「ものみの塔を出てどこへ行けばいいのですか?」(デービッド・リード著)に対する反論

(9-13-99)

「ものみの塔を出てどこへ行けばいいのですか?」(デービッド・リード著)に
対する反論

  ものみの塔協会は、神の唯一の仲介者がイエス・キリストであることを認めて
います。ですから、イエスが「わたしを通してでなければ、だれひとり父のもと
に来ることはありません」(ヨハネ 14:6)と言われたことと、協会の見解とは
矛盾しません。むしろ、ものみの塔は、自分たちがイエスの「忠実で思慮深い奴
隷」であることを認めています。確かに、弟子たちが「主よ、わたしたちはだれ
のところに行けばよいというのでしょう。あなたこそ永遠の命のことばを持って
おられます。そしてわたしたちは、あなたが神の聖なる方であることを信じ、ま
た知るようになったのです。」(ヨハネ 6:68ー69)と言った時、弟子達は組織の
ことを話していたのではありませんでした。それは、その当時組織が存在してい
なかったからです。組織が存在するようになったのは彼らの(もちろん、「わた
したちの」でもありますが)指導者であったイエスが亡くなった後です。割礼を
めぐる論争がクリスチャンの中で起こったとき、エルサレムにいる使徒や年長者
たちが物事の決定を行ったことから、このころ組織が誕生したのではないかと推
測されます。(使徒 15:2)
  もちろん、人が命を得るためにはイエス・キリストのもとに個人的に来なけれ
ばなりません。それは事実です。救いを組織が保証するわけではありませんし、
エホバの証人と交わり、研究をし、宣教をし、大会に出席している人が自動的に
救われるわけではありません。(ゼパ 2:3)あなたがおっしゃっておられるよう
に「日々、神の一人子であるイエス・キリストと個人的に生きていくことで達成
されるのです」。
  しかし、あなたが考えておられるように、組織なしで救いを達成することは不
可能です。なぜなら、聖書を読めば、神が秩序の神であることが分かるからで
す。(コリ一 14:33)神はご自分の組織に属してない者を滅ぼされます。(使徒
19:13-16)彼らは、十字架を崇拝したり、自分たちの指導者を「牧師」と呼んだ
りしますが、これは聖書に反しています(コリ一 10:14;マタ 23:8、10)。
  ものみの塔はイエスを「単なる『最初に創造された天使』」とは考えていませ
ん。むしろ、イエスはミカエル、すなわち「大いなる君」「み使いの頭」だと考
えています。(ダニ 12:1;ユダ 9)ミカエルはみ使いたちを束ねていました。そ
して、自分の使いも持っていました。(啓示 1:1)しかし、エホバのような全能
者ではありませんでした。(マタ 24:36)それでも、イエスは永遠の命を得るた
めの貴重な存在です。(ヨハ 3:16)それで、トマスの目にはイエスがまるでエ
ホバのように見え、「わたしの主、そしてわたしの神」(ヨハネ 20:28)と言っ
たのでしょう。
  コリ一 12:12-21や、ロマ 14:1-5は「真の」キリスト教徒内の人に言われたも
のです。ですから、十字架を崇拝したり、自分たちの指導者を「牧師」と呼んだ
りする「偽キリスト」には当てはまりません。そのような人とは交友しないよう
に勧められています。(コリ一 5:11)
  最後に、《訳者註1》の件ですが、これは脚注に載せられているヘブライ語の
写本を調べると正しいことが分かります。

《編集者より》
あなたは、「ものみの塔協会は、神の唯一の仲介者がイエス・キリストであることを認めています」と書かれていますが、あなたはこれに関しての重要なものみの塔の教えを読者に知らせていません。それはイエス・キリストは14万4千人の天的級の仲介者でしかありえず、それ以外の大群衆級の人々はイエス・キリストとは直接の関係はなく、間接的な契約の益にしかあずかれないという教えです。

*** 塔91 2/15 17 「あなた方は代価をもって買われた」 ***
8 したがって贖いの犠牲は,イエスを仲介者とする新しい契約の基礎を成すものです。パウロはこう書きました。「神はただひとりであり,また神と人間との間の仲介者もただひとり,人間キリスト・イエスであって,この方は,すべての人のための対応する贖いとしてご自身を与えてくださったのです―このことはそのために特に定められた時に証しされるので(す)」。(テモテ第一 2:5,6)これらの言葉は,新しい契約に入れられている14万4,000人に特に適用されます。

*** 塔91 2/15 18 「あなた方は代価をもって買われた」 ***
11 それでも,大群衆は予備的な仕方で,すでに「自分の長い衣を子羊の血で洗って白くし」ました。(啓示 7:14)キリストは彼らに対して,新しい契約の仲介者として行動されるのではありませんが,大群衆は神の王国の働きを通してこの契約の益にあずかります。

従って、あなたの次の言葉は正確ではありません。
ものみの塔協会は、神の唯一の仲介者がイエス・キリストであることを認めて
います。ですから、イエスが「わたしを通してでなければ、だれひとり父のもと
に来ることはありません」(ヨハネ 14:6)と言われたことと、協会の見解とは
矛盾しません。
もし協会の教えをイエスが教えたとしたら、次のように言ったはずです。
*** 聖8-参 ヨハネ 14:6 ***
6 イエスは彼に言われた,「わたしは道であり,真理であり,命です。わたしを通してでなければ,だれひとり父のもとに来ることはありません。
*** 聖8-参 ヨハネ 14:6 (ものみの塔版)***
6 イエスは彼に言われた,「わたしは道であり,真理であり,命です。14万4千人は、わたしを通して父のもとに来ますが、その他大勢は地上の組織から間接にわたしの益にあずかります。
もちろん、イエスはこんなことをどこにも教えていませんし、このような二重の経路を作ったという証拠も全くありません。パウロも上に引用されているように「すべての人」とはっきり述べています。

あなたは組織が必要な理由として、「なぜなら、聖書を読めば、神が秩序の神であることが分かるからです。(コリ一 14:33)」と書いていますが、ここで「秩序」というのは何も、どこかの大出版会社のような、ものみの塔協会の「秩序」言っているのではなく、発言をする時には順番にするように注意しているだけです。この部分だけをとって、神がものみの塔のような世界的大企業を組織として作れといったというのは、荒唐無稽の飛躍としか言いようがありません。神は確かに秩序を持っています。しかし、それは人間が作った秩序ではなく、神から見ての秩序です。人間の目から見ての秩序と、神の目から見ての秩序が異なることは、神が洪水でも、地震でも、戦争でも、ありとあらゆる人間から見て無秩序なことを通してその目的を果たしてきたことでもわかります。神の秩序は実に人間の想像を超えた深淵な計画です。世界各地に会館や工場を次々に建てて、これが神の秩序だなどというのは、子どもだましの人間の組織である何よりの証拠ではありませんか。

なお、牧師ということばですが、あなたの宗教の創始者である第一代会長のラッセルは自分のことをラッセル牧師(Pastor Russell)と呼んでいました。あなたの上の定義からすれば、ラッセルは確かに「偽キリスト」ですね。私もそう思います。