メノナイト教会員の方より−神の裁き

(11-6-98)

大変興味をもって読ませていただきました。

 人間は人間自身のために神への理解を深める必要があるとおもいますが、誤っ
た神の理解は無理解よりも罪がふかいとおもいます。もしあまりに誤りが大きく
人間自身で訂正できなくなったとき、神は大きな悲しみをもって御自分で正され
るはずです。それは、肉体に縛られたわれわれにとってはむごい出来事にしか見
えないかもしれません。神の愛はその愛の深さゆえにとてつもなく恐ろしいと思
います。
  私のところにも何回か彼らがきたことがあります。どうしても王国会館に来て
ほしいみたいでしたが、断りました。ただし、その人たちは悪い人とは思えませ
んでした(もちろん、私は人を裁くことはできませんが)。私のところに訪れた
あの人たちの顛末は神様しかわからないのでしょうが、大きな怒りが降りかから
ないことをお祈りします。

村本さんとこのページ、およびエホバの証人の中の善良な人々の上にも神のみ恵
みがありますように。

**** (##メノナイト教会教会員)

《編集者より》
私もあなたと同様に、エホバの証人を裁ける立場にはありません。私も彼らと同様に神によって裁かれるでしょうが、その裁断がどうなるかは知りませんし、想像を逞しくするつもりもありません。キリストに従おうとするものは、聖書を支えとした祈りの中で、一人一人がそれぞれにあった形で導かれるのではないでしょうか。その導きの結果を人間は誰も裁くことはできないと私は思います。