「元・研究生の一人として」−8

(10-7-04)

その後のご報告。
 
数ヶ月ぶりにちょこちょこ読ませていただきました。
私の前回の投稿にも、たくさんのコメントをいただきありがとうございました。
「神の神経学」も入手しております。論争はしたくありませんので、内容には
触れません。ただ、私の中で「ウチ・ソト」という表現があまりにも軋轢を起
こすらしく、この表現に出会うと眼前でシャッターをおろしたくなります。で
きれば「内的・外的」という表現に変えてほしいと訴えたいくらいです。チャ
ネリングを信じるニューエイジャーたちが、よく「ウチ・ソト」「モノ・コト」
という言い方をしていたのです。
私の脳内では食傷言語となっているようです。
 
ご著書を入手するにあたってとても気になることがありました。たぶん内容を
知らずにされていたことだと思いますが、「神の神経学」の扱いは分類上、難
しいようです。
最初、私は大手書店に出向きまして、検索機で調べたのです。するとトンデモ
本が並ぶ精神世界コーナーにあるという。しかし、店員にも調べてもらいまし
たが、売り切れでした(残念)。
他の書店もまわりましたが2週間にもならないのに、どこにもありませんでし
た。
1ヶ月くらい後に、うちの近所に新しい大型書店が出来ました。しかしそこに
も見当たらず、店員に聞いてみると、たしかそういう本があったなぁと言うの
です。どこの書架に置けばいいのか迷った記憶があるらしかったです。でも結
果は倉庫を探してもないとの返事です。
しかたないので私はこの本を注文することにしました。早めに到着したのか、
すぐに連絡がありまして、無事に入手することができました(よかった)。
翌日あたり、また入店してプラプラのぞいていましたら、なんともう1冊「神
の神経学」が置いてあるのです。しかもやはり精神世界コーナーでした。あれ
これ考えました。そばで聞いていたので確かなんですが、店員は1冊だけ注文
したのです。追加したのか、ほんとうは倉庫にあったのか・・・。
 
エホバの証人とはもうお付き合いはしていません。講演会やらホームパーティ
ーのようなものにお誘い受けたことはありますが、遠慮させていただいていま
す。
私の司会者だった方は、私と統治体のことで少し反目しましたが、あまりにも
好い方だったので悪感情にまでは発展しませんでした。
ただ、最近になってこの方がニューヨークのベテルに行かれたそうです。
飛行機に乗った経験がないというほど地域に密着していた方ですから、大きな
飛躍だと思いました。
「自費ですか」と訊ねたらすこし間があって「そうです」とのこと。そして、
私もそこへ行けば(悪い噂が)ウソだとわかると仰っていました。私はそのこ
とについては何も言いませんでしたが、見学したくらいでは内部事情がわから
ないのは当然です。信じたいという気持ちが大きく働いているんだろうなと思
いやるのが精一杯でした。
 
この方にかぎらず何人かの方から直接聞いたことですが、戸別伝道は好きじゃ
ないそうです。巡回奉仕に来られる人にもそのことを打ち明けたらしいんです。
そしたら、「そんなことはない」というような理屈にもならない励ましを受け
たようです。伝道を否定してはいなくても、ノルマをこなすプレッシャーはや
はり嫌気をもよおキみたいです。

《編集者より》
日本語の言葉の選択は、難しいことです。私は日常は日本語を使っていませんので、日本語の進歩は20年以上前で止まっています。その当時に比べて、今の日本語は用語の使い方も変わっているし、新しい語彙も沢山出てきていますので、私の日本語を読んだ人は、何か昔臭くて現代と合わない、という感じがするかもしれません。また私の本は元々分類が難しい本ですし、実際どのカテゴリーにも分類されたくない本だったので、出版社や本やもつかみ所がなくて持て余しているようです。「ニューヨークのベテルに行けば(悪い噂が)ウソだとわかる」という司会者の話ですが、私もそこに行ったことがあるので、その意味がよくわかります。最近拉致事件で話題の絶えない日本の近くの独裁政権の国を例にとってみれば、ベテルはこの独裁者の宮殿のようなものです。そこに行けば、虐げられ、貧しさと飢えで苦しんでいる人民の現実とは嘘の世界のように、豪華できれいな世界で、そこだけ見れば、それこそ「悪い噂はウソだ」と思うことでしょう。「うわべをきれいにすること」これは独裁政権やカルト集団が、社会の評価を操作するために使う常套手段なのです。