元エホバの証人二世からのエホバの組織に対する疑問

(1-13-99)

こんにちは。 私は幼い頃から成人まで親に証人として育てられ、成人になった時に
初めて冷静な立場からエホバの組織を見つめ直す事が
できて矛盾を感じた次第、現在は既に十数年不活発という形をとっています。 その
理由としては、多くのエホバの証人二世が同じく意見していることですが、めっちゃ
くちゃ仲良くしていても、いざちょっとした事をきっかけに一切口も聞けない仲にさ
せられてしまう恐ろしい宗教だからです。  もちろん、現役を努めていらっしゃる方
達が嫌いだからとか、憎いから組織を離れたわけでもないし、現役として続けるのは
彼らの自由だし、そしてそうでない方もそれは自由だと思うんです。  ただ、一つだ
け納得できないのは、なぜそこまでしてエホバの組織以外の人を否定するのか、とい
う事です。 ちょ、ちょっと待って下さい。最後まで聞いて下さい。 つまり、 も
し、もし本当に愛ある神がいるなら、人間を作ったであろう神が、この弱い人間達よ
りはるかに優れた存在者であるものに、単に惑わされたという理由だけで、それらの
人間を完全に否定する
ってのはどうゆう事なんですかね?   感情を豊かにもつ動物として作られた素晴ら
しい創造物である人間は、なぜその人間を越えてまで
神をすべてに愛さねばならないんですか?   自分がこの世の中で出会ってきたあら
ゆる宗教を持つ人間も、エホバの組織でもこんなに優しい方々、理解ある方々、他の
人を第一に思う方々はすごく沢山いました。 こうゆう人たちを愛し、仲良くする事
は、結局その創造者に対しても敬意を示している事なんじゃないんですか?    そう
そう、あくまでも、神の組織にいる人間たちとなら、ですよね。  だけど、なぜ、そ
れだけ優れた全ての最高なる神であり、愛ある神でもあれば、単なる天使同志のもめ
ごとや、自分のエゴだけの為にこれまで人間が苦しむのを許してこられたんですか?
少なくとも、ノアの箱船の時に一回リセット・ボタンを押してるじゃないですか。
その出来事もしなければいけないと判断されたのは、そん時には既に人間をだれが幸
せにできるか、という答えが出ていたからじゃないんですか?  なぜそこでまた同じ
事を繰返してここまで人間を苦しめなければいかんのですか?  それに、エホバの証
人が唱えている”真の宗教”、 そしてそれがエホバの証人であり、
それ以外の人はみんなハルマゲドンで滅ぼされる、そして、この”真の宗教”を見つ
けるのは、サタンの誘惑があり、この世がその支配下に
あるから、非常に困難なことである、とも信じているわけですよね。  私もそうだっ
たんですが、ここで一番大きい矛盾を感じているんです。
つまり、それだけ見つけることが難しい世の中で、ましてや今では本当に愛するこの
世でふつうに育った妻とかは、これだけ宗教が多い世の中で、なおかつ狂ったような
宗教も沢山ある中で、宗教とは一切関わりたくない、だけどすごく優しい心の持ち主
で、彼女の家族の人たちも
かつて私が会ってきたエホバの証人の中でも見つけ難いほど いい人たちです。 そん
な人たちを、ただ単に、この真の宗教を見出せなかったとだけの理由で本当に滅ぼし
ちゃうんですか?  当然こうゆう発言すると、”だからこそ貴方が証言しなきゃいけ
ないんじゃない!” と現役のエホバの証人の方は言うかもしれない。 だけど、
じゃぁ本当に僕がそれを無視したらどうなるんですか?  この人たちの命はそんな人
一人の判断に任せられているんですか?   それじゃなくったって、自分の会社やあ
らゆる所にもエホバの証人に対する正しい知識など身につける事ができない人たちは
数え切れない程いますよ。 この人たちも全員滅びちゃうんですか? ただ単にこの世
で育ち、宗教は狂ってるから関わりたくない、と唱えながらもすごいいい人たちを。
それもただ悪魔との自分のエゴの戦争のために。 そんな神なら私も一緒に滅ぼして
ほしいだけです。 だからこそ、反エホバの証人の唱える内容には、愛のない人た
ち、自分たちが救われればそれでいいと唱える自分勝手な人たちと呼ばれるんで
しょ。    もし創造者である神が本当に存在し、人間を作ったのなら、どんな状況で
あれ、その作った通りの人間の良さを愛する人たちが結果的に神を愛しているんじゃ
ないんですか?    納得できる答えを下さい!!

