの究極の審判となし、神の恵みと助けを求めるが、この地上では神の御業はまさしく我々自身の営みとしなければならないということをわき
まえながら、我が愛する国土を導いて前進しようではありませんか。」
『アメリカ文明と言葉』という本は、この言葉を、こう説明しています。
「ケネディは・・・いかにも伝統的アメリカの精神を、しかと把握していた。この言葉は、祈るときは、すべて神の意志によると信じて祈れ、仕事をするときは、すべて
自分の力によると信じて仕事をせよ、という意味である。」


●Y エホバの証人の「統治体」は聖霊を受けているか?

ところで、研究にしろ、成り行きから判断するにしろ、選挙にしろ、これらは普通、人の手や頭によって行われることではないでしょうか?しかし、もしエホバの証人の
「統治体」が、本当はエホバから言葉を受けておらず、自分たちの頭でエホバのご意志を決め、それを語っているのだとすれば、彼らはエレミヤ23章9−40節で糾弾
されていた「預言者たち」に該当してしまうのではないでしょうか?しかし、エホバの証人の「統治体」は聖霊の導きによってエホバのご意志を理解しているのではあり
ませんか?本当に神の聖霊に導かれているのであれば、彼らは、神のご意志ではない事柄を神のご意志であると語ることはないはずです。彼らを導いているのは神ご自身
だからです。

1914年10月に、予想していた、「天の『住まいに連れ去られる』こと」が起きなかったことについて、『ふれ告げる』、62−63ページには、こう書かれていま
す。
「ラッセルは失望したでしょうか。『ものみの塔』誌(英文)、1916年2月1日号の中で、彼はこう書いています。『・・・兄弟たち、我々が神に対して正しい態度
を持っているなら、神のどんな取り決めに関しても失望することはない。我々は自分たちの意志がなされることを願ったわけではない。したがって、1914年10月に
間違った事柄を期待していたということが明らかになった時、我々は、主が我々に合わせてその計画を変更されなかったことを喜んだ。主がそのように変更なさることは
、我々の願いではなかった。我々は、主の計画と目的が理解できるようになることを願うのみである。』確かに、聖書研究者たちが1914年10月に天の『住まいに連
れ去られる』ことはありませんでした。しかし、異邦人の時は確かにその年に終わりました。聖書研究者たちは明らかに、1914年の意義についてもっと多くのことを
学ばなければなりませんでした。では、それまで何をすべきでしょうか。業を行なうことです!『ものみの塔』誌(英文)、1916年9月1日号が述べているとおりで
す。『油そそがれた者たちの教会を集める収穫の業は、異邦人の時が終わる前に完了すると我々は考えていた。しかし、そのようなことは聖書の中には書かれていなかっ
た。』」
彼らは聖霊に導かれて聖書を研究し、彼らの聖霊は聖書の中には書かれていないことを神の計画と見なすように導きました。彼らは理解していませんでしたが、神を代弁
することができました。しかし、彼らが代弁した事柄は、「間違った事柄」でした。なぜなら、彼らは「自分たちの意志」を語っていたからです。
『ふれ告げる』、631−637ページは、1878年、1925年、1975年にも、同様の「間違いがあったこと」を認めています。しかも、1878年を特定した
考え方が1914年、1925年を特定する裏付けとして用いられ、1925年が何事もなく経過した後に、「聖書に基づく年代計算の全体的な枠組みを見直した結果」
1975年が注目されたことを説明しています。
一方、『ふれ告げる』、104ページには、「1963年に、『聖書全体は神の霊感を受けたもので、有益です』(英文)という本はこう述べていました。『時の流れの
中でなお将来の事柄に属する種々の年代について推測するのに聖書の年代記述を用いるのは無駄なことです。』」と述べられており、現在では、エホバの証人の「統治体
」が将来の特定の年代に言及することはないようです。
年代計算をすること自体は、神のご意志だったのではないでしょうか?そうでなければ、間違いを認めて何度も年代計算をし直したのは、一体どういうことなのでしょう
か?
『聖書から論じる』、352ページには、「証人たちがある期間の終わりに起こる事柄を理解する上で間違いをしたことがあるのは事実ですが、信仰を失ったり、あるい
はエホバの目的の成就に注意を払わなくなったりする間違いはしませんでした。」と述べられています。
そうです、間違いをするとしても、信仰を失うという間違いはしていないのですから、自分たちの意志を神のご意志であるかのように偽っても構わないのです!!

