「堅苦しい格好をするのはなぜ?」

(2-2-04)

 あいかわらず兄は週3日出かけますが、その際は背広を着て身だしなみを整えます。営
業マンのような格好になります。最初そのことは気をとめませんでしたが、いちいちなん
でそういうことをするのか疑問に思いました。もう見知った連中と会うのですから、ラフ
な服装をしていけばよいのでしょうが、そういう姿で行ったところを見たことがありませ
ん。
 イエスが信者に対して、教団のどんな集まりでも身なりを正装にしろとか言われたので
しょうか?ペテロ、パウロなどの聖人は、例えば野良着で集まりに来た信者には、正装で
来るように促したのでしょうか?
 堅苦しすぎる感じがしますし、そういう正装していくことが大事なのでしょうか?

《編集者より》
あなたも既にお気付きだと思いますが、エホバの証人は外見がどう見えるかということを非常に気にしています。自分たちが「世の人」の外見を見て判断を下すように、自分たちも外見で判断されると信じています。従って、服装に限らず、振る舞いなど外から見える部分に重点を置いているのです。次の「王国宣教」の教えはこの点を端的に述べています。

*** 宣 97/6 4 1997年「神の言葉に対する信仰」地域大会 ***
エホバに喜ばれる飾り: エホバの民は世界中で見せ物になっています。(コリ一 4:9)わたしたちは大抵,服装や身なりの点で立派な規準に従っていることで知られています。テモテ第一 2章9,10節やペテロ第一 3章3,4節にある聖書の原則を当てはめた結果,クリスチャン会衆と交わり始めたころとは風さいが大きく変化した人は少なくありません。これは,世に見られる服装や身なりの規準がしだいに低下しているのとは著しい対照をなしています。わたしたちは,風変わりな服装をしたり,世で流行しているヘアスタイルを奨励したり,慎みのない服装をしたりして,風さいの点で世の人のようにならないよう用心したいものです。わたしたちの模範的な服装や身なりは,大会に出席する新しい人たちにとって,クリスチャンはどのように身を飾るべきかを理解するのに役立つものであるべきでしょう。