「自分の経験から思うこと」−現役1世

(6-25-04)

 はじめてメールします。私は現役1世のエホバの証人でバプテスマを受けて今
年で12年目になります。途中2年ぐらい開拓奉仕をしていました。40代の主婦で
子供は作らず未信者の主人と2人で生活しています。今年になりJWICのサイト
や他のエホバの証人関係のサイトを見るようになりました。

 ここ数年協会が勧める個人研究もせず、出版物も自分が読める所しか読んで
いなかったのでサイトを読むのにとても目が疲れました。久しぶりに個人研究をし
てる感じでした。”良心の危機””広島会衆””欠陥翻訳”などまた他の様々の投稿
を読み調べるうちに”自然消滅した方がいいのだろうか”考える様になってしまい
ました。

 私の勝手で申し訳ありませんが、混乱している私の頭の中を整理する為私がJ
WICに投稿するに至った経緯をお話させて頂きたいと思います。私がエホバの証
人になるきっかけは聖書の預言に興味を持ち当時研究生だった友人にA会衆の
姉妹を紹介してもらって研究し、主人の都合で引越してB会衆で結婚2年目にバプ
テスマを受けました。そして半年後に開拓奉仕をとらえ順調でした。

 そのB会衆には長老が2人いましたが私が家庭の事情で開拓を降りて数年後
にA兄弟が”疲れて”長老を降りました。それから残った権力好きのB長老の振る
舞いがおかしくなっていきました。ある姉妹から聞いた話ですが…A兄弟が長老
の時はB兄弟が変な振る舞いをしない様ある程度抑止力になっていたようです。

 ある日集会の後B長老が私を呼びその席に僕の兄弟を同伴させ私に質問し
てきました。”姉妹は他の姉妹の前でC兄弟のことを批判したそうですね”と決め
つけ前置きもなく突然言われ一瞬わからなかったんですが良く考えるとそう言わ
れれば…思い当たる発言をした覚えがある。でも批判したのではなくちょっとした
冗談のつもりだったのがなんでこんな形で突然叱責されるの?なんで長老が知
っているの?”と思い”誰が言ったんですか?”と質問しましたが答えずまるで重
大な罪を犯した者を攻めるように叱責しました。

 それで”確かに誤解を受ける発言をしたのは悪かったがこの様な形で突然叱
責されるのは聖書の方法と違います”と言ってその場を去りました。聖書は仲
間の間で問題が生じた場合は@まず当人同士で解決するよう教えています。
(つまりこの場合姉妹)それで解決しない場合はAもう一人証人を連れてきて
解決するよう勧められています。私の場合はこの@がぬけ突然Aの方法でし
かも私の発言を聞いた姉妹抜きでそのときの状況等も一切聞こうともせず関
係のない僕の兄弟を証人としておきその前で叱責されました。

 今考えると些細なことのように思いますが、当時組織を信頼していた私にと
って衝撃でした!なぜ聖書の通りに扱ってもらえないんだろう?その集会の帰
りは泣いて帰りました。そして姉妹の告げ口にショックを受けダブルショック!
そんな様子を見て未信者の主人が心配して慰めてくれました。(主人は未信
者ですが私にはとても優しい人でそのB長老と研究していたことがありB長老の
人柄を良く知っていて私が事情を話すと”B長老はそういう人だよ”と私より主
人の方がB長老の人柄をを見抜いていたことにビックリしたのを覚えています)

 そして私はB長老に問題を聖書的に扱ってもらえないのが納得できずこ
の件で巡回監督に相談しましたが納得ゆく答えは出てきませんでした。よく
考えてみれば簡単なことなんです。模範解答は(巡回監督の場合)”その
B兄弟の問題の扱い方は間違えていますね。これからは聖書の方法で扱
うように伝えておきます。”ですむと思うのですがそんな返事はありませんで
した。この時巡回の対応が変だなと思ったのですが良く考えてみると巡回訪
問のときのB長老の巡回監督に対しての態度は普段成員に対する態度と違
う振る舞いをしているので巡回も私の訴えをまともに取りあってくれないんだ
と感じました。
 
