やめた当時の日記−元研究生より

(3-31-98)

初めてメールいたします。こんに
ちは。
今わたしは25歳です。私は中学
1年から短大の1年まで、研究生
ですごしました。母も研究生でし
た。私は、集会や大会にも行き、
かなり熱心でありましたし友人の
姉妹も多くおりました。
学校時代も色々と、ハレルヤが歌
えなかったり、誕生日、クリスマ
ス、デートもだめで、苦労したこ
ともあり研究生のレベルであって
も結構熱心でした。母も研究生で
したから。
今はやめてから6年はたち、よう
やく元気になってきましたが、
退会して2年半くらいたったと
き、、ぶりかえしというか、急に
無気力になった時がありました。

退会後それまでは、今までできな
かった、ダンスを習い初めてた
り、忙しくして考えないで忘れて
たのですが。舞台の公演を終え
て、ホッとしたとき現実に戻った
というか。退会しただけでは、長
年染み付いた間違った観念は取れ
ないのですね。甘かった。
それから、ふたたび考えるように
なりました。再びいろんな本も読
みました。
今は冷静になりましたが、やはり
このような問題は一人で考えるの
は、特に若い
人程助けが必要だと思います。若
い人は自分の思いや考えを言葉に
するのが困難ですし、
私はそのとき踊るということで、
それまで固くて、大人子供のよう
に、感情が抑圧されていた
自分を癒すことができて、良かっ
たと思います。私に合っていたの
でしょう。
誰かの役にたてたらと思い、私が
6年前、中一から短大1年まで続
けていた
エホバの証人との、聖書研究をバ
プテスマ直前でやめた、19歳当
時の日記を、書きます。
現在は自分のことながら、他人の
ようで。
読み返しても、心境が思い出せな
いのですが、わかる人にはわかっ
てもらえると思います。
当時の文章ですから、少々乱暴な
言葉も出てきますが許して下さ
い。
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      つまり私の恐怖は、神にさ
     ばかれる事、滅ぼされるこ
     とだった。
     そして救われるかもしれな
     いという期待との間に揺れ
     ている不安。
     そりゃあ、死ぬのは怖い。
     永遠の魂というのを知らな
     かったのだから無理もなか
     った。
     でも魂が永遠というのな
     ら、そして一番おそろしい
     のは魂が死ぬことならば。
     神にさばかれるという事が
     あるとすれば、
     それは、今を犠牲にして
     も、生き残りたい、死にた
     くないと思いすぎることな
     のだろうか。
     何が何でもいい子になりま
     すから、生き残って破滅か
     ら免れたい、そのためには
     お
     となしくおとなしく全てを
     犠牲にして、まるで石のよ
     うに生きますというのは、
     何か
     が違う。今への感謝という
     ものが無い。今この瞬間を
     恨んでいることになる。
     どうして、自分だけが助か
     りたいのか。そんなことし
     て何の意味があるのか、
     どういう変化があるのだ何
     のための救いなのだ。私の
     考える救いと彼等の考える
     救いはちがうみたい。
     でもとにかく、今を犠牲に
     してまで求める神など、真
     実などどこにもない。
     全ての「今」の意味がなく
     なってしまう。
     私は死んでもいい。もし地
     球がほろびるときに。何故
     なら私は人生に感謝してい
     るから。
     少なくともまあ色々やりた
     い事はあるだろうけれど。
     感謝の気持ちさえあれば
     あの喜びさえあれば、私と
     神はいつも一緒だったとき
     っと死ぬときは強く確信す
     るだろう。
     そして神はこう言うのだ。
     「全ての人間がいつもいつ
     もその瞬間に今という瞬間
     に私とともにいてくれた
     ら、もうそれだけで良かっ
     たのだ、それ以外には何
     も、どこにも神はなかっ
     た。それだけが全てだった
     のに。」
     私も一緒にうなずくだろ
     う。みんながそうすれば、
     もっとイキイキと、生きら
     れた。
     こうなったのは結局生きる
     ことに失望したから。
      失望をすると、イキイキ
     としなくなる。これは私も
     知っている。そして生きて
     いたくなる。
     そして人間は本質的に一人
     ではないというのが無意識
     に現れてくるのか、ハルマ
     ゲドンでも起きて全体とし
     てこの失望を共有したいと
     思う。一人で死ぬと思って
     いても、そんなのコワイ。
      失望した人がこのように
     失望の毒を広げた。寂しい
     人が。寂しい私が。
     だから自分が生き生きとす
     るしかない。毒を広げず、
     そして真実を見る事に恐怖
     せず、もっと自分のパワー
     を信じる事。失望なんてす
     る必要はない。

《編集者より》
エホバの証人になり、またそれをやめる人の心の奥底を書いた文章として貴重なものと思います。
また、元エホバの証人の心の回復が容易でないことも、よくわかります。
インターネットを通じて、同じような苦労をされている方と気持ちを分け合って下さい。