ものみの塔とキリスト教徒はどちらも間違っています

(7-12-97)

こんにちは、はじめまして!
さっそくですが、件名の言葉がわたしの意見です。
理由は、キリスト教は「エホバ」の名をしりぞけ、三位一体などと「キリストの教えにおらずして
之をこえゆく者」となり、エホバの証人はエホバの証人で「之を受けし者、すなわちその名を
信ぜし者には、神の子となる権を与へたまへり」とあるのがいまだ読めていないためです.い
やいや、どちらにしても言葉かずの多いのは、いまだ「汝なおひとつを欠く」のうちにある.こ
れは見えないから多く語るんでしょう。あるいは聞かねば不安が生じるのです。しかし、どこでも
「エホバ」名を求めるもしくは呼ぶことは正しいことでしょう。ある神父さんからエホバの名があ
るのが文語訳聖書の間違い?  いや、「エホバ」の名がある以外は文語訳聖書は正しいなどと言わ
れたが、これはまったくバアル教徒の主張でしょう。
わたしには、どの神が真の神かわからない不信仰な世にあって神の名は代名詞で呼ばれるべきでは
ないと思われてならないです。しかし、エホバの証人とキリスト教徒があらそうのは、なんのこと
はないサタンの内輪喧嘩でしょう。理由は、どちらも変です。これは、どちらにしてもカトリック
とプロテスタントの争いと同じように思われてならないです。
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はじめまして、こんにちは!
いやいや、結局、予言が何度も当たらないのは、盲人に見える形で予言が成
就するように発表するからでしょう。そうじゃあありませんか?

それにしても、この世の為政者と同じようなシステムにするのは、少し考えれ
ばこの世を支配する「サタン」のしわざと分かるはずでしょう。
それは次の言葉を見つけたことからです。

====引用はじめ
「これまたカトリックの昔ながらの宗教裁判と基本的には同一であった。
淫行、酒乱、輸血の使用の他、協会の打ち出した教義や規則を公然と批判す
る者、そして排斥された元証人と交際し続ける者が対象とされた。会衆委員会
はこのような懲罰のために開かれる時は審理委員会と呼ばれた。この委員会
の決定した排斥処分はエホバの証人の社会の中で大きな影響力を持つように
なった。なぜなら、その決定が個々の証人の交際範囲や家族関係を直接決定
するからであった。」
====引用おわり
 
これはまたこの世の社会や世のキリスト教徒(カトリックもプロテスタント)が
やっていること、そしてオウムや創価学会の連中と根が同じと見られますが、いか
がなものでしょうか? それは多少の善し悪しの違いがあったとしてもです。

《編集者より》
おっしゃること、理解できる部分と理解できない部分があり、そのまま掲載いたしました。審理委員会が昔の宗教裁判と実質的に同じことで、これは彼らが言うサタンの支配する現在の世界の裁判のやりかたと比べてもはるかにより「サタン的」です。私もまた、どうのような宗教「団体」であれ、組織の存続が個人の信仰より優先される団体は、エホバの証人に限らず大きな問題であると思っています。この私の見方があなたへの賛成意見になっているかどうか、私はわかりかねますが....。