ようは、自分もそうなんですが、自分が今でも最親友としているやはり同じエホバの
証人二世の人間も同じ経験をした事で、
これまでの現役のエホバの証人の方々も認めていらっしゃる事でもあるんですが、中
にはひどい長老もいる、いた、ことを認めていらっしゃいますよね。  フランズ元兄
弟もそうですが、 そういう人たちが存在する理由としては、彼らも不完全な人間だ
から、とおっしゃっています。
だけど、こうゆう人たちにぼろぼろ傷つけられてきた例えば我々二世に対しては、申
し訳ないしむごい、だけどしょうがないこと、ともおっしゃっているのを目にし、
自分としては、”っふざけんじゃね〜よっ!” としか言えません。 (汚い言葉で申
し訳ないんですが、こうゆう言い方しかできません)  つまり、聖書ではまだ生まれ
てきてもいない赤子一人一人の名前までエホバは忘れない、って程の神が、じゃぁこ
うゆう人たちで
いわゆる”真の宗教”から離れていった人たちはそれで、しょうがない?  むごいけ
どしかたがない事?  彼らは不完全である人間を見つめちゃったいて、神に心を向け
なかったから?   ”っふざけんじゃね〜よっ! 僕の人生を返せ!” としか言えま
せん。

現に、こうゆうすごいひどい事をしてきた私と私の仲間である二世が知っている長老
は、今でも数多くの純粋な組織で育ってきた二世を傷つけながら、排斥とか勝手に
やっちゃってて、回りの人からは模範的な長老と見られて、きずついた二世達に対し
ては、”かわいそうに、信仰がなかったのねぇ”としか言われなくなっちゃってま
す。

生まれてこなかった赤ちゃんをも覚えている神よ、どう説明すんだぃ。  これで自分
が滅びるんなら、 滅ぼしてみろっ!

でした。

ちょっと過激だったことはお詫び申し上げます。  だけど、自分が離れたことで悲し
んだ母を、今でも母として愛しているからこそ、
もっと腹がたつんです。 そして、この不満と悩みは、どこにもぶつけることができ
ない、悲惨な二世です。

《編集者より》
是非、この読者の中で現役のエホバの証人の方が回答を寄せられることを期待しています。隣人、すなわちエホバの証人以外の人たちを愛することが、どんな規則や律法よりも大事であることは、聖書が次のように書いている通りです。

というのは,自分を愛してくれる者を愛したからといって,あなた方に何の報いがあるでしょうか。(マタイ 5:46)

「あなたは姦淫を犯してはならない,殺人をしてはならない,盗んではならない,貪ってはならない」,そしてほかにどんなおきてがあるにしても,その[法典]は,この言葉,すなわち,「あなたは隣人を自分自身のように愛さねばならない」に要約されるからです。愛は自分の隣人に対して悪を行ないません。ですから,愛は律法を全うするものなのです。(ローマ 13:9-10)

このパウロが挙げている「おきて」の中には「集会に出席しなさい、奉仕に出なさい、伝道の時間を入れなさい、輸血を拒否しなさい」など全てエホバの証人が大事にしているおきても含まれるはずです。しかし、今のエホバの証人はこれらのおきては大事に守っても、肝心の「隣人を自分自身のように愛する」ことを行っていないではないのでしょうか。