エホバの証人への五つの質問−外国で伝道される方より

(12-11-99)

こんにちは。初めてお便りします。外国に住んでいて、英語版の
コンピューターを使っているので、ずっと日本語でメールを出せま
せんでした。やっとその方法が分かったので、こうしてお便りできる
こと、主に感謝します。

  私は、5年位前からエホバの証人に対する伝道の重荷が与えられ、
これまで10名位の方々と話し合いをしてきました。長い方で1年半、
短い方で2、3回でしたが、組織の問題の核心に触れると直ぐに証人の
方から話し合いを断わられてしまい、本当に伝道者の書にあるように
「あなたのパンを水の上に投げよ。ずっと後の日になって、あなたは
それを見いだそう。」というような、まるで時間も労力も一見無駄の
ように感じる伝道です。でも、主の命令なので、いつか私と話し合い
を持った一人一人の証人の方が、イエスさまと出会い、また神さまに
も知られるクリスチャンとなることを信じています。
  証人と接してきて一番の印象は、本当に熱心に神を追求めている人々
だということです。ただそこで、彼らが信じている福音が実は、偽物
「異なる福音」であり、彼らは、本物の福音を聞いたことがない。
やっと、本物の福音に触れる機会が与えられた時には、それを受け付
けないように組織によってマインドコントロールされてしまっている
ということに、私は非常な哀しみを覚えます。また、先に救われてい
るクリスチャンが彼らの耳に先に本当の福音を語れなかったことも残
念でたまりません。ある意味、これは一般のクリスチャンのなまぬる
い信仰の表われではないかとも思えます。自分が何を信じ、何によっ
て救いの確信があるのか、はっきりしないクリスチャンが、何をどう
人々に語っていけばよいのか、分からないのではないでしょうか?

教会生活のありのままを伝えるだけでも、(祈祷会のこと、家庭集会のこと、聖
書の学び会のこと、特別伝道集会のこと等)一つ一つが、自分の家に訪ねて来る
証人への証しとなるのです。なぜなら、彼らは教会
でもこんなに熱心に聖書の学びをしたり、集会を持ったり、ましてや
伝道しているとは、組織からの情報には無いので、キリスト教会の現
状を知らないのです。
現在、うちに来られる方々は、エホバの証人二世の長老と元教会学校
にも通い、ミッションスクール出身の方ですが、私たちの教会の各集
会をお知らせしただけでも、「ヘエ~、こんなに集まりがあるんです
か?!」とものすごく驚かれていました。
アーサーホーランド牧師は、ヤクザにも伝道して多くのヤクザの人び
とが救われた話などもしましたが、とても興味深そうに聞いていまし
た。なぜなら、彼らはヤクザなどは、復活に価しないと決めつけて、
自ら伝道に出向くことはしていないからです。
彼らの集会所である王国会館に来るのは、ある程度マインドコントロ
ールの進んだ研究生か身内の人間だけだからです。そこには、イエス
さまの譬えにあるような毒麦は一人もいないのです。イエスさまの譬
えは、教会には信者も未信者も毒麦も混じりあっているが、一緒に育
つようにと言われています。でも、ものみの塔の組織はまるで収獲時
のみ使いのように、自ら毒麦か否かを判断して排斥処分を下していき
ます。その排斥処分を恐れて、疑問を与えるような質問をしても「ち
ょっと調べてきます。」と言ってそのままにしたり次回も忘れたふり
をして考えないようにしているようです。

もし、これを読まれている方の中に現役エホバの証人の方がおられた
ら、以下の質問の答えを教えてください。私と話し合いをしている長
老は答えを濁していますので、それなりに納得のいく答えをいただけ
れば嬉しく思います。

1)本当にエホバは地上の狭い一地域を選んで、そこを楽園にされたの でしょう
か?
裏付けとして挙げられた創世記2;8~14は「エデンの園の所在地」が記されてい
るだけであり、エデンの園以外は楽園ではなっかたことには
ならないと思います。 
また、創世記2;5を「全地を徐々に楽園にしていく」ことの裏付けと
するならば、創世記1;11~13の大三日目の創造はエデンの園でのみな
された神のみわざということになってしまいます。そして、そのよう
な荒廃した地に出て行かなければならないアダムとエバは、徐々に楽
園を広げていくために必要な道具や木、草、花の種などを持って出た
と解釈することは、聖書的に見て道理にかなっていることでしょうか
?
創世記1;30には、地の全ての生き物のためにすべての緑の草を与える
とありますが、これは4;2アダムとエバの息子のアベルは羊を飼う者
となった、に続き、エデンの園以外にも草や木があり、動物もいたの
ではありませんか?
これらのみ言葉をどのように理解したら、ものみの塔のいうような「
アダムとエバは全地を徐々に楽園にしていく」と結論に達するのでし
ょうか?

2)ものみの塔のいうように「復活後、キリストの千年統治の間の行な
いに応じて裁かれる」のだとしたら、ヘブル9;27-人間には一度死ぬ
ことと、死後に裁きを受けることが定まっている。というみ言葉はど
のように一致するのでしょうか?

3)キリストの千年統治の期間に、イエスはわたしたちの思いや体から
罪を徐々に取り除いてくださるとテキスト(神はわたしたちに何を求めています
か。P11)にはありますが、邪悪な人々がハルマゲドンで取り
除かれていて、神の民だけが生き残り、悪魔も千年間閉じ込められて
誘惑も無く、病気も老齢も死も無くなるのに、神から求められている
ことを行なわない人間は永久に滅ぼされますというのは、矛盾しませ
んか?そのような状態に中ではむしろ、罪そのものが無いのではあり
ませんか?死は無いけど永遠の滅びはあるとはどういうことでしょう
か?

4)イエスは実に多くの譬えを持って群衆や弟子たちを教えられました
譬え話とは霊的な真理を実生活の話として示す物語であり、大事な教
えだと理解していますが、ものみの塔では、ルカ16;19~31の金持ちと
ラザロの譬えに出てくるハデスを否定します。だとすると何のために
何を教えるためにイエスはこれらの譬え話をされたのでしょうか?
 
5)何故、ものみの塔では聖書のある部分(特にパウロの書簡)は14万4千
人の天に行く人々にのみ当てはまり、またある部分は全ての人に当て
はまると区別するのでしょうか?何故、分脈通りに素直に読んではい
けないのでしょうか?

まだ、他にも知りたいことは沢山ありますが、今回はこのへんにして
おきます。
村本さんの働きに主が豊かに報いてくださいますように。

《編集者より》
外国生活をされながら、日本人のエホバの証人の方々とお付き合いしていられるのでしょうか。非常に難しいお仕事であり、敬意を表したいと思います。あなたと付き合っているエホバの証人の人々からすれば、あなたが「エホバの組織」に加わることになればと希望してあなたと会合を持っているのですから、あなたも相手のエホバの証人も毎回が真剣勝負のようなもので、大変なことであろうと推察します。あなたの五つの質問はある意味でエホバの証人の教理の核心に触れるものであり、手短に説明できる証人は少ないのではないかと思います。しかし、この読者の広場には何回にもわたって、組織に忠実な現役のエホバの証人が反論を寄せてきていますので、そのような人々が回答を送ってくれる可能性もありますので、期待したいと思います。