「教えてください」−宗教の自由と恋愛・結婚の自由

(6-18-04)

宗教が自由であるということを謳うのに宗教者は恋愛や結婚を規制するのはなぜです
か?矛盾しているのでは?自由である世の中で自分たちの考えを規制し、おかしいと
疑問する者たちを差別だの偏見だのといっている根拠はどこにあるのですか?
愛を自由と語るのに何で規制するのですか?
この世界に正しい愛が存在するのであれば教えてほしいです。
愛に裏切られ愛に助けられた者より・
返答お願いします。

《編集者より》
あなたがエホバの証人とどのように関係しているのかわかりませんが、エホバの証人を含めた一般論として私の考えを述べます。先ず、「宗教が自由であるということを謳う」というあなたの前提は、必ずしも正しいとは言えません。エホバの証人の宗教団体であるものみの塔協会について言えば、確かにこの団体は外に対しては、政府や社会がエホバの証人の宗教の自由を認めることを声を大にして叫んでいます。しかし、この団体の中を見れば、宗教は自由ではありません。それは簡単でしょう。エホバの証人の宗教が唯一、絶対に正しい宗教ですから、全ての他の宗教は「偽りの宗教」であり、偽りの宗教を自由に信じたり論じたりすることは絶対に許されません。つまり宗教団体の内側には宗教の自由は一切ないのです。

この点を理解できれば、宗教団体の内部で恋愛や結婚やその他の個人的な行動にも自由がないのは当然のこととして理解できるでしょう。つまり、宗教団体の内部では、宗教についても恋愛についても、あなたの考えているような「自由」はあり得ないのです。ただし公平を期するために申し上げますが、これはエホバの証人について主に当てはまることで、別の宗教団体では、あなたの言うような「自由」を認めている所もあります。

愛が何よりも大切であることは、あなただけでなく多くの人が認めており、イエスも聖書の中で述べています。それなのに何故、ものみの塔を始めとする宗教団体の中に愛がないかと言えば、それは聖書や律法を言葉通りの上っ面だけで信じて、その背後にある人の心を忘れているからだ、と私は考えています。