エホバの家庭訪問を続けています

(11-28-99)

こんにちは。ずいぶん以前に、一度投書したことがあります。
その頃からのエホバの証人の家庭訪問が細く長く一年ぐらい続いている状態です。

私は知的好奇心から彼らの話を聴いています。
かれらのことをまず理解しようと考えていたので、
彼らの話でおかしいと思うことがあってもあまり指摘したりもしませんでした。
「そういう考え方なんですね」という受け答えをしてきました。
そんな態度だったので、のれんに腕押しのように感じるらしく、
「真理は本当はどこにあるのかということを考えてやってるのではないのかしら?」
というようなことを尋ねられました。
ようは、「ただ右から左に彼らの話が流れていってるだけなので、
やってもしょうがない」という意味でした。

「私はまだあなたの話を聴きたいですが」というと、
もう少し積極的な取り組みが必要だ、みたいなことを言われました。
なるほどそうかも、と思いまして、私が疑問に思うことを質問をしてみました。
すると、「それではなぜ聖書研究をやってるのですか」と切り返されます。
彼らの言うエホバについては信じることは出来ないのに、どうしてやってるのですか、
ということを聞いてきます。
私には、「信じられないのならやっても意味がない」というふうに捉えられます。
「やりたいからやっているけど、それではだめならやめたほうがいいのかしら」
と言うと、「そんなことはない」と言います。

しかし、「真理を追究しようとしてないなら意味がない」ということをよく言います。
「あなたの言う真理は、私は追求してないと思います。
しかし、私はあなたの話も聴きたいと思っているのですが、
あなたがそう思ってるなら止めてもよいですが」と言うと、
「いえ、私はやめたいと思っているわけではないのです」と言います。
で、また何か質問すると、なぜ聖書研究をやってるのですか?と質問されて、
なんだか堂堂巡りなんです。

その方にとって、私のようなタイプが今まで初めてで、
どうすればいいのかとても迷ってらっしゃる様子です。
結局、「他の人に変わってもよいでしょうか」ということになって、
次から司会者の方が変わることになりました。

私は彼女を救済しようとは全く考えてはいません。
ただ、どうしてそんな考え方なのかをもっとよく理解したいのです。
重箱の隅をつついてこれはこうだ、あれはこうだと批判したいわけでもありません。

進化論創造論の話になったとき、進化とは例えば何ですかと言うので、
例えばサルからヒトは進化したということです、と言ったとき、
「それはまちがってるのに」みたいな顔でとても私を馬鹿にしたような表情をされました。
人を嘲笑う顔です。本人も無意識の一瞬でしたが、それを見たとき、とてもぞっとし
ました。

うまくいえないのでだらだらと書いてしまいました。
彼らとどうやって接すればよいのかわかりません。
私は彼らと仲良くなりたいと思ってるのですが、彼らはもちろん布教する目的でやっ
ているので
相反しているので、いつまでたっても発展性はないのでしょうか。
こんなことつづけてても意味ないかなーと思いつつ、
やめようかやめまいか、悩んでいます。

長くなってしまって申し訳ないです。読むだけで大変ですね。恐縮です。
いつもここのWEBでいろいろ勉強させていただいてます。
お体に気をつけてこれからもがんばってください。

《編集者より》
エホバの証人は「脚本に書かれていない質問」には応対できません。というのは、彼らは予想される質問に対してどのように答えるかは徹底的に訓練されていますが、自分の頭で考えて教えられていないことを答えることが苦手なのです。従って、そのような質問をすると、質問に答えるのでなく質問者に逆に質問をして話題をそらせる手段に出ます。これはあなたの研究の司会者だけでなく、多くのエホバの証人に共通した態度です。従って、この体験からあなたが理解できるのはこのようなエホバの証人の基本的な心理構造でしょう。あなたにとってこれ以上研究を続けることは大きな意味はないと思いますが、このように答えられない質問を与え続けることは、エホバの証人の眠った目を覚まさせるのには実に有効です。その意味では、研究を続けて一人でも多くのエホバの証人に自分の頭で考えるという体験をさせてあげることを、私はお勧めします。