エホバの証人を友人に持つ人より−エホバの証人は尊い人

(11-4-98)

 私の友人にエホバの証人がいます。
彼は高校時代の友人です。
非常に頭がよく、純粋で、筋の通ったひとです。
 私はエホバを知りません。
ですが、彼は知っています。

 私は私の人生の上で困ったときに、彼に色々助けていただきました。
私が今している仕事も、彼がその道を与えてくれなければできなかったでしょう。

 私は彼を尊敬しています。
その彼を育てたなにかが エホバだと彼の話から推察し、一度だけエホバの集いに行
きました。
そこには、かれの兄弟がたくさんいました。

 私はエホバを知りません。
しかしエホバを信じる方々が、どれだけ尊いかは感じています。

                                   俗世のものより

《編集者より》
一つの信念を堅く信じて、それを貫いて生きている人々は、純粋で尊敬に値する人々であることは、間違いありません。その点でエホバの証人も例外ではありません。信念をもたずに、風に漂う枯れ葉のように生きる人々を見ていると、エホバの証人がいかに素晴らしく見えるかは私もよく理解できます。実際私は、エホバの証人の大多数は、生真面目で純粋な人々であることを、よく知っています。

ただそのように真面目で純粋なエホバの証人にも、他の全ての人に共通する人間としての弱点があります。そして、人間が組織を作り徒党を組んだ時に生ずる共通の問題点が必ずあります。これは、子供の遊び仲間から始って、やくざの組織、会社組織、政党、宗教団体から国家に至るまで、すべての組織に避けられない弱点です。そこには、個性ある沢山の人間を、組織として統率していかなければならないという宿命があり、必ず醜い人間関係が生じます。人が人を支配し、組織が個人を犠牲にする時が、必ず来ます。「エホバの組織」を自称するエホバの証人の組織も、その例外ではないことをはっきり示すことが、このウェブサイトの目的です。醜い点をひた隠しにして、ペンキで塗りつぶして、自分たちだけは「世の」組織とは異なる美しいエホバの組織であると宣伝する、その組織の実態を知っていただきたいのです。