これから家庭聖書研究を始めようとする人へ

(2-7-98)


ご無沙汰しています。いろいろな背景の元エホバの証人達の経験が集まりつつある
のを、複雑ながらも嬉しく思っています。
今日は、今個人的に少し心配なことについて書いてみたいと思います。
ご存知かもしれませんが、ここのところ日本ではティーンエイジのひとたちの刃物
を使った殺傷事件が多発しています。今週はテレビも新聞もそのことでもちきりで
した。政府の教育審議会も非公式ながら家庭での教育を充実させるようにとの談話
を出したようです。
本題に入りますが、私の知る限りではエホバの証人になる主婦のほとんどが子育て
の悩みから聖書研究を始めています。支部からも再三そのような主婦を主な伝道の
対象にするようにとの指示がありました。お母さんから子どもそしてお父さんへと
、信者を広げる図式です。

ですから、このような社会状況から、戸口で健全な子育てを説くひとがいれば普段
は気に留めなくとも心を動かされるのではないでしょうか。(エホバの証人以外に
具体的な子育てを提案する宗教団体は余り見受けません)
そしてそのひとたちは、何回目かの訪問にはいかにも礼儀正しい若い人を連れてく
るかもしれません。(エホバの証人以外に子連れで伝道する団体もあるけれどあま
り子どもの行儀に気を使っていないようだ)
いつのまにか家に上がって貰って熱心に聖書の話を聞くようになっているかもしれ
ませんね。(すでにこの文章を読んで「やっぱりサタンは手を回すのが早い」と思
っているひともあるかもしれない。)

でもちょっと待って下さい。
エホバの証人は、健全な判断力を持って自分も人も幸福にできる社会人である大人
を育成したいのでしょうか。
それとも、今世紀初頭から続けているように、組織にとって有用な全時間の伝道者
を育成しているのでしょうか。
あるエホバの証人の子どもである幼稚園児が言いました。「高校を卒業したら新聞
配達をしながら開拓奉仕がしたい」皆がその子を賞賛していました。
聖書には幸福になれる大きな鍵があるのは間違いないのですが、ものみの塔は、人
を伝道マシーンにするために用いていないのでしょうか。
家庭聖書研究の司会者は研究生に会わせる仲間の証人を厳選します。伝道者になる
まで挨拶程度で全く話をしたことのない人が会衆に大勢いると思います。司会者の
許可がないと、他の証人は一緒にお茶も飲めないことをご存知でしたか。
このことは研究を始めたときから、あなたは情報統制の下に置かれていることを意
味しています。
「この宗教は何か変だ」その直感を大事にしてください。家庭聖書研究の目的はそ
の素直な感想を打ち消す所にあるのですから。

《編集者より》
1997年6月30日にも投書して下さった元エホバの証人の主婦の方です。あなたのおっしゃることに全面的に賛成いたします。今、家庭聖書研究を始めようかと考えている方、そのような方を家族に持つ方がいたら、是非もう一度よく考えて行動して下さい。この最後の文章、『「この宗教は何か変だ」その直感を大事にしてください。家庭聖書研究の目的はその素直な感想を打ち消す所にあるのですから』は実に名言であり、短いながら最も的をついた忠告と言えるでしょう。


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