「お疲れさまでした」−pendulumより

(11-28-04)

こんにちは。pendulumです。
このたびは、大学にお戻りになるようで、生活に変化が生じられたようですね。
JWICのHPも、一区切りつくことになるでしょうか。

まずは、お疲れさまでした、と申し上げたいです。

ある人たちにとって、JWICのようなHPは、耳に心地よくない情報をつきつける
厄介な存在に映るかもしれません。

それはちょうど、熱烈な阪神タイガースファンに向かって、タイガースの知ら
れざる体質をジャーナリスティックに明らかにするようなものなのかもしれま
せん。
なによりも、タイガースをまず愛している人たちにとっては、そのような情報
は邪魔でしかないものでしょうし、多くの反発も招くでしょう。
しかし、そうした反応は、彼らがタイガースを真摯に愛している気持ちを示し
はしますが、彼らが否定したいと願う情報の正しさが変わるわけではありませ
ん。


村本さんは、JWICだけに限らず、医療倫理その他の分野でもアメリカの社会に対
して積極的に発言しておられるようですね。
少し前に個人的に見ていた英語のサイトになりますが、
"Science and Theology news"というHP(http://www.stnews.org)でも、宗教
への神経学的アプローチの重要性について、インタビューに答えておられたと記憶
しています。

村本さんのように、多岐にわたる問題意識と知識をお持ちの方であれば、今回の
アメリカ大統領選挙が意味する支持層の分離や、それらが浮き彫りにしたアメリ
カの行方などについても、キリスト教というキーワードから何らかのご意見をお
持ちだと思います。率直に言い換えれば、JWに対してだけでなく、アメリカ全体
にまだまだ強い影響力を持つ保守的なプロテスタントに対しても、多くの批判を
加えようと思えばできるのではないかと想像するのです。

それでも村本さんが、とりわけJWを批判の対象として選んでおられる最も大きな
理由は、おそらく、ご家族への愛情と、医師として、またキリスト教精神に共鳴
される一人の人間としての良心にあるのではないか(特に輸血の問題)、と私は
思うようになりました。

村本さんのコメントや文章自体は、非常に冷静で感情的な部分はほとんど見受け
られません。しかし、見たことも会ったこともなく、おそらくこれからも会うこ
とがないであろう多くの人に向けて、毎月毎月HPを更新し、返事を書き、情報を
公開してゆくその姿勢そのものに、なんとも人間的なものを感じました。それも
ボランティアで八年間もそうしてこられたのです。

偶然ですが、私は村本さんのお嬢さんと同年齢でもあります。私は村本さんのお
考えや思いの丈の大部分を知ることができていませんが、それでも、「目覚めた」
元JWの一人として、村本さんが奥様とお嬢さんに向けておられる思いは如何ばか
りかと、想像せずにはいられません。

それでも、何が人を変えるかは分かりません。私の母親は15年以上開拓奉仕を
している熱心な信者です。しかし、私とのここ数年の対話を通して、徐々に変化
しつつあります。最初は完全に私の意見を否定していたのですが、今では「あな
たが正しいと思うこともある」と言います。自分が本当にパリサイ人的なところ
があったのだと反省するようになり、今までなら禁忌の対象としていた生活の細
かなことにも大分寛容さが見られてきました。輸血についても、聖書が輸血をど
うして禁止していないと言えるのか折をみて幾度も聖句から説明しました。私の
説明は、「血に関する聖書の規定が設けられたそもそもの目的は、液体としての
血液にあるのではなく、あくまで『生命尊重』だ。だから僕は、意識不明で輸血
が必要になった母さんには輸血をしてくれるよう、医師に絶対にお願いする」と
いったものでした。母親は、聖書に信仰の根拠を持っていますので、科学的な説
明はあまり功を奏さず、聖書を使った説明が必要でした。
私の言葉に、母親は徐々に認識を改めたようです。あるとき、「実は、もう免責
証書(「輸血拒否」のカード)は携帯していない」と言われました。

私の母親はおそらく死ぬまでJWでいるでしょう。JWでいることはもはや彼女の人
生そのものだと思います。それでもお互いが対話しようという姿勢を維持する限
りは、私はこれで構わないと思っています。組織が提供する「外なる神」と一体
化して「組織ロボット」となっていた人が、自らの「内なる神」に気づき、それ
を暖め、それと対話してゆくようになるだけでも変化は大きいものです。

JWICは決して「言いっ放し」のHPではなく、大きな影響力を持つHPです。
医師は患者との距離の取り方が大切だとしばしば言われます。その微妙なバラン
スを維持しながらも、やはりそれでも救命を宗とする医学的精神が作者の根底に
あるのではないかと、私はこのHPから感じてきました。もちろん、「私が好きで
していること」と仰るのは嘘ではないでしょうが、「あなたのためにしているこ
と」とか、「神のためにしていること」というより、ずっと高邁な精神を多くの
人はそこに見てきたことでしょう。

村本さんのお嬢さんが、村本さんのお考えや気持ちを理解されるときがくること
を願っています。

もう一度、お疲れさまでした。

《編集者より》
ご親切な数々のお言葉を頂き、大変ありがとうございました。pendulumさんのお察しの通り、私は現在のアメリカの主流である、ブッシュ大統領に代表されるキリスト教保守主義に批判的です。私がエホバの証人批判から、より大きな問題である、世界的な原理主義的宗教の問題に移っていったのは、自然な論理の帰結です。私は現在のアメリカの抱える大きな問題や、イラク戦争、テロリズムの問題などの世界規模の問題は、その病根に原理主義キリスト教と原理主義イスラム教との対決があると思っています。そこにあるのは、エホバの証人でも、キリスト教でも、イスラム教でも、原理主義という私に言わせれば盲目的な原則遵守が引き起こす人間の悲劇なのです。ただ、公正を期すために言いますが、エホバの証人にも原理的イスラム教にもなく、アメリカの社会にあるのは、内部告発を可能にする言論と表現の自由が保証されていることです。この一点だけでも、私はアメリカ社会に生き続ける価値を見出しています。