「自転車野郎のつぶやき」−3

(6-16-04)

「兄弟」を辞めても時々自分は「現役」だった頃の事が夢になって現れます。たとえ組織
が嫌で何処に逃避しても根本的な事が解決されない限り、自分の中にある「心の闇」から
解決できないのかもしれません。
 「心の闇」自分にとっては根深いものであると思ってるんですが・・・他のサイトでも
少し書いたんですが、そもそも自分が組織について疑問を持ち始めたのは、共同生活して
いる仲間の兄弟が結婚している姉妹と制的な関係を持ち、審理委員会において正しく裁か
れなかった事が発端でした。と言うのも、姦淫を犯した兄弟の父親が主宰監督であり、ま
た、審理委員会における事実上の監督責任があったのです。歳の若かかった自分は組織の
中では身贔屓はないと信じ込んでいたんでしょうね。今でこそ「どんな組織でも身贔屓を
初め理不尽な事はある。」と自然に考える事ができますが、当時の自分には無理な事でし
た。さて、くだんの兄弟ですが、審理委員会は一応開かれたようですが、一切お咎めなし。
勿論、父親の主宰監督もなんの制限が課せられなかったのは言うまでも在りません。
 「私たちの奉仕の努」を初め、過去の出版物を詳しく調べましたが、調べれば調べる程、
この度の審理はとても充分とは言えない事が明白となりますが、勿論、会衆の兄弟姉妹に
聞くことはできません。そこで、それまで決していく事の無かったキリスト教書店に行っ
た時たまたま北海道広島会衆で起きた大量排斥事件について書かれた「事件簿」を入手し
たわけです。そして、自分は著者である金沢氏に直接電話し、事件の詳細について聞いた
わけです。実は金沢氏は当時自分が住んでいた所にも特開で奉仕されていて区域の人間関
係は熟知していました。そこで自分が見聞きした事について相談した結果、「充分に在り
得る。兄弟も気をつけるように。」との助言がありました。
 しばらくはなにごともなかったようにしていたのですが、ある時に直接主宰監督に自分
の疑問をぶつけてみました。その時はなんでもなかったのですが、数週間後、正規開拓者
としてふさわしくないと言う理由で一方的に立場と特権を剥奪され、会衆の取り決めとし
て正規開拓者達が共同生活を行う「開拓者の家」からも追い出されました。すぐに安いア
パートに移動はしたものの精神的に非常に不安定になりとうとう精神病院に受診したとこ
ろ「重度の神経衰弱。ノイローゼ」としんだんされ、入院しました。およそ三ヶ月の入院
中、何故自分がこのようになったのかを必死で考えたのですが、どうしても分かりません。
確かに自分は「兄弟としては模範的だったとは思いません。トロイ兄弟でもありました。
しかし、それは開拓者を降りなければいけないほど、邪悪な事だろうか?」と考え、次第
に自分を否定し、組織や兄弟姉妹を呪うようになってきました。
 その頃の自分に限界が来ました。医学的には病気は消失した。と宣言されたにもかかわ
らず、心の中は少しも晴れませ。退院後、長老の訪問が度々ありましたが、励ましてもら
うのではなく、結果は反対でした。絶える事が出来なくなった結果、自転車での現実逃避
が始まったわけです。組織から逃げる事が出来れば何処にでも行くつもりでした。
 普段の自分は明るく過ごしている方だと思うのですが、気持ちの底辺には強い憎しみと
どうしようもない邪悪な心が存在します。自転車旅行も根本的な解決にはなってはいない
ようです。多分、生涯にわたって自分はこの正確と付き合うのだと思っています。しかし、
ネットを通して、自分以上に苦しんでいる人達が存在する事を知りました。自分にとって
はある意味救いです。有難うございました。

《編集者より》
あなたが組織を離れたいきさつが、これでよくわかるようです。ここで気がつくのは、最初に素朴な組織に対する疑問を持った人に対して、組織に忠実な証人たちがすることです。ここに書かれている投書の中にもありますが、疑問を持つ人間に対して罪悪感と劣等感とを植え付け、罪の意識から心神耗弱状態に追い込むことです。それは陰湿な形で行なわれるので、心の病に陥る本人は何故なのかよく分からないということがあるようです。その回復過程で、あなたのように目が醒めて組織を離れられる人もいれば、組織に「温かく」再び迎え入れられ、エホバの証人として再出発する人もいるわけです。この違いは、夫々の人の人格、置かれた環境などによるのかも知れません。もしかしたら、自転車は少なくともこの部分では一定の役割を果たしたのではないでしょうか。