「年金」と「他の人の良心」

(9-4-04)

今回は「年金」と「他の人の良心」というテーマで書かせてもらいます。
現在、日本では「年金」が大きな社会的問題になっています。日本には大きく厚生年金(サ
ラリーマンのための年金)と国民年金(自営業者)の2つの年金がありますが、後者の国民
年金においては40%以上の加入者が保険料を支払っていません。そのため将来の年金を危ぶ
む声が高まり、国は悪質な保険料滞納者を厳しく取り締まるようになってきています。私の
知る限り、エホバの証人の多く(特に開拓者)は、国民年金の加入者ですが、その殆どが免
除申請という制度を利用し保険料を納めていません。免除申請とは、母子家庭や生活保護者、
やむを得ない経済的理由のため保険料を納められない人が利用できる制度で、保険料を免除
されるとともに年金を通常の人の3割もらえる制度です。つまり保険料を納めなくても3割の
年金がもらえるのです。私はこの制度の趣旨は、働くことのできない社会的弱者を救済する
わが国の福祉国家の精神に基づくものだと思っています。ところが、働くことの十分できる
エホバの証人の多くは、野外奉仕や開拓奉仕のため、働く時間をわざと減らしているにもか
かわらず、堂々とこの制度を利用しているのです。しかも巡回監督や海老名べテルのほぼ全
ての信者までがそうしているのです。それは,年金保険料を納めるよりも、神にささげる時
間の方が大切だという理由からです。私は、社会的義務を果たさず、貰えるものだけは頂く
という精神態度は、周りの人に良い証言にはならないと思い、開拓者には、必ず国民年金を
払うように、また税金もきちんと納められる程度働くよう指導してきました。それはキリス
トが宣教の一番最初にご自身は税金を納める必要はないにもかかわらず、「カエサルのもの
はカエサルに」と弟子たちに述べ、弟子の一部を釣に行かせ、釣った魚の腹の中から飲み込
んだと思われる硬貨を税金として納めるよう指示されたことから分かります。これは人々を
つまずかせないため、また上位の権威に服従していることを示すため、自らの職業から、そ
の収入の一部を税金として納めるようにという指示であると私は解釈しているからです。も
う20年近く前になりますが、開拓者の一長老が「私は国民健康保険に入っていません。いつ
も病気にならないようエホバに祈っています。必要なことは信仰ですよ。兄弟。」と野外宣
教中に話し、回りにいた奉仕者が大変感銘を受けていたことを今でも鮮明に覚えています。
私は大変びっくりして、なぜ健康保険に入らないことが信仰の証しなのか到底理解できませ
んでした。また別の模範的と言われていた開拓者の姉妹も、若い姉妹たちに開拓奉仕を勧め
る際に、「仕事はパートにして税金が掛からない程度に、健康保険料も最低になるように働
いた方が良いよ。」とアドバイスしていたのです。私は、それは自分の生活さえ賄えれば良
いという自己中心的な考え方で、他の人の良心を配慮していない言動であると強く反論し、
その姉妹から顰蹙を買ったことがあります。私はそのような考え方は断固反対で、今所属し
ている会衆の若い人にはまずきちんと自立することを求めているのです。ところが数年前あ
る若いY兄弟を開拓者に推薦するとき、私はこの条件を十分満たしていないことを巡回監督
に申し上げたところ、その巡回監督は、「そのような若い開拓者の兄弟は他の会衆にもざら
にいます。協会はそのような要求をしていませんし、聖書もそのような要求をしていません。
」と言われたのです。私は大変なショックを受けましたが、その後の巡回監督の見解もほぼ
同じものです。ある巡回監督などは「兄弟は世の法律の要求と、神の法律の要求どちらが大
切ですか?」とさえ言われました。「私はどちらも大切です」と答えたかったのですが何も
言うことができませんでした。そうです、年金や税金を納めていないエホバの証人はざらに
いるのです。そしてそのことは何ら悪いことではないとべテルのトップをはじめ巡回監督も
そのように感じているのです。今年地域大会で、演題に立ち立派な話をした講演者たちの殆
どは巡回監督そしてべテルの成員ですが、彼らは皆年金を納めていないのです。ではそのよ
うな人の話を一般の人は受け入れることができるでしょうか?年金を意図的に払わず、その
恩恵だけを受けようとしている人達の話を受け入れることができるでしょうか?さらに自分
たちと同じように年金や税金を納めないような生き方を推奨する宗教団体を一般の人はどう
思うのでしょうか?
日本ではこの1年、年金未納のため多くの議員が(責任ある立場の官僚も含め)、国民の反
感を買い辞職に追いやられました。国民は年金を払わないような政治家を忌み嫌っているの
です。
今年(2004年)の6月15日号のものみの塔第二研究記事で分画血液の使用に関し、協会は使
用する信者に対し、「他の人の良心」を考慮するようにと述べ、暗に使用しないよう圧力を掛
けてきましたが、それならば「年金」に関してはどうなのでしょうか。今この事実(年金保
険料の未納ではないものの、意図的未納)を国民が知ったならば、国民はエホバの証人をど
のような宗教団体と見なすでしょうか?今の総理や東京都知事は、「信教の自由」の恩恵を
受けるに値する宗教団体と見なしてくれるでしょうか?それともフランスと同じく宗教法人
として不適格であると見なされるでしょうか?
今もしこのサイトを見ている研究生や疑問をもたれている方がおられましたら、是非とも研
究司会者や長老、そして巡回監督に次のようにお尋ねになってみてください。
「あなたは年金を払っていますか?」「免除申請をどう思いますか?」「それは他の人の良
心を考慮している行動と思われますか?」その答えを聞かれれば、エホバの証人の宗教が生
涯自分の信ずるに足る宗教であるかどうか自ずと判断できると思います。
最後になりますが、私がこのようなことを書くのは、会衆の成員の将来を思うからです。私
は以前から、近い将来、開拓者の中から生活保護者が多数出てくることを危惧しておりまし
たが、近年私の会衆でも年金を納めていなかったため生活保護を受けなければいけない開拓
者が出てきています。近隣の会衆も同じ現象が起きています。私の会衆では既に3人もいる
のです。恐らくこの5年以内に生活保護者が急激に増えるのではないかと思いますが、生活
保護を受けながら、他の人の命を救う音信など伝えられるでしょうか?生活保護を受けなが
ら開拓奉仕を続けていいのでしょうか?そして声を大にして問いたいのです。このような状
態を招いた責任はいったい誰にあるのでしょうか?(協会は、もちろん本人のせいとしか言
わないと思いますが)

