「証人に傷ついて今は幸せなひとり」を投稿された方に

(12-21-03)

 私は、会衆の中で傷ついた事をきっかけに、成員達を誤導してきた組織の
偽善に気がついた、現役証人の一人です。 
 
 私にも証人になるべく育ててきた二人の子供達と研究生だった夫がいます。
幸いに彼らが証人になる前に、「何か変」だという事に気がつき、安全圏に逃
れることが出来ました。
 
 今思えば、以前から薄々「何か変」と感じながら、組織から次から次へと提
供される出版物、集会、奉仕への参加をこなす事で時間を忙殺され、思考を
停止させられていたことをいやというほど思い知らされます。
 確かに、私も組織の被害者だった、と同時に、それに気がつかず言われる
がまま、幼い頃から子供達に、あの厳しい鞭打ちを行い、集会や奉仕に引き
ずりまわし、ハルマゲドンで滅ぼされると脅迫しながら「いい子」を強要してき
た加害者でもありました。
 その事で子供達の心を傷つけて来たことに気がつき長いこと苦しんできま
した。
 
 あなたの投稿を読みながら、その事を再度思い起こしました。
あなたのご両親の辿られた経緯が私のそれと、良く似ていたからです。
 
 私の場合、」苦しんできた長い日々の中で、辿り着いた結論は、『悔い改
めの真の意味は、再び同じ事を繰り返さない』ということです。
それは原因の究明と、間違いの経過をたどることによって、二度と再び同じ
轍を踏まない事によって成されると思いました。
 
 私はなぜ、このような宗教に足を踏み入れてしまい、なぜ長いこと組織や
教えの偽善に気がつかずに、しかも愛のあるはずの組織の中で、災いに
合ってしまったのでしょうか。
 
 私は私の原点を知るために、人が成長過程に身につける様々な不健全な
思考や行動の型について学びました。
 その結果、私が幼い頃から親からもらえなかった、無条件の愛や承認を求
めてエホバの証人の組織に入ってしまったこと、そしてそれが唯一もらえる
と堅く信じていた組織にとどまること、それが自分が自分として生きる唯一
の道だと思い違いをしていたということを理解しました。
 
 無条件の愛や承認への渇望、その原因がそこに存在する限り、たとえ私が
この組織に入らなかったとしても、他の不健全な形で、自分自身や子供達を
傷つける何らかの方法をたどっていたであろうことが理解できました。
 つまりは、悲しい人間の性というか、そこには必然があって、避けられないこと
だったということです。
 私を育ててきた親達も、私同様、同じ必然があって無意識のうちに私を傷つ
ける子育てをしてきてしまったのでしょう。
一つの欠乏が次の欠乏を生み、世代連鎖で受け継がれて行ったのです。
 
 皮肉なことに、協会が教えている「アダムの罪の結果」の一つがこの組織の
誕生だったのでしょう。
 
 世の中の他の人達も、多かれ少なかれ私と同じような経験をしているので
はないでしょうか。
 犯罪を犯す人、子供を虐待する人、離婚や不倫。そこまで行かなくても、
子供に自分の欲求を移し変えて、期待という重圧ををかけて育てること。
自分自身の中に自分の価値を見出せなくてブランドを買いあさる人達。
流行といえばすぐに飛びつく人達。一人でいることに耐えられなくて、しがみ
つく携帯電話の危ないサイト。宗教も、その中のひとつです。
 ただ、この宗教はあまりにカルト的で、あまりに多くの人達をそこに縛り
あまりに犠牲を強います。
 あなたを始め、二世の方々が傷つき、怒り、許せないと感じるのももっとも
なことだと思います。
 
 でも、自分の経験から思うのです。
恨み続けることは、解決でもないし、解放でもない。逆に縛り続けられ、
犠牲になり続けていることだと。復讐のために幸せになったところで後に
何が残るのでしょう。
 
