「感想」−エホバの証人は聖書に忠実か、このウェブサイトはエホバの証人を「裁いている」か

(4-9-98)

「エホバの証人は批判しない? あなたはエホバに負けている」と同じ筆者からです。

はじめまして、感想です。

はじめにお断りしますが、私はエホバの証人ではありません。
しかしながらですが、全世界を通じて彼らほど聖書の教えに従っている
グループは見つけることはできません。
 それは、わたしより勉強しておられるあなたのほうが良くお分かりでしょう。
 これを認められないのであれば、あなたは聖書の勉強を、教義ではない、他のモッ
ト生活に接した部分等の勉強をなさってください。

 認めておられるのであれば、失礼しました。

 であれば、信じがたい教義を持っているとしても、いい人たちにきまってるではあ
りませんか。聖書には良いことがたくさん書かれているからです。

 目に見える組織、これは難しい問題です。私も、ここで引っかかったことがありま
す。でも、あなたがいっていることも同じこと。あなたに見えるものは、目に見える
ものではありませんか?霊界が見える型だって、
ま、別の目でそれらを見てるわけでしょ?

 人のこと裁くより、自分の足元を見ましょうね、お互い。

聖書にはそういうこともかいてありましたよね。

裁くのは神だけでしたよね。であれば、あなたが、エホバの証人のみささんについ
て、その活動について、疑問を挟むのはあなたが聖書を
良く読んでない証拠ではありませんか。
エホバの証人は人を啓発するために、宣伝しているようですが、教義としては、裁く
ことはしていません。
だから、あなたがたとは言い合いに応じないことが多いです。

それで、すべてがわかりますよ。キリスト教は神がすべてです。
そして、聖書には、イエスキリストは神の子、エホバが神ってはっきりかいてありま
す。日本語の聖書じゃない、原本ですもちろん。読んだことないから、約した本です
けど。

その点だけ見ても、エホバの証人はほかのキリスト教より、よく勉強していらっしゃ
るようですよ。

以上です。

あなたのお返事はお待ちしておりません。

《編集者より》
あなたはエホバの証人ではないと最初に書いていますが、少なくとも大分エホバの証人のことを勉強されて書かれている方であると思います。あなたの「感想」に関しての私の「感想」は次の通りです。

<全世界を通じて彼らほど聖書の教えに従っているグループは見つけることはできません>

ある人、あるグループが聖書の教えに従っているかどうかを判断するのはあなたがおっしゃるほど簡単ではありません。歴史的に見て、「聖書の教えに従っている」と称するグループが聖書の教えに従って十字軍を起こし、侵略戦争を聖書と神の名において行いました。私の住むアメリカのあるキリスト教の教派はヤコブの手紙5:14-16に基づいて、病気になった子供を祈祷で直そうとして、医者に見せず、子供は病気で死んでいきます。確かにエホバの証人はそのようなことをしていません。しかし、ヤコブの手紙5:14-16をあなたあ自身で読んで下さい。聖書の教えに忠実に従うのなら、確かに病気になったら医者に見せるより、会衆の長老に見せて祈祷してもらうのが聖書に忠実な生き方ではありませんか。

エホバの証人は聖書に基づいて輸血を禁じていると言っていますが聖書のどこを探しても輸血ということばは出てきません。これは聖書に忠実でしょうか。エホバの証人は聖書に血を食べてはいけないと書いてあるから輸血もいけないといいます。それではレビ記の3:17を読んで下さい。ここには「あなた方は脂肪も血もいっさい食べてはならない」と書いてあります。エホバの証人は脂肪を食べることに関して血と同じように聖書に忠実でしょうか。

もちろんエホバの証人には彼らなりの言い分があって、輸血と血を食べることは同じである、脂肪と血を食べることとは強調の仕方が違うから血は食べてはならないが脂肪は食べてもよい、と言うでしょう。つまり、これはエホバの証人だけに限らず、聖書に忠実に従うと称する人の大部分は、自分たちの解釈に基づいて忠実に従うのであって、他の人の解釈に従ったらエホバの証人であろうとも、ちっとも聖書に忠実ではないのです。上に述べた病人を医者に連れていかないキリスト教教派の信者は、エホバの証人は聖書に忠実でないと言っています。

あなたはエホバの証人に関して非常に詳しいのでエホバの証人の聖書の解釈を丸呑みにしているのかもしれません。しかし、あなたがエホバの証人を「全世界を通じて彼らほど聖書の教えに従っているグループは見つけることはできません」とおっしゃるのは、あくまで「自分たちの解釈に基づいた聖書の教えに忠実である」ということでしかないのです。そして、その解釈はすべて、ものみの塔協会から出されるものですから、すなわち彼らが命懸けで守っているのは「聖書の教え」という衣を着た「組織の教え」に忠実であることに過ぎないのです。

<人のこと裁くより、自分の足元を見ましょうね、お互い>

私はこのウェブサイトを通じてエホバの証人を裁こうと考えたこともありませんし、今後も彼らを裁く積もりはありません。このウェブサイトはエホバの証人が隠そうとしている情報を提供し、正しい情報に基づいたエホバの証人の理解を推進することを目的としています。あなたが「裁く」とおっしゃっているのはエホバの証人とものみの塔協会への批判をさしているのでしょう。しかしエホバの証人がどれだけかれらの言う「キリスト教世界」を批判しているかは、ものみの塔の出版物を少しでも読めばすぐわかるでしょう。彼らの既存のキリスト教への批判が「裁き」でないのなら、なぜ私のものみの塔協会に対する批判が「裁き」になるのでしょうか。