「公開講演について−その一」−ラハムより

(9-16-04)

エホバの証人が取り決めている集会に「公開講演」があります。
最近の日本では土曜日にこの集会を開いている会衆もありますが、
おおかたは日曜日に開かれているでしょう。
これはひとりの男性信者による45分間の連続した話であり、
協会が作成した筋書きに基づいたものです。
話す人は長老や奉仕の僕であり、近隣の会衆から招くこともあります。
なお、女性信者が扱うことはありません。

今回これについて書いてみようと思ったのは、2004/6/25の投書で
現役一世の方が「自分の経験から思うこと」の中で以下のように述べていることが、
気になってしまったからです。

≪その後B長老は会衆の気配を感じたのか巡回に進められたのか知りませんが
他の区域に引っ越しました。私はそんなB長老や会衆の様子をみて
すっかり仲間を信頼できなくなり集会に行かなくなりました。
特に日曜日の集会は本当にイヤでした。
 
 その理由は公開公演の内容はたいがい“クリスチャンは…すべきです”と
すすめ、ものみの塔は研究記事をもとにして兄弟姉妹が
“聖書には…と書いてあるので…します”と注解します。
そんな様子を見ていると私は心の中で”何言っているの嘘ばっかり、
あなたそんなことしてないじゃん”と思ってしまいます≫

ここで述べられているように、公開講演の話し手が、“クリスチャンは…すべきです”
のように発言するのにはそれなり理由があります。それを説明する前に
公開講演について協会から長老団宛にどのような指示があったのかを
知っていただきたいと思いましたので、わたしが所持している二通の手紙を
ここにコピーしておきます。このあとの指示について、わたしは知りません。

-以下その内容の全文ですが、読みやすいように編集しておきました
(コロン“:”の前の文字は太字の副見出しです)

ものみの塔聖書冊子協会
日本:243-04神奈川県海老名市中新田1271
電話:(0462)33-OOO5 FAX:(0462)33-0009
1996年1月27日

すべての長老団へ

親愛なる兄弟たち

皆さんは,「ゆだねられた神の羊の群れ」を霊的に養い,また築き上げるという
大きな特権をお持ちですが,非常に忙しい中でその務めを真剣に果たして
くださっていることを心から感謝いたします。一ペテロ第一5:2。

毎週開かれる五つの集会は神権的な教育の肝要な部分を成しており,
出席者はこの備えから神の言葉の貴重な教えを受け,また神への奉仕に
まい進するよう励ましを得ています。しかしながら,報告によるといろいろな理由で
集会の出席数が減少する傾向にあります。それで,集会の備えに対する認識を高めると
同時に,プログラムの質の向上を図ることにより,五つの集会をいっそう魅力的なものに
していただきたいと願っています。特に,公開集会をより興味深いものとするために,
講演者にとって役立つ事柄をお知らせしますので,
以下の提案を十分に活用していただければうれしく思います。

講演者への注記:

改訂された講演の筋書きには,「講演者への注記」が付いています。
そこには,聴衆を助けるための特定の分野,話全体で強調すべき事柄,
どのように話をし,資料を提供したらよいかなど,非常に重要な指針が記されています。
したがって,講演者は準備を始める前にこの部分を注意深く読み,話し手に
期待されている事柄が何であるかを熟考する必要があります。

話の主題と主な諭点を強調する:

講演者は,話全体の中で話の主題と主な論点を十分に目立たせる必要があります。
主題を際立たせる一つの方法は,主題中のかぎとなる言葉,あるいは主題を成す
中心的な考えを繰り返すことです。それで,単調な方法を避けつつ,
主題を成す主な考えや言葉を話全体の中にふさわしく織り込み,強調するように
なさってください。主題に加え,話の骨子となる主な論点も十分に強調する
必要があります。もしそうしないなら,話に盛り上がりがなく,話が終わっても
聴衆は目立った点をほとんど思い出せないかもしれません。
ですから,筋書きの中でゴシック体になっている主要な論点,およびそれと関連する
特定の部分に印を付けておき,話を進めてゆく段階でそれを強調したり
繰り返したりしてください。また,主な論点をいつも話の主題と結び付けるように
心がけ,話に一貫性を持たせるようにしてください。
このようにするならその話は,分かりやすいものとなります。
一「神権宣教学校案内書」研究27の7,21節,研究32の3,8,9節を参照。