エホバの証人の「統治体」は神の聖霊に導かれているとはいえ、間違いをすることもあるということが分かりました。しかしそれは、不完全な人間の頭でエホバのご意志
を決めているのだから当然です。むしろ、彼らが聖霊を受けている者であるという事実の方が重要ではないでしょうか?それは事実であるはずです。「統治体」は何と言
っているでしょうか?

彼らが聖霊によって正しい理解に導かれる様子は、先に引用した『ものみの塔』誌、2000年4月1日号、10ページに、このように説明されていました。
「チャールズ・テイズ・ラッセルは、自分の行なっていた聖書の真理の探究に関して、『私は、自分の心と思いの中から、妨げとなりかねない、いかなる先入観もすべて
除かれるように、そして神の霊によって正しい理解に導かれるようにと祈った』と述べています。神はこの謙遜な祈りを祝福されました。ラッセルと仲間たちが聖書を精
読してゆくにつれ、多くの事柄が明らかになりました。ラッセルはこう説明しています。『我々は、様々な分派や党派が何世紀にもわたり、自分たちの間で聖書の教理を
ばらばらにし、多かれ少なかれ人間の憶測や誤りを混ぜ合わせてきたことに気づいた。』・・・現代のエホバの証人の組織は、今や優に1世紀以上にわたって神の聖霊の
指導にいつも敏感に従ってきました。エホバの霊が証人たちの霊的視力を漸進的に鋭くし、彼らは最新の理解に合わせるよう進んで必要な調整を加えます。」
彼らが「祈った」ことは事実でしょう。「気づいた」ことも事実でしょう。しかし、それが「神の聖霊の指導」であると、どうして言えるのでしょうか?
『聖書に対する洞察』第1巻、254ページによると、「祈りの答え」について、彼らは、次のような見解を述べています。
「大抵の場合、祈りの答えはそれほど容易に識別できるものではありませんでした。それは、道徳的な強さや啓発を与えて、人が義の道筋に付き従い、神から割り当てら
れた業を遂行できるようにすることと関係していたからです。(テモ二4:17)とりわけクリスチャンにとって、祈りに対する答えにはおもに霊的な事柄が含まれてい
ました。それはそれ以前の時代における神の強力な行動ほど目覚ましいものではないとしても、それに劣らず重要な事柄でした。」
また、『ものみの塔』誌、1992年4月15日号、5ページには、次のように述べられています。
「聖書の中には、実際に神に祈りを聞いていただき、またその祈りにこたえていただいた人々に関する記述がたくさんあります。・・・例えばダビデ王は・・・同様に、
ヒゼキヤは・・・ダニエルの場合・・・他の人たち、例えばハンナ、イエスの弟子たち、士官コルネリオなどの祈りは、人間の能力だけに帰することができないような方
法で聞き届けられました。したがって聖書は、神のご意志と調和した祈りを神は受け入れ、聞き、かなえてくださることを教えています。ではご自分の現代の忠実な僕た
ちの祈りに対して、神はどのようにおこたえになるのでしょうか。先に挙げた祈りは、劇的な、また奇跡的な方法で聞き届けられました。しかし覚えておくとよいのは、
聖書時代においてさえ、祈りに対するこたえのほとんどは、それほど容易に見分けられるものではなかったということです。なぜかと言えば、祈りに対するこたえは、道
徳的な強さや啓発を与え、神の僕たちが義の道にとどまれるようにすることと関連していたからです。特にクリスチャンにとって、祈りに対するこたえは主に霊的な事柄
と関係があるもので、目を見張るような、あるいは強力な行為ではありませんでした。ですから、祈りが必ずしも自分の期待する方法や好きな方法でかなえられないとし
ても、がっかりしないことです。例えば、神は試練を取り除く代わりに、試練を忍耐するための『普通を超えた力』を与えることになさるかもしれません。(コリント第
二4:7。テモテ第二4:17)そのような力の価値を決して軽く見てはなりませんし、エホバはわたしたちの祈りに実際には全然こたえてくださらなかったのだと結論
すべきでもありません。」
「人間の能力だけに帰することができないような方法で聞き届けられ」たのではなく、さらに、「それほど容易に見分けられるものではな」く、見た目にはエホバは「祈
りに実際には全然こたえてくださらなかったのだと結論」することもできそうですが、とにかく、彼らが祈って「気づいた」のは「神の聖霊の指導」であり、「啓発を与
え」られた結果なのです。

