感想と編集者の人生観についての質問

(10-19-99)

私は、聖書の真の理解に対して関心を持ち、また、それに関連して、
エホバの証人という組織の中身にも関心を持つ者です。無論、他の
クリスチャンを称する組織にも関心がありますが、村本様のHPでは
エホバの証人の情報が特に詳細に扱われていましたので、このグル
ープに話をしぼったメールにさせていただきたいと思います。

まず、村本様のHP作成への多大な努力に、驚きにも似た感心の
念を禁じ得ませんでした。医師という多忙な職務を果たされる一方で、
情報収集やHPに寄せられるメールへの返答など、自らの多くの時間
を拘束させられることが容易に予想される状況に、敢えて身を置かれ
ていることは、とても立派なボランティアの精神だと思います。
ご自愛ください。

私の質問を述べさせてください。
宗教に入る人の中には、人生の目標や、人が人としてどう生きるべき
かという問いに対して答えを見出したいと思って、入信して、勉強する
人も多くいるかと思います。エホバの証人の方は、「天的な希望」と、
「地的な希望」を持つ人の違いはありますが、彼らの目的は、いずれに
せよ、神との平和な関係を、文字通り永遠の間、享受して生きていく
ことです。「永遠に生きる」という希望を持っている時点で、彼らは一つ
の人生観を持つことに成功していると言えなくもありません。少なくとも
エホバの証人の主観においては。

私がお聞きしたいのは、このHPを作成され続けておられる村本様
ご自身は、どのような人生観をお持ちであるかということです。

本来、初めて会話を切り出そうという立場の者がお尋ねするには、
甚だ不躾な質問かとは思いますが、これほど一貫した趣旨のHPを作成
されるには、ご自身のうちにかなりの程度完成された、もしくは信頼する
思想のようなものが必要のように思われます。HPの内容も、批判に終始
するのではなく、あくまで客観的な視点が貫かれています。つまり、エホバ
の証人の教えなるものに頼らなくても、それとは別に、自らを律してゆこうと
する確信のようなものがこのHPからは伺えるのです。

HPの「自己紹介」のページにも、村本様ご自身がクリスチャンであるなど
の旨は、載せられていませんでした。

村本様は、宗教や哲学、思想の類に信頼を寄せておられるのでしょうか。
「人はなぜ生きているか」と言う問いかけにどのようなスタンスをとってお
られますか。

上記の点、ご教授いただければ嬉しく思います。
なお、以前に似たような内容のメールを既に受け取っておられ、返答など
を済ませておられましたら、貴重なお時間を取らせてしまったことをお詫び
いたします。

《編集者より》
ます、ご丁寧なお便りと励ましのお言葉に感謝申し上げます。ご質問ですが、内容が非常に深淵で広範ですのであなたの完全にご満足のいくお答えができるかどうか自身がありません。「人生観」、「人はなぜ生きているか」という問いに対しては、私自身の人生の目的と、人類一般の生きる目的と分けて考えています。私自身が生きているのは、毎日、毎時間、毎分、毎秒、私にとって行わなければならないことがあるからです。私には私の使命があります。それは決してたいそれた使命ではありません。毎日、診療教育に携わること、自分自身の世話をすること、家では家族の健康と安全を守るという使命があります。そしてこのインターネットの活動も私の一つの使命であると考えています。その使命は誰から与えられたのか、とお尋ねになると思います。私にはよくわかりません。強いて考えれば私の今までの人生で起こったことの全ての積み重ねが今の自分の使命を生み出したのであろうと思っています。それが神の意志であればよい、という強い希望は持っていますが、よく何所かで聞くような「自分こそが神の使命を行っている」などという傲慢で独善的な確信を持つことは、最も警戒して避けるように心がけています。

他の人々の人生の目的は、夫々の人が一人一人自分で見つけるべきものではないでしょうか。誰かがこれだ、と教えてそれが人生の目的になる人もいるでしょうが、結局は個人個人が夫々の置かれた特殊な状況に基づいて見つけていくもので、私自身もそうしてきましたし、他の人にもそうして欲しいと私は思っています。私が強調したいのは、誰も他の人の人生を自分の都合のよいように変えるべきではない、ということです。エホバの証人の方々が真にその組織というものを理解した上で、それに服従したいという人生を選んだのであれば、私はそれに干渉する積もりは全くありません。ただ、ある人々が他の人々の人生を操っていたり(洗脳カルトがその典型)、無知の故に自分の意図した人生と違う方向に歩いていたりする(エホバ神に従っていると勘違いして人間の組織に盲従するのがその典型)のを見たら、それに対して警鐘を鳴らしたい、というのが私の基本的態度です。

私は既存の哲学、宗教にも大いに興味はあり、特に仕事の関係上、生命倫理に関する勉強、討論と執筆も行っていますが、特に一つの哲学、宗教に絶対的信頼や信奉を寄せている積もりはありません。なお、私のキリスト教徒としての態度は、他の投稿の返事や記事に書きましたので、そちらを参照して下さい。