聖句をふさわしく扱う:

どの聖句を紹介するときにも,単に「……の手紙の……章……節をご一緒に開いて
読んでみましょう」と述べるよりも,読もうとする聖句に期待を起こさせ,
聖句を使う理由に注目させるの   -ここで1ページ目は終わっています-


1996年1月27日第2ぺージ

は望ましいことです。同時に,気持ちを込めて聖句を読み,例証し,適用することも肝要です。
つまり,読んだ後,聖句の中のかぎとなる言葉にもう一度注意を向け,
どのように論議に適用できるかを例証したり説明したりするようにします。
一「神権宣教学校案内書」研究24,25を参照。

筋書きに精通する:

話を発展させる順序を自分の好みで変えたり,筋書きに載せられていない情報を、
あまりにも多く取り上げ,筋書きにある資料を大幅に割愛したりするのではなく,
協会が準備した筋書きの内容と順序に従うようになさってください。
そうするなら,神の言葉と「忠実で思慮深い奴隷」に対する敬意を表わすことになります。
一方,筋書きに忠実に従おうとするあまり,印刷されている文章を一字一句読み上げるように
話す必要はありません。筋書きにある補足資料は,話に織り込むための資料というより,
話し手の理解を深めるためのものであることを覚えてください。
それで,筋書きにある考えを把握し,聴衆との視覚による接触を図りながら
生き生きと話すよう心がけていただきたいと思います。

徹底的な準備:

聴衆の心を動かすには,まず話し手自身の心が啓発されていなければなりません。
準備に際して,筋書きの文章を暗記しようとするよりも,述べようとする考えや論点を
注意深く復習することに重点を置くようにし,そうした考えを思いの中で論理的に
順序良く整理し,内容が自分のものになるまで繰り返し資料を熟考するように
心がけましょう。また,聴衆の心を鼓舞し真に助けたいとの純粋な気持ちを抱き,
心から語ることが重要です。どうぞ,準備の上にエホバの導きを祈り求めるように
なさってください。一「神権宣教学校案内書」研究29の18,22節,研究33の1,10,11節を参照。

皆さんは,公開講演以外の集会の扱い方に関しても深い関心を払い,常に改善を
図っておられることと思います。「王国宣教学校教科書」の単元2(ロ)には,
それぞれの集会の扱い方に関するすぐれた提案が載せられています。
また,「王国宣教」1994年4月号1ぺ一ジ,6月号1ぺ一ジにも役立つ
提案かありますので,参考にすることができます。

人々を教え,築き上げるために骨折って働いておられる皆さんの上に,
エホバの豊かな祝福をお祈りいたします。

皆さんの兄弟 ものみの塔聖書冊子協会 東京都

追伸:主宰監督は,会衆のすべての公開講演者と一緒に集まってこの手紙を読み,
その内容を皆で学ぶよう取り決めてください。また,主宰監督もしくは
神権宣教学校の監督は兄弟たちの話し方や教える能力の向上に深い関心を
払うよう勧められていますので,必要な場合には,公開講演の質を改善するための
助言や提案を親切に差し伸べていただければうれしく思います。
一「王国宣教学校教科書」42,46ぺ一ジ。

-以下二つ目の手紙です-

ものみの塔聖書冊子協会
日本:243-0496 神奈川県海老名市中新田1271
電話:(0462)33-0005
FAX:(0462)33-0009

1999年4月15日

すべての長老団へ

親愛なる兄弟たち:

