「外地在住の一日本人のエホバの証人に対する考察」

(2-19-04)

はじめまして。
突然のお便りを失礼致します。
私は現在フランスに在住しております。この地でもエホバの証人やモルモン教の方々
が西に東にあらたな、信者を求めて活動をされております。

はじめに申し上げておいたほうが明確でしょう。私は、日本で浄土真宗の一檀家とし
て生育されました。結婚した相手は英国教会のメンバーで、ご存知でしょうが、全く
宗教的には熱心では在りません。
現在大学に戻りまして、心理学を専攻いたしております。

子供が居りますが、宗教は自分で選択するものと、色んな宗教の教義と経済的バック
グラウンドと教育などの点の見解を説明しております。

我が家にもエホバの証人が型どおりに2人連れで、雑誌を手に一緒に考えようと訪れ
てくださいます。私はこういう方々を観察するのが非常に興味深く、楽しませていた
だいております。
私は先ず、このようにわざわざいらしてくださって、本当にラッキーだと拒否の姿勢
を示しません。
始めには絶対に反論をしてはいけません。
その後の彼らの視線をご覧になってくださいませ。 先ずこういう方々はお一人が話
を進める進行役を取ります。もうお一方は後ろで、ハーモニーを奏でるようにうなず
いたり、同調を示すボディランゲージをなさいます。
その話しを進めている方は、色んな方々から嫌悪の表情を示されて心は可也、ひねく
れた状態になっておられます。だまされるまい、逃げられるまいという表情の下の感
情がよく見えます。

彼らの考える世界観というのは全く独自の見解があり、非常に興味深いものが御座い
ます。このエホバの証人の信者になるのは全体的に見て如何なる学歴の方がいらっ
しゃるのでしょうか?
どうも私の経験では、各家庭を回る布教に回る方々は。どうも人生に疲れた感じの中
年層が多いような気が致します。この点はいかがでしょうか?

この方々の興味深い点は自分を囲む社会を敵として意識していること。現在の生活や
経済的な不満は、自分が正しいことをしているが故の外的な脅威として認識されてお
ります。
二分化をはっきりと行い、味方と敵としての意識しかないこと。
布教は話しを聞いた点で、その人間の心配事が大きくなるような不安感を与えるよう
なネガティブな言葉を選択して話せれる。しかし、この点は彼らが意識して選択する
言葉ではなく、彼らの持つ世界観が恐怖を持ったものであろうと想像いたします。
訪問は彼らの好みの時間に行われ、そのターゲットになる人間が在宅しているかどう
かは、問題にはされて居りません。
始めは何度かたずねて来ますが、3度目くらい前回置いていった雑誌は読んだかと、
強い確認を取る様になります。
こういう時私は、色がきれいで本当に楽しく読ませていただいた。その雑誌について
あなたの考えを利かせて欲しいとねだります。
彼らは世界中の恐怖や心配事を、このエホバの神のみが救うことが出来ると力説いた
します。
それに対して、何故そう考えるのかを尋ねます。
決して唯単に彼らの思いを引き出します。

決して同意することはありませんが、小さなことでは同意を致します。そして一番大
切なのは彼らは自尊心が非常に低い状態にあるということです。

私のケースですがこういうことを何度か繰り返すと、何故か彼らは訪れなくなりま
す。私は何時も時間が有るときはこういう方々の話を聞きます。

ロンドンに住んでいる中国人の友人は英語の練習に最適だと言うことを言っておりま
した。決して、ハイ分かりましたと言わなければ、唯で英語が学べるといっておりま
す。

しかし、明確なカルトに対する表現ですっきりと説明されておられますので、勉強に
なりました。
ありがとう御座いました。

《編集者より》
エホバの証人を宗教として研究するのでなく、その信者の人間を観察するという態度で接していられるようで、面白い見方だと思いました。エホバの証人の学歴ですが、組織がごく最近まで高等教育をほぼ禁止していた関係で、一般に信者の学歴は他の宗教に比べてかなり低いと思います。従って、彼らは聖書と教義の勉強では優れていますが、高等教育で教えられる批判的、分析的な思考の訓練がなく、一歩下がって全体像を見渡すという態度をとることが苦手である一つの原因となっていると思います。(そしてそれこそが、ものみの塔協会が信者に高等教育を禁止した本当の理由なのですが。)信者の年齢は、様々であると思います。「人生に疲れた感じ」は、家から家への空しい伝道活動に駆けずり回るエホバの証人に多かれ少なかれ共通に見られる特徴だと思います。不安感と恐怖を植え付けて、それを元に「地上の楽園」の願望を駆り立てて信者にするのは、エホバの証人の常套手段で、あなたの観察どおりであると思います。ただ、「自尊心が低い」というのは、私には分かりません。多くのエホバの証人は自分が信者であることを、少なくとも内心では誇りに思っており、組織にも絶対の信頼を置いていますので、そういう意味では自尊心が低いとは言えないかも知れません。しかし、宗教を取り去ると何も残らないというのがエホバの証人のほとんどの実態ですので、そう言う意味での自尊心はないかもしれません。