「真理を教えて下さい」−現役の研究生の方より

(4-12-97)。

はじめてお便りします。私は現在研究生(4年目)2児の母です。
2月にわが家にインターネットがつながり、以来あらゆるエホバの証人の情報を
興味深く見せて頂いてます。集会にも週2回参加しておりました。現在は行って
ません。理由は夫の反対とこのウェブを見たからです。
(ウェブを見ていなかったら夫の反対を押し切って、まだ行っていたかもしれま
せん。)
でも、まだ研究はやめてません。私にはまだ「ものみの塔」は“灰色”だからで
す。
この4年間に経験した証人の方々の人柄は私の見た限りでは汚点がみえません。
でも、集会で学んだ『啓示の書』の解釈やハルマゲドンの来る時期の変更ととれ
る『新しい光』などはやっぱり理解に苦しみます。聖書に照らし合わせて「世か
ら離れて」いたり「良い行状」を示しているのは証人の方達であると思います。
血に関して、エイズやその他の感染症を免れているのは『聖書に従っているか
ら』と言われればそうとも思えます。子育ての面で姉妹達が絶賛するのも2世の
子達をみて一理あると思います。築き上げる前向きな考え方はものみの塔の方が
得られるとも思います。証人に対する反対意見も一部ゴシップ的で牧師さんが書
かれたとは思えない程非聖書的なものがあってがっかりしました。
一方、誕生日を祝わなかったり、校歌を歌わなかったり、諸々の細かい規制はま
さに「パリサイ」的と思います。また、ものみの塔以外のものには耳を貸さない
のも納得できません。夫の反対を押し切ってまで集会に行く事を神が望むのでし
ょうか?長年組織に忠実に従ってきた人が教義に疑問を持ったら排斥するように
「温和で気質が穏やかでへりくだった」「憐れみ深い」神が命じるのでしょう
か?他にも様々な疑問が現在頭の中を渦巻いていて、『闇の中』を歩んでいる感
じです。
現在、週1回姉妹に来て頂いて研究中ですが、今まで扱っていた『崇拝』の本は
残す所あと1章で中断。(『知識』の本は『崇拝』がかなり進んだ頃に発表され
た書籍なので、まだ個人研究ではやっていません。)ここ1ヶ月位、ものみの塔
の教義についての私の疑問に姉妹は昔の書籍や『洞察』を引っぱりだしてきてい
ろいろ“組織の答え”を教えてくれます。

真理はどこにあるのでしょう?ものみの塔以外に聖書的な所はあるのでしょう
か?本当に混乱しています。神は愛であると信じています。真理も「求め続けれ
ば与えられる」と思っています。出来るならすっきりした答えを今すぐ欲しい…
現段階では、ものみの塔とそれ以外、5分5分と言ったところです。
これを機に、時間をかけて聖書を通読しようと思います。

《編集者より》
エホバの証人の方々が、高い道徳規準を持ち、他の人々に比べて模範的な態度を示していることは、私は決して否定しません。そして、彼らの良いところは積極的に学ぶべきかも知れません。エホバの証人の個人個人がいい人たちであることも確かです。しかし、問題はその裏に潜む醜悪な組織の体質なのです。「真理はどこにあるのでしょう」というお尋ねですが、あなたのお話を読んでいると、まるで「真理を売っている良いお店はないのでしょうか」という質問のように私には読めます。私の個人的な見解は、「真理を売っている店」はどこにもない、ということです。もっと具体的に言えば、人が作った組織、団体、思想、教義、等々は全て不完全で、どのように外見が素晴らしく見えてもぼろが出てくるもので、それは真理ではないのです。エホバの証人の組織もこの例外ではありません。彼らは、彼らの組織だけはこの例外で、特別な「エホバの組織」であるから、その組織に属していることが真理を得る道であり、彼らの組織を通さなければ救いはないと主張します。上にも書きましたように、確かにエホバの証人の方々はある意味ではそれを実現しているように見え、ものみの塔協会の活動には他にない、目を見張らせる素晴らしいものがあります。

しかし、それにもかかわらず、彼らは人間の作った不完全な組織です。それだからこそ、自分たちが不正、欺瞞、家庭破壊、人権無視、人命無視の巣窟であることを、信者や研究生にひたすら隠しているのです。それだからこそ、真相を暴露する者に執拗ないやがらせをするのです。私がこのウェブサイトで活動をしているのは、この団体が、本質的にはどこにでもある不完全な人間の団体の一つに過ぎず、決してエホバの是認を受けた組織などではないということを、たくさんの証拠を示して、あなたのような方にお知らせしているのです。その上で、あなたがそれでも、この組織につくことが真理を得る道であると確信するのであれば、私は何も申し上げることはありません。「出来るならすっきりした答えを今すぐ欲しい…」というあなたの正直な気持ちは、多くのエホバの証人になる人たちの心情を言い表しています。すっきりした答がすぐに出るはずがないのに、無理に答えを作り出して、それを確信させるのがものみの塔宗教であり、そのようなものを期待する人々にとっては、もってこいの宗教なのです。その「すっきりした答」が1914年であり、1975年の預言であり、地上の楽園なのです。

「真理はどこにあるのでしょう」というあなたの問いに対して、私は、イエスの次の言葉を私の答とさせて頂きます。

わたしは道であり、真理であり、命である。わたしを通らなければ、だれも父のもとに行くことができない。(ヨハネ14:6)

ほとんど全ての人に、集団本能というのがあり、人は何かに「属する」ことによって、あるいは「団体」を作ることによって、安心感を得るものです。従って、「真理を求める」ことが何かに「属する」ことである、と考えるのは自然なことなのでしょう。エホバの証人になることは「真の組織に属している」という安心感があります。しかし、それがイエスの教えた「安心」であり「真理」であるのでしょうか。確かに目に見えないイエスを信じ、目に見えないイエスの「集まり」に「属する」ことは、信じがたいことで、安心を即座に与えるものではありません。

イエスの与える真理は、「おいしいお店を探す」気持ちで探しても見つからないでしょう。「こっちの店は味はいいんだけど、少し値段が高い、あっちの店は味も値段も申し分ないんだけど店の雰囲気がとっても悪くて…」。真理はイエスのみにしかないと私は思います。どんなにきれいでおいしそうな店にも惑わされないで下さい。Hさんのようなお悩みをお持ちの方には「ものみの塔を出てどこへ行けばいいのですか? 」のページを是非読まれることをお勧めします。

あなたが最後に書かれたことば、「時間をかけて聖書を通読する」ことは、私の最も強くお勧めすることです。どうか、ものみの塔の出版物だけでなく、様々な聖書の解説書も読んで下さい。何よりも大事なことは、ものみの塔の、自分たちの都合のよい聖書の部分だけを断片的に読む聖書の読み方を離れ、聖書の本文に則して最初から最後まで通読されることです。聖書には多くのことが書かれています。ある部分は他の部分の教えのための「反面教師」のような役割を果たしていることもあります。聖書をものみの塔のように部分部分で解釈するのでなく、全体を通した一つのメッセージとしてお読み下さい。

最後に細かいことですが、「血に関して、エイズやその他の感染症を免れているのは『聖書に従っているから』と言われればそうとも思えます」と書いておられますが、事実は異なります。ものみの塔は、血友病患者に多数の供血者から作られた凝固因子を注射することを許可しており、(少量だから構わないという論理ですが)それらのエホバの証人の血友病患者は、エホバの証人以外の血友病患者と全く同じように、エイズに感染しています。エホバの証人だからといってエイズの感染が免れられるというのは、ものみの塔協会の誇大宣伝に過ぎません。。