読者の広場に関して−投稿内容の信憑性について

(9-3-97)

ずいぶんとショキングな内容の投書を拝見して、驚きました。

その宗教上の正統性や、上層部の人間の身勝手な振る舞いは別として
「元ベテル奉仕者の方からーーーーー」(08-22-97)
「茨城県守屋町のエホバの証人」(08-07-97)
の投書に書かれている内容は、通常信じ難い内容であると思います。

組織を去った人間(私を含めて)にイヤガラセをわざわざ勤務先まで
押しかけて行うといったことは、まず考えられない話ですし、聞いた
ためしもありません。エホバの証人にも色々な方がいらっしゃるのは
事実ですが、そういった行動をとるような人はまず私はお会いした事
がありません。

茨城県守屋町の話はかなり疑わしいと思われます。エホバの証人を語
る全く関係のない人々の仕業か、たんなる誤解かであろうと思われます。
一冊の本が2000円などと、訪問先で本に価格を指定する事もまず、以前
内部にいた者からすれば考えられないはなしです。

もう少し、内容の真偽の程を確かめてからホームページに載せられた方
がよろしいのではないのでしょうか。

エホバの証人に対して感情的になっている人々(その気持ち自体は大変
よく分かりますがね。)が感情にまかせて、彼等を中傷するデマを送っ
たとしか思えない内容です。それともここ数年の間に組織がそこまで
変質してしまったのでしょうか。(不届き者を監視できないほど組織が
弱体化したという意味で)

どちらにせよ、大抵のエホバの証人達はそれぞれは模範的な市民である
わけで、仮に本当であったにせよ(subjunctive past)それはかなりの
レア・ケースでしょう。

問題なのは、組織から抜け出ようと必死にもがいている人々が以上の投
書の内容を読んで深く傷つけられ、「やはりこの世の人々はサタンに操
られている」などとワケの分からない事を思い始め離脱へのチャンスを
逃してしまわないかということなのです。

村本Drのホームページの趣旨が彼等を傷つけ、彼等に復讐をするという
ものでない以上、こういった投書への対応は慎重になさった方がよろし
いのではと、僭越ながら申し上げさせて頂きます。

もちろん、事実であれば証拠となるモノを付加して発表しておいた方が
いいわけであり、彼等の組織を擁護するといった気持ちはカケラもあり
ませんので誤解なきよう。

こういった事は、単なるイヤガラセかそれとも事実かを明確にした上で
ホームページ上で公開すべきものだと思います。

《編集者より》
私が元ベテル奉仕者からの投書に書きましたように、私もこのような批判を更に進めるには、証拠、証言が必要であると思います。守谷町の話も、私は事実を確認するようにお願いいたしました。従って、私はこれらの投書の内容を全面的に信じているわけではありません。「大抵のエホバの証人達はそれぞれは模範的な市民であるわけで、仮に本当であったにせよそれはかなりのレア・ケースでしょう」というあなたの見方には賛成します。ただ私は、投書内容のすべてを真偽を確認した上で掲載すべきであるというあなたの意見には賛成しません。それには幾つかの理由があります。

第一に、それはほとんど不可能です。これらの二つの投書でも分かるとおり、実際的にどのようにしてこれらの内容の真偽を確認することができるでしょうか。一つは全くの個人の体験であって、それを証拠づけるものは何もないでしょう。守谷町の件は、多分うわさ話でしょう。うわさ話の常で、明白にそれを裏付ける証拠はないのではないでしょうか。この話がもし本当であれば、私のコメントにも書きましたように、これは刑事事件です。しかし、警察も被害届や関係者の証言が得られない限り、追求はできません。これがいまだに刑事事件になっていないというそのことだけをとっても、その事実を確認することの不可能さを示しています。

第二に、エホバの証人の宗教そのものが、現在あるいは過去の信者や家族の自由で公開の対話を不可能にしているのです。全ての投書に対して、全ての関係する事実の提出を求めることは、それらのエホバの証人や関係者の心理的負担を大きくし、実際的な危険にさらすことになるかもしれません。実際、インターネット上の活動をしていたエホバの証人が、その書かれた内容からどこの誰であると同定され、指導部から厳しい処分を受けた人がいます。

