エホバの証人に対する質問−エホバの証人のダブルスタンダード

(8-28-99)

エホバの証人はダブルスタンダード(2つの規準)であると思います。
例えば速成の王国会館ですが、ものみの塔誌には小さな会衆の王国会館の建設には多くの証人
が自費で現場まで出向き、仮設テントを張り、さらには材料費の一部を出してまで建設したと
あります。そして記事の最後にはエホバの証人の兄弟愛が強調されています。
しかし、日本では地元の会衆や近隣の会衆が、宿や食事を提供しています。建設委員の一人に
「そのようことは、自発奉仕にならないのでおかしいのではないか、ものみの塔の記事と一致
していないのではないか」と尋ねたところ、「記事のとうりに行なっては物事が進まない」と
答えました。そこで私は、「では記事は嘘を書いているのか」と尋ねたところ、「それは励み
である」と答えました。このように、記事に掲載されていることと現実は大きく異なっている
のです。
 ものみの塔の記事に関する質問があります。
記事の書き方が、読者を一定の方向に導いているように思います。例えば、ポケットモンスタ
ーのアニメを見た人が倒れた事件を取り上げ、アニメは有害ですかという記事がありました。
そこには、日本のテレビ局が報道したアニメに使われていた技法に問題があるという点が強調
されず、アニメ自身に問題があるように書かれていました。私は公平な報道というのは、問題
に対して賛成意見と反対意見を公平に掲載し、読者に決定させるものだと考えます。ところが
、ものみの塔の記事は主題で結論が決まっているように思えます。
以上エホバの証人の方の意見を聞きたいと思います。

《編集者より》
ご質問には明記されていませんが、内容から現役、あるいは元エホバの証人の方であると理解しました。あなたの指摘した問題は、英語では「ダブルスタンダード」、日本語では「たてまえと本音」と表現するのが適切でしょう。残念ながらエホバの証人の歴史は、この「たてまえと本音」の食い違いで一杯です。メキシコの兄弟がたてまえでは兵役を拒否しながら、本音は賄賂を払って兵役終了の証明カードを手に入れていたこと、たてまえではエホバの証人は血を取り入れることを一切拒否し血漿の注入も拒否しながら、本音では血漿をその成分に分離して別々にすれば血ではないといって、その成分をすべて取り入れていること、たてまえでは献血は聖書によって禁じられていると言って拒否しながら、本音ではエホバの証人以外の人々が献血した血液から作られた血漿成分を使用していること、などが代表的な例でしょう。

それではなぜこのような本音とたてまえの食い違いが出てくるのでしょうか。それは政治家の選挙公約と同じで、人間の団体の作った規則、人間の団体の作った理想が世界中の全てのエホバの証人を、その個性や個人個人の特殊な状況を無視して、一律に当てはめられているからです。これに対して、個人個人のクリスチャンが聖書に培われた良心に基づいて、それぞれの人の置かれた状況によって判断し行動すれば、このような食い違いはなくなります。しかし、ものみの塔はこれを恐れています。それは目に見える組織の一致がなくなり、同じエホバの証人でも、場所と時によって違う行動をすることになり、人間の目に見える一致にしか価値を置かないものみの塔組織にとっては許し難いことなのでしょう。逆に言えば、うわべの目に見える所で一致していれば、その裏にある「ダブルスタンダード」も「たてまえと本音」の食い違いも、ものみの塔の指導部は長年の間放置して気にも留めないのです。