統治体の権威はどこに存在していますか?

(11-26-99)

統治体の権威はどこに存在していますか?
*** エホバの証人ふれ告げる 79 7 王とその王国を宣伝しなさい!(1919-1941年) **
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クリスマスなどの世の祝いや祝日は取り除かれました。他の習慣や信条も,神を辱めるよ
うな起源のあることが分かった時に捨てられました。
*** エホバの証人ふれ告げる 199 14『彼らは世のものではありません』 ***
それまで長年の間,彼らは12月25日が正しい日付ではないことを知っていましたが,その
日付は昔から一般に救い主の誕生と結びつけられており,どの日であっても他の人に良い
ことを行なうのはふさわしいと彼らは考えました。しかし,この件に関してさらに調査が
行なわれた後,協会の本部の奉仕者と,英国やスイスの支部事務所の奉仕者はクリスマス
の祭りを行なわないことにしました。それで,それらの本部や支部では1926年を最後にク
リスマスの祝いは行なわれなくなりました。
*** ものみの塔93 5/1 15-16 キリストの臨在の期間に拡大する活動 ***
2 とはいえ,この油そそがれたクリスチャンたちは,まず清められる必要がありました。
マラキ 3章1節から5節が予告していたように,エホバ神とその「契約の使者」イエス・キ
リストは,1918年の春に霊的な神殿を検分するために来られました。裁きは,「神の家」
から始まることになっていました。(ペテロ第一 4:17)マラキ 3章3節は,「彼[エホバ]
は銀を精錬する者また清める者として座し,レビの子らを必ず清くする。彼らを金のよう
に,また銀のように澄ませ(る)」と予告していました。これは,精錬と清めの期間でした。
3 奴隷級の残りの者は,1918年に頂点を迎えたこの裁きを通過することにより,この世の
汚れや宗教上の汚れから清められました。エホバはなぜ彼らを清められたのでしょうか
。神の霊的な神殿が関係していたからです。これは,イエス・キリストのなだめの犠牲に
基づいてエホバを崇拝するための神殿のような取り決めです。
*** 塔93 5/1 17 キリストの臨在の期間に拡大する活動 ***
6 キリストの臨在が始まった時から1918年までの間,奴隷級は人気のなさや迫害ばかりか
,多少の混乱でさえ物ともせずに,召使いたちに時宜にかなった食物を与えるよう努めて
いました。これこそ,主人が検分を始めた時にご覧になった事柄です。主イエスはそれを
喜び,1919年にその是認された忠実な奴隷級を幸いな者と呼ばれました。奴隷が主人に命
じられた事柄を行なって受ける喜ばしい報いは何でしたか。昇進です。つまり,主人の関
心事を推し進めるために,一層大きな責任が与えられたのです。主人は天の王となられた
のですから,当然,主人の地上の持ち物もなお一層貴重なものになりました。
7 では,『イエスのすべての持ち物』とは何ですか。天の王としてのキリストの権威に関
連してキリストの所有物となった地上の霊的な資産すべてです。これには確かに,キリス
トの弟子を生み出す任務が含まれており,その任務には,世界中のすべての国の人々に対
し,設立された神の王国の代表者として行動する壮大な特権が伴っていました。
8 奴隷級は主人のすべての持ち物を監督する立場に昇進したため,王国の活動を成し遂げ
ることにさらに多くの時間と注意を振り向け,その活動のために一層の便宜を図ることが
要求されました。今や,はるかに大きな活動分野―人の住む全地―を抱えるようになった
のです。
*** 塔93 5/1 19 キリストの臨在の期間に拡大する活動 ***
14 マタイ 25章の羊とやぎに関するイエスの例えは,神の王国の地上の臣民を集めるこの
大きな活動について説明しています。イエスはその前に出て来るたとえ話,つまりタラン
トのたとえ話の中で,天の王国でイエスと共に支配する希望を持つ油そそがれた弟子たち
は,イエスの地上の持ち物を増やす努力をしなければならないことを説明しておられます
。それから極めて適切なことに,イエスはその次のたとえ話の中で,天の王国の臣民にな
ることを願う人々にどんな事柄が要求されているかを説明されます。
15 マタイ 25章31節から33節のイエスの言葉に注目してください。「人の子がその栄光
のうちに到来し,またすべてのみ使いが彼と共に到来すると,そのとき彼は自分の栄光の
座に座ります。そして,すべての国の民が彼の前に集められ,彼は,羊飼いが羊をやぎから
分けるように,人をひとりひとり分けます。そして彼は羊を自分の右に,やぎを自分の左
に置くでしょう」。
*** 塔93 5/1 19 キリストの臨在の期間に拡大する活動 ***
16 イエスは1914年に栄光のうちに到来されました。イエスはすべてのみ使いと共に攻勢
に出,敵である悪霊たちを攻撃して天から追い出しました。イエスのたとえ話の続きから
すると,イエスが栄光の座に座るという表現は,イエスの臨在期間中の裁きの姿勢を表わ
していることが理解できます。すべての国の民がイエスの前に集められることは,イエス
が諸国の民を,比ゆ的な意味でご自分の羊の群れとなる見込みのある人々と見て接してお
られることを意味しています。この群れには,羊とやぎが混ざり合っています。文字通り
の群れであれば,羊とやぎを分けるのに一日もかからないかもしれませんが,倫理的に自
由な行為者である人々を世界的な規模で分けるには,それよりもはるかに長い時間がかか
ります。個々の人の行動の仕方が,分けるための根拠になっているからです。
17 たとえ話の中で,羊飼いなる王は,羊のような人々を右に,やぎのような人々を左に置
きます。右側は,永遠の命という有利な結果を伴う裁きになります。左側は,永遠の滅び
という不利な裁きを表わします。この件に関する王の裁定は,重大な結果を生みます。