 さらに後で他の姉妹から聞いた話ですが、告げ口した姉妹はB会衆で告げ
口魔として有名でその姉妹の告げ口が原因で組織を離れた伝道者がいたそ
うです。当時私にとってその姉妹は妹のような存在で何でも話せる仲でした。
それなのに冗談で言ったことをB長老の性格を知っていて告げ口をしているん
です。本当にショックでした。巡回や長老・告げ口した姉妹にとって”聖書”と
は何なんでしょうか?何のために聖書を読んでいるんでしょうか。

 その事件以来、B会衆内ではこのB長老が権力を振りかざし物事を扱うの
でそのことに気づいた姉妹たちは影で苦情を言っていました。ただその時
感じたのですが”この姉妹たちはなんで陰で言うんだろう?””聖書をあては
め本人と話して解決すればいいのに”と思うようになりました。

 余談ですが私が聖書に感銘を受けた点の中で上記にある様に仲間の間
で問題が出た場合、”まず当人同士で解決するように話し合う…”が大変
いい方法だと感じていました。実際私自身ある姉妹がなぜか私に悪い感情
を持っているようだと感じた際にこの原則をあてはめ自分からその姉妹に
近づき誤解を解くことが出来円満に解決できました。そしてこの組織の仲間
であればこの方法で問題をスムーズに解決できるとも思っていたので姉妹た
ちが平気で陰口を言っているのは信じられませんでした。

 そうしているうちに他の会衆からD長老が越してきて何度か巡回やD長老
を交えてB長老と話し合いを持ちましたが解決にならず、挙句の果てに話し
合いはそのB長老にののしられて終わってしましました。そのB長老はどうし
ても自分の問題の扱い方が間違っていてその件で私に謝るのがイヤだった
ようです。権力をいったん持つと自分より下の一伝道者に謝ることが出来な
いという事を私はどう受け取ればよかったんでしょうか? なぜ”姉妹ゴメン
きつけつけるよ”の一言がいえないんでしょうか?そこまでして長老の威厳を
保ちたいのでしょうか?このB長老についてはクリスチャンらしからぬ話がた
くさんありましたが長くなるのでこれぐらいにしておきます。

 その後B長老は会衆の気配を感じたのか巡回に進められたのか知りませ
んが他の区域に引っ越しました。私はそんなB長老や会衆の様子をみてす
っかり仲間を信頼できなくなり集会に行かなくなりました。特に日曜日の集
会は本当にイヤでした。
 
 その理由は公開公演の内容はたいがい”クリスチャンは…すべきです”と
すすめ、ものみの塔は研究記事をもとにして兄弟姉妹が”聖書には…と書
いてあるので…します”と注解します。そんな様子を見ていると私は心の中
で”何言っているの嘘ばっかり、あなたそんなことしてないじゃん”と思ってし
まします。

 しかしそこで私はその様に心の中で思ってしまう自分がイヤでたまりませ
んでした。なぜなら協会の出版物を見ると私のように仲間に対して消極的な
見方をもってはならず許しなさいと勧めるからです。確かに聖書でそう勧め
られています。頭の中では”許さなくては…”と考えることが出来るのですが
しかし感情はそう簡単に処理できません。そうなるとそうすることが出来ない
自分を責めてしまいます。

 こんな心の状態だと集会どころか奉仕も出来なくなりさらに自分を責める
材料が増えていきました。通常全ての集会に出席していた者が集会にあま
り来ずそこそこの奉仕時間を報告していた者の奉仕時間が一桁になったら
長老が心配して慰め元気付けるために声をかけるものですが私の場合な
んの慰めもありませんでした。でも出版物には”長老は憂いに沈んだ者を
慰めます”と書かれていたり、会衆の発表で”今度牧羊します”と言ってい
るのは何なんでしょうか?しないんだったら言わないでほしいものです!