『聖書に対する洞察』第1巻、634−635ページには、「天で霊の命を享受するために、神の霊によって神の子として生み出され」た人たちについて、次のように説
明されています。
「それらの人は死に至るまで忠実を保って世を征服した後、神の霊の子、ならびに神の主要なみ子キリスト・イエスの『兄弟』として復活させられることにより、子とし
ての自分の身分を十分に実感するようになります。このような天的な召しを受けた、神の霊的な子供である、それらの人たちは、自分がそういう者であることを知ってい
ます。それは、神の『霊そのものが、彼らの霊と共に、彼らが神の子供であることを証しする』からです。(ロマ8:16)これは、それらの人たちの霊が生活の中で彼
らを駆り立てる力として働いて、そのような天的な希望について語る点で、霊感による神のみ言葉を通して示される、神の霊による表現に積極的にこたえ応じるよう、ま
たその霊によって神が彼らを取り扱われる仕方にもやはり積極的にこたえ応じるよう彼らを動かしたことを意味しているようです。ですから、それらの人たちは、自分が
確かに神の霊的な子供で、相続人であるという確信を抱いています。」
エホバの証人の「統治体」は、この教理の典拠である聖句の意味を、断言できるほどには知らないのです。しかし、確信だけはあります。この説明によれば、彼らがその
ような身分にあるかどうか、事実は死んでみなければ分からないのです。

しかし、『ものみの塔』誌、1998年2月15日号、14ページ(10節)には、こう述べられています。
「油そそがれた14万4,000人のクリスチャンすべてには、神の霊を持っていることの裏付けとなる確たる証拠があります。」
「確たる証拠」があるというのです。それは一体何でしょうか?続く説明(10、11節)は、ローマ8章15−17節を引用した後、こうなっています。
「油そそがれたクリスチャンには、天の父に対する子としての霊、つまり子の立場にあるという支配的な意識があります。(ガラテア4:6、7)それらのクリスチャン
は、天の王国におけるキリストと共同の相続人として、神によって霊的な子の立場に生み出されたことを全く確信しています。これについては、エホバの聖霊が明確な役
割を果たします。油そそがれた者たちの霊つまりその人々の支配的な態度は、神の聖霊の影響のもとで、神の言葉が天的な希望について述べる事柄に積極的にこたえるよ
うその人々を促します。例えば、聖書がエホバの霊的な子供たちについて述べることを読む際には、だれに言われなくてもその言葉が自分に当てはまることを認めます。
(ヨハネ第一3:2)またその人たちは、『キリスト・イエスへの』、またその死への『バプテスマを受けた』ことを理解しています。(ローマ6:3)自分たちが神の
霊的な子であり、イエスと同じように、死んで天の栄光へと復活させられることが固い信念となっているのです。」
「確たる証拠」とは、「全く確信しています。」「固い信念となっているのです。」ということでした。また「確信」です!「確信」や「信念」が「証拠」と言えるので
しょうか?そもそも彼らは、自分が聖霊を受けたことを確認する方法を知っているのでしょうか?
『ものみの塔』誌、1996年7月1日号、17ページ(14節)と、1996年8月15日号、31ページには、次のように述べられています。
「油そそがれたクリスチャンの経験する霊的な状態も、楽園となる地上で永遠に生きることを希望とする、神の崇拝者の大多数にはあずかることのできない、また十分に
は理解できない事柄です。」
「だれかが本当に聖霊で油そそがれて天的な命に召されたかどうかは、実際、わたしたちの判断すべきことではありません。イエスの確かな保証の言葉を思い起こして下
さい。『わたしはりっぱな羊飼いであり、自分の羊を知っている』と言われたのです。エホバも同じほど確実に、ご自分が霊的な子として選んだ者たちを知っておられま
す。」
つまり、彼らが聖霊を受けたことは、普通の方法では確認できず、彼ら自身も確認してはいない、ということです。

