「奉仕時間を入れる」

(6-15-04)

  先日渋滞中の車内からふと路地を見ると、目立った一群が目に入りました。
スーツ姿の一人の男性に、日傘を差し、やや大きめな鞄を持った数人の女性達。話しに夢
中になりのんびり歩く姿。
それは、エホバの証人が伝道している風景でした。
以前、自分がその中にいる時には余り感じませんでしたが、こうして見るとかなり目立っ
ています。今では外からその姿を観察できるようになり安堵感でいっぱいです。

  ところで、エホバの証人の伝道は端から見るとちょっと変わっています。
普通、信者を集めたいという明確な目的があるのなら、それに向かって効率良く働こうと
考えるのでしょうが、エホバの証人はそうではありません。
  特に開拓者は、いかに効率悪く動くかということに心を砕いています。
というのも、基本的には関心のある人を見つけて信者にするのが目的ではありますが、そ
のこと自体に明確なノルマがあるわけではないからです。唯一のノルマは報告する時間だ
けです。
ですから、家から家の奉仕では家々を訪問するより、世間話に花を咲かせながらダラダラ
と歩く時間が長くなります。また、再訪問等でもやはりなるべく多くの時間を報告したい
が為、移動時間が非常に長くなります。

  開拓者の中で良く交わされる会話に、「今月、あと何時間入れなくちゃ」というものが
あります。
以下に私が実際に経験した、典型的な開拓者の会話をあげてみたいと思います。
8月のある日道端で正規開拓者の奉仕監督と出会い…
私  :「いやー、兄弟。暑い中奉仕ですか、ご苦労さんです。」
奉監:「いえいえ。まだもう少しなんですよ」
     (奉仕年度の要求時間をまだ達成していないという意味)
私  :「あれっ、今日は歩きですか?」
奉監:「(汗を拭きながら)車だとあっという間にまわってしまって、時間が入らないから、
     歩いてやってるんですよ」
私  :「…頑張ってください」

  しかし、考えて見ますと仕事や勉強など、あるいはボランティア活動をしていても普通
「時間を入れる」という概念は無いと思います。目的達成の為にそのことに携わるだけで
あって、どれだけの時間関わったかは後からついて来るものだからです。

  この「時間を入れる」という表現に、私は現役時代から違和感を感じていましたが、実
際に王国宣教などを見るとこうした表現が出ているので仕方が無いのでしょう。
  例えば、98年7月号の王国宣教には、
「開拓者が時間を入れる点で遅れることはあり得ます」
「経験ある開拓者は、奉仕年度の早いうちに時間を余分に入れるようにしています」
とあります。
  
  しかし、時間を入れるという考え方を持つことは必要なのでしょうか。
  伝道をする動機は、神への愛そして隣人への愛のはずです。本来、一人でも多くの人に
純粋な動機で真理を伝えたいと思えば、時間を入れる云々ではなく、むしろ効率良く動き、
時間を有効に使い、創意工夫し伝道活動に携わるはずです。
今日は、3時間やらなくちゃといってダラダラと伝道するのではなくて、効率よく行い、
結果としてもしそれが1時間で終わったら、余った時間を別の建設的事柄に費やせば良い
のではないでしょうか。また、身体的・精神的に疲労を感じたら、すぐ引き上げるなり休
憩するなりして、無理にダラダラと活動を続けることはないと思います。
  しかし、そうすると開拓者としての報告時間が少なくなり時間のノルマが達成出来ない
ので、実際には効率の悪い動きをするしかないのです。近年の伝道活動のしにくさを考え
るとこの傾向はいつまでも続くでしょう。
  この点である巡回監督は再訪問・留守宅訪問などを行なう時は、自宅から近いところか
ら始めて、出来るだけ大回りするコースを選び最後は自宅の近くで終えるという、実際的?
な提案をしてくれました。また、ある開拓者の長老は、今日は再訪問するところが3件し
かないけれどこれで絶対2時間もたせるんだと言って、殆ど家の人との会話が出来ないに
も関わらず、実際じつに上手い効率の悪い動きによってそれを実践したりしていました。

  考えて見ますと、こうした非効率的で時間だけ束縛する動きは、新しい信者獲得よりも
むしろ現在の信者自身が勧誘活動に参加し帰属意識を高めるという、マインドコントロー
ルにおける解凍・注入・最凍結の最凍結の役割が大きいような気がします。
  新しい信者を獲得することが困難になって来た今の時代、現在の信者を目覚めさせずに
組織に留まらせる為に、あまり刺激のない伝道に長時間携わせるのが一番良いと、協会は
考えているのかもしれません。

《編集者より》
エホバの証人の生活の主要な部分を占める野外奉仕の時間報告制度は、第二代会長のラザフォードの時代の1920年頃に、信者の伝道意欲を亢進させ、競争意識を植え付けるために、政治感覚に鋭いラザフォードによって考案され、それ以来一貫してこの組織の中核となる宗教活動となってきました。あなたが書かれているように、その根本的なねらいはラザフォードの時代以来、常に伝道活動を高揚させる「マインドコントロール」の道具とすることでした。しかし、この制度はあなたも指摘されているように、エホバの証人の宗教活動の空転と信者の疲弊と思考停止をもたらすだけでした。これは「エホバの証人の世界統計」のページを見ていただければ分かりますが、日本では一人のバプテスマを得るのに(つまり一人の信者を獲得するのに)1万8千時間の奉仕時間が必要とされています。これは一人の伝道者が毎日、朝から晩まで10時間伝道して(睡眠時間や食事やある程度の休息時間を除いたとして)1800日、つまり土曜日曜も休まずに伝道して5年もかかることを意味します。たとえ5人の人が一緒に力をあわせても、一年はかかるのです。こんな効率の悪い仕事はありません。それを承知でこのような仕事をやらせる協会も、やる方のエホバの証人も、共通のゴールはただ一つ、時間数で表示された量の奉仕を神に対して行なっているという自己満足でしかありません。このエホバの証人の行動は、聖書のマタイ23:15の次のイエスの言葉をそのままそっくり行なっているとしか言いようがありません。

偽善者なる書士とパリサイ人たち,あなた方は災いです! あなた方は一人の改宗者を作るために海と陸を行き巡り,それができると,これを,自分に倍してゲヘナに行くべき者とするからです。