 こんな事を引きずったまま何年過ごしてきたでしょうか。いつの日からか出版
物を隅から隅へと読めなくなりました。全部読み受け入れようとするとうつ病に
なってしまうと感じたからです。出版物を読んで”この組織はここに書かれてい
ることと違う事をしている。しかしそのことには目をつぶるよう(つまり許すとい
うこと)指示されている”と考えてしまうと頭と心が壊れてしまいます。もしかした
らエホバの証人にうつの人が多いのはこうした事も関係しているのではと感じ
ます。専門家ではないので断定は出来ませんがうつ傾向の人は出版物に書い
てあることを真に受けたり、期待したりしないほうが精神が病まずいいかもしれ
ません。ちなみに私は主題を見て自分で受け入れられるような記事を読むよう
心がけています。

 そして残念なのはどんな場合でも(重大な罪以外)”許しましょう”と組織が
聖書を巧みに用いることで様々な矛盾を作り出し、私の経験に登場した、他
の人から指摘を受けても断固として謝らない高慢な長老や無神経で一般常
識のない自分勝手な姉妹たちを生み出している事実。(姉妹について話すと
長くなるのでまた機会があればお話したいと思います)またそうした精神は上
層部にも蔓延していることを知り本当にショックでした。

 ただ今のところ私はエホバとイエスの存在だけは信じていますので出来れ
ばこの組織が悔い改め精錬されてくれれば…と願っているのですが…やっぱ
り無理でしょうか?ちなみに未信者の主人の意見は”あと100年たてば組織は
分裂するんじゃないの?でもそうすると協会の主張が覆ってしまうからダメなん
だよな〜”と面白いことを言っていました。確かにこの組織が”神が用いる唯一
の組織”という主張をし続けるなら組織から分派は出さないですよね。という
ことは成員が益々減少し珍しい単なるいち宗教になってしまうと予想できるか
もしれませんね。

 なんにせよこれからの自分の身の振り方を様々な情報を吟味しつつ良く考え
たほうがいいのかな?と思うようになりました。ただこれまでのように他の人に
振り回されるのはイヤなので慎重に行動したいと思っております。

 ほとんどの真面目なエホバの証人は組織から”許しなさい””築きあげる会話
をしなさい”と勧められるため何か問題があっても我慢してしまう傾向があります。
私もこの様に心のそこから話したのははじめてです。私の場合未信者の主人が
慰めてくれましたからうつ病にもならずこれまで生きてこれたと思います。そして
この様なサイトは知らない情報を入手し時にはこうして投稿することで気持ちを
整理したり励ましをもらうことが出来ます。村本 治様もお忙しいと思いますが
サイトを運営して下さっていることに感謝申し上げます。

 長くなり申し訳ありませんでした。ありがとうございました。

《編集者より》
勇気を持って自分の心を整理し、投稿して下さったことに感謝いたします。確かにあなたの場合、未信者のだんなさんがいたお蔭で、極端に走らずにある程度バランスの取れた見方や態度をとれたことが、あなたをここまで支えてきたのではないかという気がします。あなたも書かれたように、組織に忠実なエホバの証人は、まず「誰でも不完全なのだ、許そう」という態度で、組織の矛盾にもかかわらず組織に忠実でありつづけます。しかし、「許そう」と言う組織の中枢自身がその誤りを犯し続けていることを知った時、それはもはや聖書の原則でも何でもなく、単なる組織権力の維持のために自分を正当化する美辞麗句に過ぎないことに気付きます。この過程を通ることによって初めて、この組織の腐敗の実態に目覚めることができるのであると思います。また、もう一つあなたの体験で重要なことは、組織が聖書に書いてあることを行なわず、書いてないことを行なっていることに気が付くこと、これも組織の現実に目覚めるのに重要なきっかけであると思います。今後の身の振り方は、ゆっくりと時間をかけて考えて決めることをお勧めします。あなたの場合、ご主人のアドバイスは非常に重要なのではないでしょうか。また、その後の発展をお知らせ下されば幸です。