1999奉仕年度の巡回大会の週に,巡回および地域監督は長老団との集まりを持ち,
「裁き人また教え手として心を動かしなさい」という題の筋書きを考慮します。
この集まりにすでに出席した長老たちはご存じのように,そのプログラムには,
経験ある講演者が協会の公開講演の筋書きに基づいて話す際に役立つと考えている,
七つの点を際立たせた部分があります。プログラムのその部分は、
「公開講演をするときに心を動かしなさい」という題になっています。
与えられた情報の価値を認めて感謝の気持ちを表わし,
その情報を公開講演の割り当てを受けている兄弟たち全員に知らせたい,
と述べた方も少なくありません。

筋書きのその箇所の写しをこの手紙と共にお送りできるのは喜びです。
主宰監督は,コピーして,長老であれ奉仕の僕であれ,
会衆で公開講演の割り当てを受けている講演者各自に渡すようにしてください。

リストにはすべての要素が盛り込まれているわけではありませんが,
効果的に話したり教えたりするのに必要な点がおおむね挙げられています。
大勢の人の前で話をすることに関し,さらに情報を得たいと思われるなら,
「案内書」39-54ぺ一ジの研究8-10をご覧ください。

この資料が,公開講演をする兄弟たちの助けになることを希望しています。
王国を第一にする皆さんの努力のうえに,引き続きエホバの祝福がありますように。

皆さんの兄弟
ものみの塔聖書冊子協会
東京都
宗教法人

-以下その筋書きです-

公開講演をするときに心を動かしなさい

1.協会によって承認された筋書きの目的を考える:

詳しい調査をする前に資料について黙想してください。
(「奉仕者になる資格」〔英文〕16ぺ一ジ3節)協会の筋書きには情報が詰まっています。
筋書きの趣旨,なぜその論題を取り上げるのか,何を教えたいのか,
という点を把握してください。その点を明確に理解したうえで,
その資料に沿って発展させてゆき,それを聴衆に提供する最善の方法を
見定めてください。注意:憶測や個人的な見解を含めないようにしてください。

2.要点に注意を払い,聖書に基づく主題を踏まえて論議を進める:

筋書きの要点を目立たせなければならず,他の考えはその裏づけとして述べます。
往々にして,あまりにも多くの点を取り上げてしまうことがあります。
「案内書」53ぺ一ジ16節には,「簡単に論じられた数多くの論点よりも,
十分に説明された2,3の論点のほうが[良い]」とあります。
話の随所で主題に言及してください。聴衆は,話の聖書的な論点を翌日,または翌週,
思い出せるでしょうか。もしそうであれば,目的を達したことになります。

3.聖句をさっと読むだけで済ませるのではなく,分析して適用する:

公開講演の主軸を成すのは聖書です。聴衆が聖句を理解し,その適用を記憶に
とどめるなら,その話には人を行動へと促す力があります。
ですから,各聖句について,その箇所の話の脈絡や背景を分析してください。
時として,読む聖句が多すぎる話し手もいます。銘記すべき点として,
話の持つ説得力は,引用したり読んだりする聖句の数にではなく,その適用にあります。
協会の公開講演筋書きには,「すべての引照聖句を読んだり論じたりする
必要はありません」と記されています。かぎとなる聖句を読む際には,
コンピューターで印刷したものからではなく,聖書から直接読んでください。
そうすれば,聴衆は手元の聖書を開いて目で追う気持ちになります。
こう自問してください:聖句については,それを取り上げている理由が
明確になるように,意味をふさわしく強調しながら読んでいるだろうか。

4.資料が実際的で現実に即したものとなるようにする:

聴衆の必要としている事柄を洞察し,役立つ実際的な情報を提供してください。
これは要するに,聴衆を知り,識別力を働かせて考えを述べるということです。
出席しているのは,関心を持つ人,若い人,年配の人,または健康上の問題と
闘っている人でしょうか。聴衆の個々の人の事情に気を配り,
柔軟に対応し,融通を利かせてください。

5.熱意を示し,確信をこめて話す:

