エホバの証人に対する意見と疑問

(7-25-99)

いつも読者の広場での色々な人のコメントを興味深く読ませて
もらっています。私は教養の浅い身分なので投稿された方々の
表現などにえらそうな評論を加えるのは僭越かとは思いますが、
私が気になる点を述べさせて下さい。
まずエホバの証人を現役でいる人の投稿の中で時折見受けられるのが、
感情的になって記載される方のことです。確かに自分たちが真理と
していることを批判されたりすれば、熱もあがってしまうのも
わかります。しかし本当にこのような場をつかって自分たちの正しさを
知ってもらいたいと思うなら、もっと冷静になって自分の学んでいる
ものだけしか認めないではなく、もっと視野を広げて考えた方が
よいのではと思います。もっとも本来はこのようなサイトでの発言は
タブーとされているにもかかわらず、実際は訪問してみて投稿まで
されているのですから、なんらかJWの運営に疑問を感じつつ訪れて
いる方も多いのかとも思いますが.....。
もうひとつはJWの真正さを科学と対象させる点です。科学は未知なことを
明らかにするうえで、過程してみて、推理、そして証明していくのですから、
当然試行錯誤が時には繰りかえされるのは当然です。しかしJWは
真の宗教、唯一の神に用いられている組織だというスタンスをもちながら、
なぜ真理としていたことが訂正されるのでしょうか? 真理というものは
運営の都合で塗り替えられるものなのですか? 組織の盲点を指摘されると
世一般の人々の過ちを盾にして、自分らの組織を擁護することがエホバ神の
用いる宗教なのですか? 基本的にJWは聖書に基づいて運営されているのです
から当然良い実を生むことはできますが、組織の擁護に熱をあげることは
神の意図とは異なると思います。

《編集者より》
的を得た質問だと思います。エホバの証人の方の回答が頂ければ幸いです。エホバの証人と科学の真理とを対照させて考えることは、興味ある見方ですし、実際、現役のエホバの証人が、科学の真理が時代によって変更されていることを取り上げて、ものみの塔の「真理」も変わって当然であるという意見を寄せてきました。(「現役の正規開拓者・奉仕の僕の意見」を参照)しかし、宗教と科学とは私は全く異なるものだと思います。科学で説明できないことを宗教は信じます。ただ、もしエホバの証人が自分たちの「真理」を科学の知見と同じように、公正な検証に基づいて擁護し、それに基づいて時に応じて変えることも当然と主張するのなら、エホバの証人は科学者と同じ様な、厳密に公正な態度を取るべきでしょう。自分に都合のよい証拠、議論だけを教えて、自分に都合の悪い情報を禁じたり、批判する人々を悪者呼ばわりすることは、宗教であろうと、科学であろうと、関係なく人間として最低の態度であると、私は思います。