『「編集者様への質問」−「私が一連の質問を投書した理由」』を投書した方へ

(12-25-04)

<前略>
あなたは投書の中で「コリント人への第一の手紙 6:5−7」を引き合いに出して
いますが、あなた自身、本当に不正を甘んじて受け入れられるのですか?又、だまさ
れるままでいられるのですか?
実際にそういう目に遭ったことがないから、そんなのんきな事を言っていられるのだ
と思います。
私には、受けた被害にもよりますが、到底こんな事はできません。

この発言は村本さんが言われるところの「内なる神」より「外なる神」を重視する人
によるものでしょう。
この手紙が本当にパウロによって書かれたのかどうか知りませんが、もしそうなら、
彼の信仰は「エホバの証人」と同じように組織中心に成り立っていたことは間違いあ
りません。

この教えも驚きですが、私にとってもっと驚きなのは当時のキリスト教徒の中に人を
だますような人たちがいたということです。恐らく「エホバの証人」の中にもいるの
でしょう。
以前は不正を行っていたり人をだましていた人たちもバプテスマを受けた後は古い人
格を脱ぎ捨て、そういう事をしなくなったのではありませんか?
こんな人たちがいる会衆を維持することに何の意義があるのか理解できません。
さっさと消滅してしまえばいいと思います。

《編集者より》
これは『「編集者様への質問」−「私が一連の質問を投書した理由」』に対する投書です。第一コリント6章は、私はパウロの時代と場所の特殊性を考えて解釈すべきものであり、時代を超えた普遍の真理を語っているわけではないと思います。当時の法律や裁判の体制は、支配者であるローマ帝国のものでしたが、創始期にあるキリスト教にとっては紛争の調停をする確立された決まりがなかったと言われています。そんな体制では、内紛を外に持ち出すよりは、内部で調停することをパウロは勧めたのでしょう。現代では法も裁判も人権も全てが透明で保障されていますので(少なくとも先進国では)、エホバの証人の間での紛争も外側での紛争でも、どちらに非があるかは透明に分かります。現代にこのパウロの教えを持ち込むことは、単に時代錯誤であるだけでなく、危険なことになります。これがエホバの証人の「審理委員会」による不当なリンチ裁判が起こっている理由なのです。これは丁度、ヤコブの5:14−16が、当時適切な医療体制がなかった状況で語られた治療法であることを無視してそのまま現代にあてはめ、病人を医者に連れて行かずに長老に見せて直してもらえと教えるのと同じ事になるのです。