聴衆の心を動かしてください。本当にそう信じて話しているということが
明らかになるような話し方をしてください。淡々とした一本調子の話し方は
避けてください。自分の話を録音して聴き,客観的に分析するよう努めてください。
こう自問しましょう:抑揚があるだろうか。文の構造は変化に富んでいるだろうか。
質問をしているだろうか。温かさがあるだろうか,それとも冷たい,
学者ぶった話だろうか。奇抜さや,感情をこめすぎることを避けてください。
そうした話し方をすると,聴衆はあまりにも話し手に注意を向け,おもしろがるか,
あるいは気が散って不快に思うかもしれません。

6.築き上げる積極的な話にする:

聴衆が自分は決してそこまでできないと思うほど規準を高くしすぎないよう
注意してください。決して聴衆を見下したような話し方や,
聴衆を気落ちさせるようなことはしたくありません。
自分と対等の聴衆の尊厳を認めてください。人々はこの世で打ちひしがれています。
わたしたちは,その人たちが自尊心を培えるようにし,
エホバの僕の一人であることの喜びを理解するよう助けたいと思います。
だれでも信仰を持つ人は,エホバが定めておられる高い規準にかなうことができます。
わたしたちには,自分に不十分な点があっても信仰のうちにとどまる助けとして
贖いの犠牲があります。出席しているすべての人の心を動かし,
意欲を起こさせるようにすべきであり,強要したり,圧力をかけて
成果を得ようとしたりすべきではありません。

7.聴衆との接触は重要:

聴衆の個々の人に目を留め,その人たちに話しかけてください。
そうすれば,聴衆はもっとよく注意を払うようになります。
情報はいっそう個々の人に向けられたものとなります。
資料に精通してのびのびと話すようにしなければなりません。
朗読原稿による話でない限り,原稿をずっと見ていることのないようにすべきです。

-ここまでが二通の手紙による指示です-

わたしは去年の中ごろまで公開講演を扱っていましたので、
それまでの経験に基づいてお話してみたいと思います。

まず、地元の会衆で取り決められる公開講演は主宰監督によってなされています。
協会から送られてくる講演の筋書きは120ぐらいありますので、
毎週休まずに違った講演を聴くことができても二年分以上あることになりますし、
毎年、改定されたものも含めて新しい筋書きが協会から送られてきます。
その講演の筋書きは講演者以外は見ることがありませんので、
上記の手紙からもその構成はある程度わかるのですが、詳しく述べてみます。

筋書きは裏表A4サイズの用紙にプリントされています。
最上段に会衆の掲示板に発表されている講演の主題があって、
その下に講演者への注記という四角い枠囲いがあり、
ここには、その講演で何をどのように強調するかが、三行程度書かれています。

その下から筋書きが始まるのですが、ゴシック体の太字で書かれている
副見出しが数個あって全体を構成し、その横には各副見出しをあつかう時間が
記されており、これを合計すると45分になります。

副見出しの下には、講演のあらすじが述べられており、その右側に、引用聖句や
参考資料となる出版物の名称・ページ数がありますので、
講演者はこれを丹念に勉強する必要があるのです。
また、引用聖句は右側に-読む-という指図のある場合は必ず聖書そのものから
読み上げるのですが、それ以外の聖句は講演者の選択によります。

表面の最下段左端には筋書きのナンバー・発行年月・発行言語の略号が
アルファベットで記載されています。
裏面最下段右端には-45分で扱う-と指図されているのです。

現役の方でチャンスがあれば誰かに筋書きを見せてもらえるとよいですね。
この筋書きには多くて引用聖句が50ヶ所ぐらい、参考資料としての
ものみの塔や書籍など、多いときは20冊以上あることもありますので、
わたしは講演の準備をするときは机のうえにものみの塔の製本などを
15冊ぐらいは積み上げたことがありました。このときはCD-ROMがなかったのです。

この原稿は神権宣教学校案内書にある筋書きの作り方の提案どおりほんとうに
話のあらすじだけになっていて、ですます調で書かれてはいません。
要点ごとに字下げがなされているだけで、副見出しごとや字下げごとの
接続語もないのです。それで、副見出しごとの関係を説明するのに
どうしてもわからなくて、苦慮した覚えがあります。