しかし、「奴隷」にはまばゆい光がきらめくのではないでしょうか?それによって、神のご意志を知ることができるのではありませんか?
先に引用したように、『ふれ告げる』、53ページによると、C・T・ラッセルは、1886年に、「神の啓示である聖書を理性の光に照らして見る」と書きました。

1898年、フィリピンをめぐってスペインと戦争をするべきかどうか決めかねていた、アメリカ合衆国第25代大統領ウィリアム・マッキンリーに、神の光がきらめき
ました。
「私は毎晩、夜中までホワイトハウスの中を歩き回っていた。・・・私は幾晩も全能の神に光と導きを祈った。そして、ある晩遅く、次のように神の光と導きが示された
。それがどのようにして示されたかは私には分からない。しかし、確かに示されたのだった。その内容は、@フィリピンをスペインに返すことはできない。そうすること
は臆病で、不名誉なことである。Aフィリピンをフランスやドイツに渡すことはできない。東洋における経済的なライバルを利することは、採算が合わないことであるし
、不名誉なことである。Bフィリピンをフィリピン人に任すことはどうか。彼らは自己統治に適しておらず、すぐに現在のスペインの統治よりもさらに悪い状態である無
政府状態に陥るだろう。C残されている道は、フィリピン人を教育し、高め、文明化し、キリスト教化するために、アメリカがフィリピンを統治することである。・・・
こうして、私はベッドに入り、眠りについた。そして、ぐっすりと眠ることができた。」
「奴隷」だけでなく大統領にも、神の光はきらめきました。このように、アメリカ人にはよくきらめくのです。ちなみに、日本人の私には、鴨居に頭をぶつけたり、柱に
足の小指をぶつけたりすると、きらめきます。そうです、一週間に一度くらいはきらめくのです!その時、私の頭や足の小指は、「痛い!」と私に啓示します。しかし、
その啓示を受けたことを確認する前に、私の口は「痛え!」と自分の言葉を語ってしまいます。まだまだ修行が足りません。

冗談はさておき、日本では、このようなことは、「神の光がきらめいた」とか「神の霊に導かれた」などとは言わず、「名案が浮かんだ」「ひらめいた」「いいことを思
い付いた」などと言います。これらは日本では、霊によることではなく、精神作用と見なされます。しかし、考えてみれば、英語では、「霊感」も「思い付き」も
"inspiration" ですし、「霊」も「精神」も「気質」も「気力」も「気分」も "spirit" ですから、アメリカ人がこれら全てを混同してしまう
のは、無理もないことかも知れません。ついでに言えば、「蒸留酒」も "spirit" です。彼らは酔っているのでしょう。何と言っても、エホバの証人の「統治
体」は、神が語るのを聞いたことはないのです。

