エホバの証人の良いところを認める

Sさんより(2-2-97)。

先回(1-12-97)の投書で、「対話への第一歩として彼らの良いところを認めるべきではないか。さらに
互いに向上するために、それを見習うべきではないか。」としました。
これに対して村本さんは、「通常の対話が成立しても、エホバの証人側には何の変化も見られない」と
コメントされています。残念ながら、現実はこのとおりだと私も思います。

しかし、どこの家庭でも見られる反抗期の子供との親子関係はまさしくこれと同じ状況かもしれませ
ん。親からみると子供の間違いは火を見るより明らかでも、そのまま注意すれば反抗される。仕方なし
にあたりさわりのない話題でお茶を濁している。ここには、形だけの対話はありますが何も変わりませ
ん。心は離れて行くばかりです。
でも愛情深い親はここで決して諦めずに、その子供を理解し対話を深めようと懸命に地道な努力をしま
す。それに対して子供は最初は反抗していても次第に親の気持ち、忠告の意味を悟っていくことになり
ます。さらに、親の方としても子供から古い価値観に囚われない新しい生き方を学ぶこともあるかもし
れません。

確かに、エホバの証人は純粋で世間知らずの若者のようなところがあります。このような若者と対話を
深めるには、愛情深い地道な努力が必要なのでしょう。

対話にとっての実際的な問題としても「良いところを認める」ことは大切と思います。まず、これなし
には相手は聞く耳を持ってくれないでしょう。エホバの証人各個人の信仰生活を見ると、かなりの部分
が一般キリスト教と共通しています。唯物論や無宗教・無関心の人々と比べるとその差は非常に小さい
ものです。したがって、エホバの証人各個人が大切にしている信仰生活の多くは本当に「良い」ものだ
と思います。それにも関わらず、エホバの証人を批判する人はそのすべてを認めない。全否定します。
これでは、エホバの証人各個人が大切にしている本当に「良い」ものまで奪ってしまうことになりま
す。エホバの証人がこのような人の話にはもとより耳を貸さないのは当然でしょう。
 また「良いところを認める」ことなしは、悪いところを明確に指摘できません。外からみると悪いと
ころしか目に付かないので、当然のごとく・自明のごとく悪いところを指摘します。しかし、中にいる
人にとっては、それは多くの「良い」ものの間に紛れているので、その指摘がよく理解できません。指
摘が空振りしてしまいます。また、指摘自身レベルの低いものとなり、逆効果となってしまうこともあ
ります。
 エホバの証人からの他宗教への批判は、まさしく「良いところを認める」ことなど全くない、全否定
です。この批判を聞いてその当事者がエホバの証人に転向することは少ないのではないでしょうか。こ
れと同じことをやり返しても泥試合になるだけのように思えます。
 付け加えるとこれを忘れると、自分自身も危険です。すべての罠は多くの「良い」もののなかに悪い
ものが潜んでいます。全くとんでもない!と単純に批判していると、別の罠を見破れずに自分が引っか
かる危険性もあります。

「対話」は言うに易し行うに難しですが、まずは言わなくてはと投書させてもらいました。

《編集者より》
私とSさんの意見の違いは強調点の違いだけで、本質的には私はSさんのおっしゃることはとても重要であり、「良いところを認める」態度を常に持つことを忘れてはならないと思います。彼らがこちらの「良いところを認める」ことなしに攻撃をかけてくるとき、それでも彼らの「良いところを認める」態度を持つなら、それは「目には目を」の態度でなく「最善の仕返しはその悪行者のまねをしないことである(マルクス・アウレウス)」という引用句の態度になるでしょう。(そしてそれはもはや「仕返し」ではなくなるのです。)Sさんの指摘された点は、実にエホバの証人を身近に持つ人々が、常に心に留めて置くべきことがらでしょう。エホバの証人に接する最初の態度、それは相手の非を指摘して論争を挑むのではなく、まずSさんのおっしゃるように「良いところを認める」ことでしょう。

もう一つの視点はエホバの証人は全員が被害者であるという認識です。私はエホバの証人側の、時には悪意に満ちた攻撃にあうとき、いつも彼らは私たちの敵ではなく、助けを必要としている被害者の一人であることを思い出します。すると、自分が謙虚な気持ちになれるでしょう。本当に指摘しなければならない間違いは個人個人のエホバの証人にあるのでなく、その集合である組織の作り上げたマインド・コントロールのプロセスにあります。もちろんエホバの証人は組織の間違いを指摘されると、それを自分への攻撃と区別できないように心の訓練を受けています。これは虫歯のライオンの歯を治療するようなものです。ライオンは自分の治療に来た人間と自分を攻撃に来た人間を区別出来ません。ただわれわれが正面から治療に行けば噛みつかれるだけでしょう。ここは先ずライオンとの友好関係を何とか確立するのが先決になります。歯を治療させるまでには可成りの努力が必要ですが...。