どうもこれらの筋書きは英語のを忠実に翻訳したらしく、講演を聴いている
人たちに「なになにしなさい」とか「なになにすべきである」などという
言葉づかいで述べられているところがけっこうありました。

わたしとしては、これらを直接述べてしまうと日本語ではかなりきつく聞こえ、
命令調になってしまいますので、和らげた表現を使いましたが、
実際知り合いの兄弟が、筋書き通りに話してしまい、
長老から注意されたこともあったのです。

投書された姉妹が講演などを聞いていて、講演者がおこなっていないようなことを
話すので、不快に感じるというのはこのあたりにも原因の一部がありそうです。
考えの浅い講演者は、単なる組織のスピーカーになってしまっているのでしょう。
事実それが求められていることが多いのです。

今のわたしが上記の二通の手紙を読み直してどうかと感じることは、
筋書き通りの講演することが、神の言葉と忠実で思慮深い奴隷に対する敬意を
あらわすことになるということがこっけいに聞こえるのです。
聖書を読んでみて、キリストは神の言葉を愛することや従うことを教えたことは
わかるのですが、奴隷級に対する敬意を示すことは一言も言及していないのです。
やはり、彼らは神よりも自分たちに注意を向け、崇拝させたいのでしょうか。
いつの間にか奴隷が主人より上になっているような気がします。

また、この手紙には「人々はこの世で打ちひしがれています」と述べられています。
ここで言われている人々というのは手紙の文脈からすると
おもな聴衆であるエホバの証人たちでしょう。
聞く側には最近ではごく小数になった研究生や子供たちもいますが、
これらの人々が世で打ちひしがれているというのはほんとうでしょうか。

確かに生きていれば、他の人との関係で打ちひしがれることもありますが、
わたしの感じてきたところでは、世の人との関係というよりは、
会衆内で生じてくるあつれき・不和・偽善的な行為によって精神的に打ちのめされ、
それをどのように自分のうちで処理して心をなだめるのかということのほうが、
たいへんなエネルギーを消耗させられたと思います。
このままでは、気が狂ってしまうのではないかと本気で考えたことも
しばしばだったのです。胸が詰まってほんとうに重苦しかった…。

ですから、この一文を読んで考えることは、世の中で生じる出来事についてと
現実に会衆で生じている出来事について、机上で考えているだけで
実際の状況に無頓着で無視しているように思われるのです。
いわば、山奥や無人島で隠遁生活をしている人が
書いた言葉であるような感じすらしてしまいます。

確かに言動が一致していない人物の講演を聴いているのは辛いものです。
また、講演の準備をほとんどしないで話している長老もいます。
でも、わたしもそうでしたが、できる限りの準備をして一月以上前から
有益な話を聞いてもらおうと日夜努力している人もいるのです。

エホバの証人が講演で扱う話しすべてが間違っているわけではありません。
他の宗教と同じく有益で実際的な点もあります。
聞く側が取捨選択して扱うこともできるでしょう。

でも、わたしとしては間違った聖書解釈や、現実に生じ、
組織でおこなわれている偽善的行為などを覆うような自画自賛的な内容の
講演を平然とした表情で扱うことはできなくなりました。
これは大きな心の葛藤を引き起こすことになってしまったのです。

今回は偶然にも手元に残されていた協会からの二通の手紙によって
講演がどのような指示で扱われているかを述べてみました。
この取り決めについてよくご存じない方の参考にしていただければ幸いです。

《編集者より》
興味ある資料を公開して頂いてありがとうございました。書かれていることのほとんどは、コミュニケーションの技術的な事柄ですが、所々に協会の敷いた路線から逸脱しないで話すことを強調している所に、ものみの塔の特有な姿勢が見られます。講演者が協会の教えに心底同調している場合には、この筋書きは役に立つでしょうが、少しでも疑問を持っているとすると、疑問と葛藤が生じるのは当然であると思います。