1776年に採択されたアメリカ独立宣言は、こう述べています。
「我々は、次のような真理をごく当たり前のことだと考えている。つまり、全ての人間は神によって平等に造られ、一定の譲り渡すことのできない権利を与えられており
、その権利の中には生命、自由、幸福の追求が含まれている。」
言い換えれば、全ての人間には、生命に対する権利、自由である権利、幸福を追求する権利が、譲り渡すことのできないものとして、神から平等に与えられているという
のは、ごく当たり前のことだ、ということです。当然神はそれらの権利を我々に与えている、ごく当たり前のことだ、と決め付けているのです。このように、アメリカは
、神のご意志を決め付け、思い込むことから始まりました。このことをケネディ大統領は、1961年の就任演説の中で、「人間の諸権利は国家の寛容から来るのではな
く、神の手から来るのであるという信念」と表現しました。
では、次の言葉はどうでしょうか?
「彼は神からの特別な啓示を得ているとは主張しなかったが、聖書の理解を得るための神のご予定の時が来ており、自分は主と主への奉仕のために全く聖別され、聖書を
理解することを許されていると考えた。」(『ふれ告げる』、707ページより、チャールズ・テイズ・ラッセルの伝記の一部)
また、次の言葉はどうでしょうか?
「私たちの希望は確かなものであり、私たちが想像さえしなかったほどに、小さな群れの14万4,000人の成員の最後の一人に至るまで完全に成就するでしょう。1
914年に生きていた、残りの者である私たちは、その年に私たち全員が天に行くものと期待していましたが、その希望の価値観を失ってしまったのではありません。む
しろ、私たちは以前と同じように希望を強くし、それを待たねばならない期間が長ければ長いほど、その希望の価値を深く認識します。その希望は、たとえ100万年か
かろうとも待つだけの価値があるのです。私は自分の希望をかつてなかったほど高く評価しています。そしてその希望に対する自分の感謝を決して失いたくありません。
さらに、小さな群れが抱く希望は、ほかの羊の大群衆の期待が私たちの想像できる範囲を超えて実現すること、実現し損なう可能性は全くないことを保証しています。そ
のようなわけで、私たちは今この時に至るまで固く立ち続けており、神がご自分の『貴く、しかも極めて壮大な約束』に忠実であることを実際に証明なさる時まで固く立
ち続けます。」(『ふれ告げる』、716ページより、ものみの塔協会第4代会長フレデリック・ウィリアム・フランズの、1991年の言葉)
そして、「あなた」に向けて書かれた次の言葉はどうでしょうか?
「(あなたも、)自分は正しいことをし、神のご意志を行なっているという自覚があったので、神の是認を受けていることを確信できました。パウロの言う『是認を受け
た状態』にあることに気づいたのです。」(『ものみの塔』誌、2000年12月15日号、22ページ(17節)より、ローマ5章4節の説明)


●Z 結論

エホバの証人の歴史は、優に1世紀以上にわたる壮大なアメリカン・ジョークでした。エホバの証人の「統治体」は、エホバからの言葉を伝えていると言いながら、エホ
バが語るのを聞いたことはなく、聖霊に導かれているというのも根拠のない確信で、確認してはいないのでした。そればかりでなく、聖霊の導きとは実は「理性の光」「
自分たちの意志」であると、自ら暴露してしまったことさえあったのでした。

