エホバの証人の女性特有の心理

(3-23-98)

ホームページを、感銘を受けつつ見せていただいております。
ものすごい完成度のホームページだと思います。
お考えも、調べられた内容も、見事としか言いようがありません。

いったい奥様とご長女が、どうして「ものみ」にどんどん
取り込まれて行かれたのか、わたしはその一点に関心を持ちました。

一女性として、ホームページに展開されている完成度の高い情報とは
ちょっとずれたところに何かあるのでは、という感覚を持ちました。
「女の勘のようなもの」なので、ホームページの趣旨とはかけ離れて
しまうかもしれませんが、ちょっと書かせてください。

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女の心の中に、「圧倒的なものにとりこまれてしまいたい」という
感覚があります。「どうしようもなく圧倒的なものにとりこまれる」
ことに、抗い難い陶酔感を覚えることがあります。

「自分の頭で判断できなくなって、自分の手で自分の生活を
裁量できなくなって、何が人間として楽しいものか」
という男の常識を超えたところに、突然飛んで行ってしまうことが
あります。

また、人工的な大家族のような集団の中で、
それまで育んできた自我を忘れ去り、捨て去り、歯車として
身を粉にして働くことに、法悦感のようなものを感じたり、
自分が大勢の中で「無」になっていく感覚に、悦びを
覚えることがあります。

きっと、村本さんには決して理解できないであろう、
たった一つの「感覚」‥
それこそを、奥様たちは必要とされたのではないでしょうか?
「あなたには、わかりっこないのよ」と確信できるものを、
たった一つ、持ちたかったのではないでしょうか。

完璧すぎるのです‥村本さんの信仰、考え、文章、情報収集力、すべてが。
きっと、恐ろしく優秀な方なのだろうと思うのです。
そういう圧倒的な方のそばにいて、見つけられなかった「自分」が、
さらに圧倒的な(正しいかどうかは問題外)「ものみ」に入って
やっと見つけられたような気がする、とか‥

圧倒的に優秀な夫から、常に正しいことを先回りして与えられていて、
自分では何も見つけた手応えがなかったけれど、「ものみ」にいれば
自分で何かを開拓している感覚を持てる‥あるいは、
「あなたもかなわないのよ、『ものみ』には」と感じられる‥
そんなところに、奥様が無意識のうちに価値を見い出して
いらっしゃるとしたら‥お嬢様は、奥様の気持ちを恐ろしく
敏感に汲み取り、妹のように従いつつ、「終末や救い」に関する
知識にどんどん夢中になるお年ごろと思います。

あと、一般社会の競争原理にはあまり興味も持てず、またあまり
勝ち進んでもいけないのに、ある特殊な目的で人工的に
作られた団体の競争原理にはすんなりとハマって、どんどん
テンション上げてがんばれるタイプの人って、いますよね。
「ものみ」の中のシャバ臭さ、というか、宗教団体にあるまじき
競争社会性、というのも、奥様たちにとってはかえって居心地よくて、
ちょうど得意分野なので効率よく勝ち進める、という手応えを
得ていらっしゃる可能性もありますね‥

村本さんは、この素晴しいホームページ、そのために積み上げてこられた
知識、交友関係、思考、ご自身の正統的信仰、そういったもの、
すべてを捨てられますか?奥様とお嬢様をとりかえすためなら‥

「女のたわごと」というのは、こういう発想に進むことが
ままあります‥

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事情もまったくわきまえず、失礼なことも書きましたが、お許しください。
ホームページの見事さに、とにかく書かずにいられませんでした‥

《編集者より》
非常に興味ある、またユニークな視点で大変考えさせられました。私も自分の家族を見ていて、あなたのおっしゃることが、少なくとも部分的には当たっていると思わざるを得ない点があります。少なくとも日本でエホバの証人に圧倒的に女性、それも主婦が多いことの背後に、このような心理的な特殊性があるのかも知れません。しかし、徹底的な男尊女卑の組織で、男の信者が長老として支配するこの組織をそのような面からだけで理解することは不可能であると思います。家内と娘をとりかえすためならすべてを捨てられるかというご質問ですが、私がすべてを捨てることによって、彼らがその心を開いてくれるという確かな見込みがあれば、私もすべてを捨てるかもしれません。しかし、私がどのように変わろうとも、それだけで彼らの気持ちは開かれないと私は感じています。私の使命は家族よりも、一般の方々に免疫を与え、心を開いてくれる可能性のある人々にメッセージを伝えることであると考えています。いずれにしても、考えの糧になる投書を有り難うございました。