 この組織は用意周到ですから、まだしばらく生き続けるでしょう。誰も
謝罪はしてくれないでしょう。
たとえ謝罪がなされたところで、たとえあなたが証人達を振り向かせる
程の成功を収めたとしても、あなたの心に恨みが残っている限りA
あなたの心が癒されることはないと思うのです。
 天を恨んで、天に唾を吐きかけても、自分に向かって落ちてくるだけな
のではないでしょうか。
 
 この組織は、人間の不完全な心が作り出した実態のない化け物の
ような物です。どんなに呪っても、恨んでも、人々の心が真の愛で満た
されない限り、なくならない化け物です。
もし仮にものみの党協会が崩壊したとしても、第二の協会が出没する
でしょう。オウムみたいに。
 
 自分の心に空洞があって、ブランドを買いあさって破産に追い込まれ
た人が、不当な儲けを得ているブランド会社を憎み、潰すことをもくろんだ
所で(そんな事はできないに決まっていますが)何の慰めも得られないの
と同様、あなたが、組織を憎み恨み続けても、何も手には入らない。
 
 確かに、組織に先に入ったのは、あなたの親で、あなたはただ付き合って
来ただけなのかもしれない。
でも、あなたも親と同じ一人の人間として、その親の「弱さ」から自分自身も
何かを受け継いで来たのではないですか。
受け継いでしまったこと自体あなたの責任ではないかもしれませんが、その
「弱さ」はあなたの物です。
 その「弱さ」を見つめることで、あなたはそこから卒業できるようになるので
はないでしょうか。
 
 ブランドを買わずにいられなかった自分の心の弱さを、高い自慢のバッグが
支えてくれたように、組織から出ることができたその日まで弱い自分を支え
てくれていた会衆に、今のあなたの「強さ」はありがとうが言えますか。
自分の「弱さ」を認めることが出来るほど、あなたは「強く」なりましたか。
 その事を自分自身に問うことが真の解決ではないでしょうか。
 
失ったものは多かったかも知れませんが、私達が今まで受けた愛や、
辛かったかもしれないけれど与えられた知恵に感謝で心が満たされる時、
私達は本当の意味で勝利するのです。
 
 心の恨みを残して犠牲者が出ることを待つのではなく、愛に満たされて救い
の手を差し伸べることのできる自分に変化することが、こんな犠牲を強いる
不健全な化け物を追い払う唯一の道ではないでしょうか。
 あなたのお母さんがなさろうとしていることや、こういうサイトを作ってくださった
好意の動機はそういうところにあるのではないかと心から思うのです。
 
 間違った教えだったかもしれませんが、この組織を通じて、奇しくも私達は神
や聖書について知ることができました。
 そして、神が真に望んでおられるのは、聖書が教えようとしているのは、そう
いうことではないでしょうか。
 組織を変えることはできません。人を変えることもできません。でも幸いなこと
に自分と、自分の生き方だけは変えることが出来ます。
 私達はそれぞれ自分の荷を負うのです。そしてその荷をイエスが共に担って
くださるのです。
 
あなたの癒しの道はまだまだ遠いのかもしれません。それだけ傷は深いのか
もしれません。でも、自分自身を見つめるなら、必ず来ます。
嘆きも叫びも苦痛ももはやない日々が・・・・

《編集者より》
これは「エホバの証人に傷ついて今は幸せなひとりより」に対する投書です。私も元エホバの証人や二世の方々には、過去にこだわってものみの塔による心の傷のとりこになるのではなく、前向きに新しい人生の方向を見つけることを勧めて来ました。あなたのおっしゃることと共通するかもしれないと思います。元エホバの証人としてのその特殊な体験を活かして人の為になることがあるとすれば、それは後に続くエホバの証人への心の支援と助言であり、エホバの証人問題の世間への社会問題としての喚起でしょう。これらの活動は、元エホバの証人という特殊な体験を持つ人々にしかできない貴重な活動だと思います。