ところで、この論文の論点は、エホバの証人の「統治体」はエレミヤ23章9−40節で糾弾されている「預言者たち」に該当するのかどうかということでした。実は、
聖霊の導きがあるのかないのかという話は、この論点とは関係ありません。と言うのは、エレミヤ23章9−40節の「預言者たち」とは、次のような人たちだからです
。
「『彼らが語るのは自分の心の幻である(フェデリコ・バルバロ訳『聖書』によると、「自分の心の思いを告げる」)−エホバの口からのものではない。』」
「『だれがエホバの親密な集いの中に立って、その言葉を見たり聞いたりしたであろうか。だれがその言葉に注意を向けて、それを聞いたであろうか。』」
「『わたしは預言者たちを遣わさなかった。だが、彼らは走った。わたしは彼らに語らなかった。だが、彼らは預言した。』」
「『しかしわたしは、彼らを遣わしもせず、彼らに命じもしなかった。』」
「お前たちは勝手に自分の言葉を託宣とし、生ける神である我らの神、万軍の主の言葉を曲げた。」(『聖書新共同訳』)
つまり、エホバの証人の「統治体」が、エホバからの言葉を伝えていると言いながら、エホバが語るのを聞いたことはない、ということだけで、十分、エレミヤ23章9
−40節の「預言者たち」に該当しているのです。自分たちは聖霊に導かれているという言い訳は、アメリカ的精神に調和した、「統治体」一流の詭弁に過ぎません。パ
ウロは、ガラテア1章8−12節で、こう述べています。
「たとえわたしたちや天からのみ使いであろうと、わたしたちが良いたよりとして宣明した以上のことを良いたよりとしてあなた方に宣明するとすれば、その者はのろわ
れるべきです。・・・兄弟たち、あなた方に知らせておきますが、わたしが良いたよりとして宣明した良いたよりは人間的なものではないのです。わたしはそれを人間か
ら受けたのでも、また、イエス・キリストの啓示による以外には、教えられたのでもないからです。」
パウロは、啓示によって直接教えられたことを、良いたよりとして宣明したのです。エホバの証人の「統治体」は、自分たちは啓示や霊感を受けてはいないが、聖霊に導
かれている、と微妙な言い方をしています。彼らには、詩編36編1、2節が当てはまるのかも知れません。こう書かれています。
「邪悪な者に対する違犯のことばはその者の心の中にある。彼の目の前に神への怖れはない。彼は自分の目から見て非常に滑らかに自分に対して行動したので、自分のと
がを見いだしてそれを憎むこともできないからです(『聖書新共同訳』によると、「自分の目に自分を偽っているから、自分の悪を認めることも、それを憎むこともでき
ない」、フェデリコ・バルバロ訳『聖書』によると、「自分の罪を見つけてそれを憎むには、彼は自分を甘やかしすぎる」)。」

エレミヤ23章16節には、「あなた方に預言している預言者たちの言葉に聴き従ってはならない。」と書いてあります。また、28節には、「わらは穀物と何のかかわ
りがあるか。」と書いてあります。
そして、コリント第二6章14−18節には、こう書いてあります。
「不釣り合いにも不信者とくびきを共にしてはなりません。義と不法に何の交友があるでしょうか。また、光が闇と何を分け合うのでしょうか。さらに、キリストとベリ
アルの間にどんな調和があるでしょうか。また、忠実な人が不信者とどんな分を共に持つのでしょうか。そして、神の神殿と偶像にどんな一致があるでしょうか。わたし
たちは生ける神の神殿なのです。神が言われたとおりです。『わたしは彼らの中に住み、彼らの中を歩くであろう。そしてわたしは彼らの神となり、彼らはわたしの民と
なる。』『「それゆえ、彼らの中から出て、離れよ」と、エホバは言われる。「そして汚れた物に触れるのをやめよ。」』『「そうすればわたしはあなた方を迎えよう。
」』『「そしてわたしはあなた方の父となり、あなた方はわたしの息子また娘となる」と、全能者エホバは言われる。』」

