元2世の会衆内での体験

(5-4-04)

はじめまして。今回はじめて投稿します。
私のJW2世としての経験や、また意見を述べさせていただきたいと思います。

私は現在22歳の大学生で、両親ともにJWです。
母は私が生まれた頃からJWで、3歳年上の兄とともに厳しく育てられました。
父はその後研究をはじめ、私が小学校に入ったときには奉仕の僕でした。
JW家族として一番順調だったのは小学校高学年の頃でしょうか。
兄は中学1年でバプテスマを受けましたし、JW家族としては一番幸せな時期だったよ
うに思えます。
しかし私が中学2年当時から、会衆内の問題が次々と生じ、それを期に私もJWに疑問
を感じ、高校入学と同じに段階的に離れ、今に至っております。

我々の会衆は、巡回区内でも有名な、若い人の活発な会衆でした。
地域監督が大会で紹介することもあったほどで、非常に活気に満ちた会衆だった気が
致します。
会衆内には家族が多く、しかも子供の年齢がみな近かったこともあって、みな仲良
く、切磋琢磨しておりました。
確か当時14〜20歳の世代には約20名の成員がいたと記憶しております。
そのほとんどがバプテスマを受けており、受けていないのは私を含め3名だったと思
います。
しかし今では、その中で現在も奉仕しているのは4名ほどです。
私は離れましたが伝道者にもなっていませんでしたので、今でも何名かとは交友があ
ります。

当時、会衆の17〜20歳の兄弟姉妹たちは、私生活でも仲良くしていたようです。
まず、その中で中心的な人物であった19歳の兄弟が排斥されました。
その後、18歳の2人の姉妹が排斥され、さらに、私と同い年の兄弟が排斥となりま
した。
理由については知る由もありませんでしたが、私と同い年だった兄弟は、19歳の兄
弟ととても仲良くしていていましたし、二人でタバコの話を楽しそうにしていたのを
覚えています。
また、長老より会衆外での交わりについての話が後日ありましたので、排斥がそのよ
うな理由だということは誰でも予想できました。
毎週毎週、奉仕会の最後で排斥の発表がある。そんな異常な状態だったのです。
しかしその後も脱退者が相次ぎ、兄の世代の兄弟姉妹たちは次々と集会に来なくなり
ました。
たった半年で、4名の排斥者と6名の脱退者を出したのです。
その後、巡回監督の訪問などを経て、2名の長老は奉仕の僕となり、新たに3名の兄
弟が長老として赴任されました。

私はその原因が、単に彼らの過ちだけにあるのではないと思っていました。
会衆には、中学生で伝道者・バプテスマを受けるのが望ましい、という空気が出来上
がっていたからです。
むろん、排斥された兄弟姉妹たちもみな、中学生のときにバプテスマを受けていまし
た。
しかも同年代の仲間とともに受ける傾向にあり、私と同い年の2人の兄弟も、伝道者
になった時期もバプテスマを受けた時期もまったく一緒でした。
それは切磋琢磨というよりは、一種のライバル意識のようなものでした。
実際そのような発言をよく耳にしましたし、私も伝道者にならないことで会衆の成員
からよく言われました。
それは「○○くんもなったんだから」とか「もう中学生だから」という理由でした。
個人の意思はそこにはなく、親のメンツというものも絡んでいました。
それに私は、伝道者になるということはバプテスマを受けるのと同じことだ、と考え
ていましたので、そのような安易な動機で伝道者にはなりたくありませんでしたし、
そのように勧める会衆の成員にも疑問を抱いていました。

そんな中、また一人の兄弟が排斥となりました。
その兄弟は奉仕の僕として、講演も定期的におこなっておりましたし、さらに会衆の
一姉妹との婚約を発表したばかりだったのです。
さらに、私が仲良くしてもらっていた別の若い兄弟も、排斥となりました。
彼の排斥には、非常にショックを受けました。
しかもその兄弟に対する一部の姉妹たちの噂話などを耳にし、とても不快な気分でし
た。
一部の姉妹たちは、よく「羊」と「やぎ」という表現を使い、「あの人はやぎだ」な
どと言っていました。
いままで仲良くしていた兄弟姉妹に対して、排斥ということだけでそのように扱う成
員が多いことに、私はがっかりしました。
また、さらに私の兄が脱退しました。
兄は同世代の排斥された兄弟姉妹たちと連絡を取り、もう一度集会にくるようにと勧
めていたのです。
排斥後に一切の接触はしてはいけないのは承知でしたが、兄は彼ら排斥者に対する元
・長老や新しい長老の対応に不満を持ち、独自の判断で行動していました。
しかし彼らを完全に組織から排除しようとする彼らの方針に真っ向から反対したた
め、兄もまた排除されたのです。
兄はそれに落胆し、みずから脱退届を出しました。
父は奉仕の僕を降り、すべての特権を手放すことになりました。

結果的に、我々の会衆は2年間で7名の排斥者と、7名の脱退者を出したのです。
私は兄の事情をすべて知っていましたし、私個人でもよく考えた末、離れる決心をし
ました。
私は長老に、神権宣教学校をやめる、と告げました。
思ってもいないことを人には言えない、と思ったからです。
また同じ理由から、野外奉仕もしない、と告げました。
JWの組織のやり方や、その二面性、またころころと変わる教義に嫌気がさしたので
す。
父は18歳までは集会に来るように言っていましたが、私はもう行きたくありません
でした。
当時我が家は書籍研究の会場となっていたので、それだけは出ると告げました。
そして高校2年までは、書籍研究に出席していました。

私がいたこの会衆の出来事は、JW2世が安易な決断によってJWとなってしまったゆえ
に起こったものです。
今JW2世の方々に言いたいことは、伝道者やバプテスマを受ける前に、どうかもう一
度考えてほしい、ということです。
これは人生の決断なのです。
受験や結婚などよりも大きい、人生の決定だということを忘れないでください。
私も、伝道者やバプテスマを受けていれば排斥されていたかもしれません。
今となっては私の会衆にみられたような、回りの流れですべてを決める、ということ
がなくてよかったと思っています。
親はJWとなることが一番最良な道である、と確信しているゆえに、子供にもそれを期
待します。
私ももし1世としてJWの生き方が最良だと判断したなら、子供にもさせると思います
し、他の道に行くことを阻止しようとするでしょう。
親はすべて子供を思う善意によって、子供にJWとして生きることを勧めるのです。
しかし、すべてを鵜呑みにして受け入れてはいけません。
疑問が残ることがあれば、それをすべて解決してください。
誰から何を勧められても、最後は自分の意思であるということを覚えておいてくださ
い。

長々と、すいません。
どうもありがとうございました。

《編集者より》
貴重な体験談と助言をありがとうございました。あなたの会衆の状況を見ていると、日本のエホバの証人の数が急成長した後で、下降を続けている、その末端の姿が見えるように思います。1980年代から90年代の前半の急成長期には、「波に押されて」伝道者になりバプテスマを受けたエホバの証人も多かったようですが、あなたの体験にあるように、熱が冷めて現実が見えるようになると多くの人がやめていっているようです。あなたのおっしゃるように、バプテスマを受けるということは非常に大きな人生の決定で、人の一生に後々まで影響してきます。バプテスマを受ける前には、二度も三度も自分の理解と意思とを確認し、広い目、長い目で見て、これが本当に自分のやりたいことなのかをよく考えてから進まれることをお勧めします。