仏壇を処分するエホバの証人の母親

(9-16-97)

初めてお便りいたします。
私は、37歳、家内と子供一人のごく一般的なサラリーマンです。ふるさとを出て
から20年余り立ちました。私の母と姉一家が、エホバに入信していることはそれ
となく感じていましたが、父が亡くなってから、母も寂しいのだと思い、証人たち
が実家に出入りしていることを余り気に止めていませんでした。
先日、父の兄より連絡が入り、「実家のことをどう思っているか。お母さんが、仏
壇を処分したいと言っている。どんな信仰を持っても良いが、先祖代々続いている
仏壇やお墓を勝手に処分出来るはずがないではないか。日本の習慣や風習を考えて
いない。今、皆が生きているのは先祖代々が在ったからだ。一度兄弟で相談してみ
たらどうか。場合によっては、私のところで引き受ける。そうでないと、先祖に顔
向けが出来ない。」とのことでした。
私も同意見であるため、家内と相談し、仏壇はできれば私の家−といっても狭いマ
ンションで実家からは新幹線で約2時間−に引き取りお奉りしようと考えています
。家内は、クリスチャンですが、神父様に相談したところ、そうすべきとのご意見
をいただいた様子です。
本来であれば、母と姉に過ちを認めさせるべきと思っておりますが、取り敢えず、
この方法しか考えつきませんでした。私は、母も姉も勿論幸せになって欲しいと願
っていますし、愛しています。過ちをどうやって認めさせ、もとの仲の良い家族に
戻れるのか、困惑しています。
勝手なことを述べまして申し訳ございません。このページが、なければ喧嘩別れに
なっていたかも知れません。考えさせていただく良い機会となりました。ありがと
うございます。
以上

《編集者より》
仏壇を引き取る際、「お母さん、確かにこれはエホバの証人にとっては『異教の習慣』で忌み嫌うべきものかも知れません。でも、お父さんの思い出を大事にしてこの仏壇をその記念として大事に思う他の家族への愛を考えたことがありますか。お母さんが「エホバへの奉仕」を第一にして、それに対する妨害があればお母さんは、憤り悲しむでしょう。同じことが、仏壇を処分された家族の心にも起こることを考えたことはありますか。」というような内容のことを話されたらいかがでしょう。そして、聖書をお母さんから借りて、「私は次のような聖書の言葉を読んだことがあります。お母さんはどう思いますか。」と言ってローマ13:9-10を示して下さい。『「あなたは姦淫を犯してはならない、殺人をしてはならない、盗んではならない、貪ってはならない」そしてそのほかにどんなおきてがあるにしても、その法典は、この言葉、すなわち、「あなたは隣人を自分のように愛さねばならない」に要約されるからです。』(新世界訳)(この時、「そのほかにどんなおきてがあるにしても」という所を強調して読んで下さい。)それからこう言ったらどうでしょう。「この仏壇は仏教徒でない者にとってはただの物体であって信仰の対象ではありません。ただの木や金属でできた飾り物を、エホバはそんなに重要に思うでしょうか。むしろ、そんなものみの塔協会の規則(つまり「法典」)よりもっと大事なおきてがあるのではありませんか。聖書はどんなおきてよりも隣人への愛が大事であると言っています。そして最後にルカ6:31を開いてお母さんに示しましょう。『また、あなた方は、自分にして欲しいと思うとおりに、人にも同じようにしなさい。』(新世界訳)そしてお母さんに対してこう結んだらいかがでしょう。「お母さんが仏壇を処分することで、他の家族は、お母さんが自分の聖書やものみの塔誌を処分されるのと同じ様な心の痛みを感じるとしたら、お母さんは家族に対して本当に自分にして欲しいと思うとおりに、人にも同じようにしているのでしょうか。お母さんの行おうとしていることは本当に聖書に基づいたことでしょうか、それとも協会の作った規則にただ従っているだけなのでしょうか。」

もちろん、これでお母さんが自分の組織に対する盲従に気がつくとは思いません。それ以上の言い争いはやめて、平和に仏壇を引き取られたらいいでしょう。重要なことは、お母さんの心の中に少しずつでも、組織への疑問の種を植え付けることです。このウェブサイトの記事や、ウッド氏の本の一部をコピーして、少しずつでも見せてあげたらどうでしょう。(本をまるまるわたせば、直ちに拒絶反応を示すことは間違いありません。)