「統治体の本性を見たり!!」

(9-13-04)

はじめまして。
私は聖書研究を始めて、2年になる一研究生です。
まだ、そう聖書の知識もなく文章力もないので、分かりにくく、読み辛いと思いますがお
許し下さい。
 
全集会も捉えて、神権宣教学校にも入校し、一応クリスチャンを目指していますが、禁止
されている、インターネットから組織のことをこのサイトを通じて知り、「所詮、人間の
造った組織なんだな」とがっかり・・というより、どこかで「ヤッパリ」と思いました。
聖書も神の存在も信じています。(正確には信じていたいです。かなぁ?)でも、組織に
関してはこのサイトを見る限り、協会が言う「サタンの罠」「背教者のたわ言」だとは思
えないのです。いくつかの疑問を司会者にぶつけてみましたが、予想していた一辺倒の答
えしか返ってきませんでした。それでも、聖書に添った生活も本当に益があり、エホバ神
さまにも、もっと、近づきたいと思っていますので、しばらくは様子を見ようと、疑心暗
鬼のまま続けています。
 
そんなことで、つい先日の「ものみの塔」研究(2004年8月1日号)の第二研究記事『偉さ
についてキリストのような見方を培う』の中で扱われた部分で、統治体の本性を垣間見た
気がしました。
P17の囲み記事の中で『キリストのような偉さを示している人はどんな人か』という2
項目めの「脚光を浴びることを好む人か、それとも立場の低い仕事を引き受ける人か」と
いう文章にあきれ、そして続くP18の16節の文中、「・・・。会衆には、しなければな
らない様々な仕事があります。立場が低いと思える事柄を行なうように求められても、決
して憤慨してはなりません。(略)お子さんはあなたが低い立場の仕事でも行なうのを目
にしていますか。・・・」と記事は綴っています。
三度も「立場の低い仕事」と繰り返されると、唖然・・というのを通り越し、胸の辺りが
ムカムカしてきました。
たとえ、会衆内のいかなる仕事であっても、立場が低いとか高いという概念は決して神か
らのものではないと思います。
明らかに、この記事を作成した人間の見識ですよね。
エホバは仕事に地位を設けたり、又、イエスは立場の高い、低いと仕事を段階付けること
を、聖書のどの部分で述べているのですか?
この見識を鵜呑みにして、子供に会衆内の仕事を教える時に「いい、立場の低い仕事でも
すすんでするのよ」と教えるのと、「どんな仕事でも尊いし、エホバは喜んでくれるのよ」
と教えられるのとでは、言わんとしていることは同じだと思いますが、前者の言い方では、
知らず知らずに子供に差別の助長の根を植えつけてしまうような気がします。
「立場の低い仕事」というより、親の私は子供には、どんな仕事も立派で尊いものと教え
てきたつもりなので、「すべて尊い仕事」・・という表現が無理なら、せめて「人が比較
的嫌がる仕事」とか考えられなかったものかと悲しくなりました。
統治体の偉い偉い兄弟たちは、公平な組織と謳いながらも、上からの目線でしか末端の信
者をみてなくて、立場が高いの低いの、とランク付けするのが好きで、そして研究記事内
の挿絵で、清掃する子供たちを掲載しているのは、「清掃」という仕事が立場が低いと思
われているからこそでる言葉ですよね。
 
真に公平で憐れみ深く、愛あるエホバ神は決してそんなことはおっしゃらないと思います。
 
大変お忙しい編集者様のようですが、お身体には御留意され、益々のご発展をお祈り申し
上げます。

《編集者より》
あなたの指摘は、細かいことに見えるかも知れませんが、私はものみの塔の組織の重要な問題点を浮き彫りにしていると思います。確かにあなたの言われるように、「立場の低い仕事」という表現は、「人が比較的嫌がる仕事」と言い換えてもいいのかも知れませんが、実際にはエホバの証人の社会の中では、はっきりと「立場の低い人」と「立場の高い人」とがいるのです。この上下関係がはっきりした社会の中で、何とか協力関係を保たせたいと考えた統治体の指導者が出したのが、この記事なのです。従って、「立場の低い仕事」という表現は、実際にそのまま会衆の現実を反映しているのです。私もあなたのお言葉、「真に公平で憐れみ深く、愛あるエホバ神は決してそんなことはおっしゃらないと思います」に賛成しますが、あなたがそのエホバ神に近づく積りで行っている会衆は、一握りの人が別の「立場の低い人」たちを支配し、「立場の低い人」たちはそれに絶対に服従しているのです。そして、協会はこの記事で「立場の低い仕事」を不平を言わずに黙々と受け入れろと言っているのです。あなたの心にあるエホバ神の姿と、あなたの行っている会衆の現実との間に、何か本質的な違いを感じませんか?