第三に、この読者の広場は、読者の自由な意見や見方の交換を目指したもので、私はそれらの意見の検閲人になろうとは思っておりません。このホームページのリンクを見ても分かりますが、私は、インターネット上のフリー・スピーチ(言論の自由)を最大限追求し、保証したいと考えています。私は投書の掲載を全く無制限に行っているわけではありませんが、Use Net と同様、余程、猥褻や犯罪を推奨するような内容のものでない限り、そして投書者に害が及ばない限りにおいて、最大限、投書はそのまま掲載したいと考えています。

これに対し、あなたは単なるいやがらせや、事実無根のデマをどのようにして取り除けるのか、とおっしゃることでしょう。正直に申し上げて、それらを取り除くことはできません。しかし、事実を確認できないものは全て公表を差し控えれば、私たちは重要な情報を逃す危険があるのです。特にエホバの証人のような閉鎖社会の情報に関しては、えてしてうわさ話が重要な鍵になることがあります。確か先月だと思いますが、ニューヨークでイスラム系のテロリストが爆弾を製造し、爆破の実行寸前に、うわさ話から警察が敏速に調査して、大事に至らずにすんだことがありました。この場合、あなたのように「これはイスラム系の人々を中傷するデマを送ったとしか考えられない」として葬り去ったとしたら、やはり、重要な情報をミスしたことになったでしょう。エホバの証人とテロリストを一緒にする積もりはありませんが、どちらも自由で公開の情報がすぐに得られない社会であることは共通です。そのような社会ではうわさが唯一の情報源となることもあるのです。

デマか事実かの判断は、編集者の限られた能力と、偏りを持った判断に任せるのでなく、あなた、すなわち読者が自分自身で判断すべきことであると私は考えます。これだけ世界的にインターネットの発達した世の中では、われわれはあらゆる質の情報の海の中を泳いでいます。私はその情報の中に低質なもの、時には危険なものも含まれていることを知っています。しかしそれを口実にして、インターネットを検閲したり、編集者が検閲人になることを強いられることに対しては、私は強く反対します。これは、出版物でも同じことです。多くの重要な書籍の間に、デマや危険な内容の書かれた本が無数に出回っています。一つのやり方は、「悪書」を指定して出版を禁止したり、購入や所持を禁止することでしょう。これがすなわち出版の検閲です。

ものみの塔協会は、ご承知のように、彼らを批判する書籍、元エホバの証人や、排斥された人間が書いたその内部を明かす本を、信者が読むことを強く禁止しています。そのような本を公に所持しているだけでも、排斥の対象となります。過去において、彼らの宗教を客観的に調査して出版しようとした信者は、排斥処分にされ、そのような本の出版は禁止されました。私はこのようなものみの塔協会の言論統制だけは、自分で真似したくないのです。

あなたが書かれたように、このページの主旨は「彼等を傷つけ、彼等に復讐をするというものでない」ということはその通りです。しかし投書は私の意見ではなく、あくまで投書者の意見であることを覚えていて下さい。上にも書きましたように、読者の広場の目的はあらゆる意見や見方を交換することで、私の見方に沿った意見だけを紹介するものではありません。「組織から抜け出ようと必死にもがいている人々が以上の投書の内容を読んで深く傷つけられ」ることの心配ですが、これは私にはわかりません。そのような人がいることは確かでしょうが、そのような感情的な対応だけで自分の宗教を決めている人は、多分まだこの団体を卒業できる用意が出来ていないのではないかと思います。攻撃を受ける事自体が自分たちの正当性の証明であるという論理はエホバの証人の中にしみ通っていますが(殉教者精神)、この論理自体が偽りであることを、エホバの証人の方々に知って頂きたいと私は思います。(世論の攻撃を受ける団体の大多数は、オーム真理教を見てもわかるように、それなりの問題があることは歴史が示しています。)ものみの塔の中に「地上の楽園」を夢見て入った人は、そこを出るときに、またどこかに「楽園」をさがそうとするのかもしれません。しかし、この現実の世の中は「小麦と雑草」が並んで育っている場所であり、これはものみの塔の外も中も違いはないのです。

大分長くなりましたが、あなたのご意見とご忠告は大変重要な指摘であったと受け止めております。読者の広場の冒頭に、このことを注意書きとして新たに付け加えました。