《編集者より》
前回投稿された、長老の方からのお便りです。開拓者が自分の医療や老後の世話を他人の税金におんぶして伝道活動を続けている実態は、世界的な問題ですが、それには幾つかの反論があります。まず第一は、エホバの証人の開拓者以上に働けば働けるのに、怠けて他人におんぶする人が、エホバの証人以外に沢山いる事実でしょう。私のクリニックにも、様々な人が傷病保険の申請のために書類を作ってもらおうと来ますが、その中でエホバの証人の申請の例では、意図が丸見えの場合があります。つまり障害者の認定を受ければその後は全時間奉仕をしても生計がたつ、と踏んで、様々な理由をつけて働くことが不可能という認定をとりつけ、一度保険が下りると今度は堂々と全時間奉仕に繰り出すのです。しかし、これはエホバの証人だけでなく様々な人がやっていることで、エホバの証人だけを取り上げることは難しいでしょう。保険制度を全体的に見直す必要が世界各国であると思います。もう一つの問題は、ものみの塔組織が基本的には、「王国の目的のためなら、エホバが備えるこの世の道具は全て使え」という論法で、他人の税金におんぶすることを実質的に奨励しているからです。つまり保険料を免除されても、後で3割の給付が得られるのは、エホバが王国の便りを伝えるために与えてくれた特別の取り計らいだから、大いに利用しろ、という態度です。その裏にあるのは、自分たちがエホバの特別な民であるから、他の「世の人」とは違って、特別の権利があるという意識です。しかし、もちろん良識のある人なら直ぐ分かるでしょう。このような我田引水の選民意識こそが、宗教の人類に対する最大の害悪の一つなのです。