私は、エホバの証人の「統治体」との関わりを、一切絶つことにしました。彼らから受けた影響を清算し、エレミヤ23章35節で、「お前たちは、ただ隣人や兄弟の間
で互いに、『主は何とお答えになりましたか。主は何とお語りになりましたか』とだけ言うがよい。」と言われている通りにするため、神を探しに行きます。
エホバは、エレミヤ23章23節で、「私は近くでは神であって、遠くでは神ではないのか。」(新世界訳)「私はただ近くにいる神なのか。私は遠くからの神ではない
のか。」(新共同訳)「私は、近くでだけ神であり、遠くではもう神ではないのか。」(フェデリコ・バルバロ訳)と言っておられます。神に辿り着くまでの道のりがた
とえ遠いとしても、私は神を探しに行きます。私は、自分たちの意志を神のご意志だと偽って言う人たちの言葉ではなく、神の本当の言葉を聞きたいのです。彼らがどん
なに誠実に「主よ、主よ」と言ったとしても(彼らは恐らく誠実でしょうが)、神に聞いて確認してもいないのに、自分たちの考えたことを神のご意志として伝えてくる
人たちに、私は付いて行くことが出来ません。私は命を賭けて神を信頼しているからです。「神のご意志」は本当に神のご意志でないと困るのです。覚悟をもって、私は
神を探しに行きます。
もしもエレミヤ23章9−40節を見つけていなければ、私はこのような決断をしなかったでしょう。組織がどうであれ、私個人がエホバを信頼していることが大事だ、
と今まで通りに考え、断絶までは考えなかったでしょう。しかし、エレミヤ23章9−40節を読んだ今、私は、聖書に従うか「統治体」に従うか、という選択を迫られ
たのです。聖書と「統治体」は両立しないのです。皆さんも是非考えてみて下さい。私は聖書を選びます。そして、先入観を取り去って聖書を読み直すことから、神を探
すことを始めようと考えています。

「それにしても、だれも言わなかった、『わたしの偉大な造り主なる神はどこにおられるのか。夜、調べを与える方は』と。」
「神よ、あなたはわたしの神です。わたしはあなたを捜し求めます。」
「涸れた谷に鹿が水を求めるように、神よ、わたしの魂はあなたを求める。神に、命の神に、わたしの魂は渇く。いつみ前に出て、神のみ顔を仰ぐことができるのか。」

「あなたはいつわたしのところに来てくださるのですか。わたしは心の忠誠によってわたしの家の中を歩きます。」
「エホバよ、あなたはいつまでご自分を覆い隠されるのですか。いつまでもですか。」
「わたしがどれだけの間生きるかを思い起こしてください。」
「わたしたちはわたしたちのしるしを見ませんでした。預言者ももういません。いつまでなのかを知っている者も、わたしたちのもとにはいません。」
・・・・ヨブ35:10、詩編63:1、詩編42:1、2(新共同訳)、詩編101:2、詩編89:46、詩編89:47、詩編74:9。

A***

2001年2月 2日  
2001年2月17日改訂


参考文献

『新世界訳聖書(参照資料付き)』(1985)、『エホバの証人−神の王国をふれ告げる人々』(1993)、『聖書に対する洞察』(1994)、『聖書から論じる
』(1985、1989)、『ものみの塔』誌、1979年12月1日号、1990年3月15日号、1992年4月15日号、1994年3月1日号、1996年7月
1日号、1996年8月15日号、1998年2月15日号、1999年5月15日号、2000年1月15日号、2000年3月15日号、2000年4月1日号、2
000年5月1日号、2000年9月1日号、2000年12月15日号(以上、ものみの塔聖書冊子協会発行)
『聖書新共同訳』(日本聖書協会発行、1987、1988、1995)、フェデリコ・バルバロ訳『聖書』(講談社、1980)、大下尚一、有賀貞、志邨晃佑、平野
孝編『史料が語るアメリカ』(有斐閣、1989)、森孝一『宗教からよむ「アメリカ」』(講談社、1996)、鳥居次好、佐渡谷重信、小野経男『アメリカ文明と言
葉』(泰文堂、1976)、長谷川潔訳注『英和対訳ケネディ大統領演説集』(南雲堂、1985)、ロデリック・ナッシュ『人物アメリカ史』(新潮社、1989)、
五十嵐武士、福井憲彦『世界の歴史 21−アメリカとフランスの革命』(中央公論社、1998)、小西友七編『ジーニアス英和辞典』(大修館書店、1988)