私はあなたにこの事実を明らかにしたいと考えております。
前述の文面はエホバの証人が公式に発表している文面です。よく考えてください。
彼らは自分たちが1919年に清められたために昇進して全ての持ち物をゆだねられた
と主張しているのです。いったい彼らはなにを根拠に清められたというのでしょうか。
エホバの証人ふれ告げるによれば彼らはクリスマスを1926年まで祝っていました。
彼らが投獄されたことが清めとなるのでしょうか。それならオームの麻原も投獄され
ています。それが迫害であるからだというのなら、その当時のクエーカー教徒の人々は
銃をとって戦うことを拒んだため迫害を受けていました。その当時の兄弟たちの中には
銃をとって戦場に赴く人もいたのがエホバの証人なのです。さらに前述のように組織は
クリスマスを1926年まで祝っていたことを明らかにしています。それも以前から異
教の祭りであることを知っていたと言っているのです。さらに十字架と王冠の紋章は1
931年までものみの塔誌の表紙を飾っていました。さらに日本において内村鑑三は1
914年に大戦が勃発するや「イエスキリストが再臨された」とものみの塔より先に世
界に向けて発表していました。また戦争に反対したため迫害も受けていました。ではあ
なたに質問しましょう。これらの事実からものみの塔の幹部だけがイエスキリストから
1919年に清められて奴隷として任命されなければならない理由を教えてください。
  次にこのロイドバリーが主張した昇進の時期に関して考えてみましょう。
彼らの主張が正しいのであるなら初代の会長CTラッセルはどんな資格で会長をしてい
たのでしょう。
 明らかにこのものみの塔の文面から彼らが任命された理由のもっとも大事な理由の一
つとして羊と山羊を分ける業が深く関係していることが分かります。
 ではまた質問です彼らの任命が羊と山羊を分けるわざと深く関係のあることがものみ
の塔誌の主張から理解できました。よろしいでしょうか。
 ではよろしいのなら、羊と山羊を分ける業がハルマゲドンの時まで先延べされたこと
を知っていますか。この昇進に関わる重大な業がハルマゲドンの時まで延びたのです。
では彼らの任命は先延べされないのですか。その任命をなにを根拠にするつもりなので
すか。
 このように1919年説は今何の根拠を示すことができない教理となっているのです。
 彼らは1914年当時に起きている事件の意味を理解できる人がいなくなる前に終わ
りが来ると今までさんざん述べてきました。しかし2000年を迎えるに当たりその世
代の人々が100歳をはるかに越えて一人も存在しなくなったのです。
 つまり、彼らは1914年説さえ変更せざるをえない瀬戸際にいることになるのです
。そのことに気を取られているうちに羊と山羊をまず終わりの時までずらそうとしたの
が今回の見解の変更の意味なのです。そのような誤魔化しをエホバはかえって彼らが恥
をかくように導かれたのです。彼らの任命に関する根拠は全て存在しなくなったのです。
それも彼ら自身でそのことを行ったことになるのです。イザヤの66:5節はここに
成就しました。
*** 聖8-参 イザヤ 66:5 ***
5 エホバの言葉を聞け,その言葉におののく者たちよ。「あなた方を憎み,わたしの名の
ゆえにあなた方を除外しているあなた方の兄弟たちは言った,『エホバの栄光がたたえら
れますように!』と。[神]はまた,あなた方の側の歓びをもって必ず現われ,彼らは恥を
かく者となる」。

 エホバの証人の歴史を見るときに二代目ラザフォード以後のものみの塔と初代ラッセ
ル派の人々とは根本的な考え方の相違が存在することが分かります。それは初代ラッセ
ルの考え方は組織宗教の否定であるのに対してラザフォード以後は大々的な組織宗教の
礼讃であるからです。 そしてラッセル派は今も現存している事実があるのです。
 ラザフォードたちが自分たちの権威を確かなものにしたいとの人間的な(世的な)考
えを持ち、自分たちの方がラッセルより偉大な権威を持ったことを印象づける目的を持
って1919年説が作られたように思えます。そのためわざわざ昇進という言葉を使っ
て自分たちがさらに勝った権威を持ったことを強調しているのです。
 さらに1935年説は彼らが自分たちだけがその立場を持ち続けるために本当の油注
がれた若い兄弟たちが現れることを阻止したいと考えたことが推察されるのです。

《編集者より》
エホバの証人の組織の最も根幹となる教理の解析です。羊と山羊の教義の変更、1914年を見た世代の教義の変更は、もちろんアルマゲドンの到来がなかったことにしびれをきらした結果、アルマゲドンの先延ばしを正当化するために統治体によって作られた教義の変更でした。イエスがその日と時間は誰も知らないと教えたにもかかわらず、その時期を予想し続けては、度々その予想の失敗を覆い隠す新たな教義を創作してきたのがものみの塔協会指導部なのです。そもそも1914年という年代計算そのものが、確立された歴史年を無視して作られた架空の年である以上、エホバの証人の組織を支える根幹となる教義の全てが、砂上の楼閣のような空しい人工産物であり、土台から崩れ去るのは避けられないことではないかと、私は思います。崩れいく砂の「ものみの塔」にすがり続けるエホバの証人にとどまるのか、ものみの塔の創作教義の奴隷となる絆をみずから解き放つことができるのか、現在のエホバの証人は、大きな岐路に立たされていると言えるでしょう。