「JWで良かったこと」

(12-3-03)

はじめまして、15年前にJWを辞めた元2世です。いつも楽しく読ませていただいておりま
す。

「読者の広場」を読んでいて思うのですが、元JW2世の方からの悲観的な意見が多いです
ね。「JWのせいで人生台なし」みたいな…

確かにその気持ちは分からなくもないのですが、自分の過去をそこまで完全否定しなくて
もいいのでは?、と思います。

JWを完全肯定するのが極端なように、完全否定するのもまたひとつの極端ではないでしょ
うか。行き着くところそれは、なんでも善悪で二分化してしまうJWと同じ心理構造だ、と
思います。(続)

まぁ、JWやめて15年も経つからこんな悠長なことが言えるのかもしれませんが、元JW2世
の方には、JW2世だったことのメリットも忘れないでほしい、と思います。

JWだったことのメリット…。自分の場合それはやはり、聖書にあまり縁のない日本で、聖
書に馴れ親しめたことです。聖書という名だたる本についてそこそこ知っているなんて、
すごいことではないでしょうか? もちろんもう一度勉強し直さなければならない点も多
々ありましたが、ノアの洪水だったり、イエスの生涯だったり、壮大なドラマを幼いころ
に学んだことは、(続)

自分にとって非常に大きな財産です。

また、成長期に、比較的善良な人たち(少なくとも、自分の周囲にいたJWはいい人が多か
ったです)と交われたことも、今思うと、良かった点です。

物事を考える力も身についた気がします。自分を褒めるみたいで恐縮ですが、即物的にで
はなく、精神的な部分を大事に考える傾向がいまだに強く、聖書を基点に仏教についても
調べてみたり、精神的にも豊かに過ごせている(?)ように思います。(続)

もちろんデメリットもあります。学歴もないし、性格もいまだに人に溶け込みにくいし、
育った家庭環境も複雑だったし…

でも、それはそれ。JWで良かった点も考えると、それほど不幸なこととは思っていません。

恨むでもなく、悔いるでもなく、バランスよく物事を見るとき、初めてJWから自由になれ
るのだ、と思います。

結果的には間違った道だったとしても、かつて自分が一生懸命に生きた歳月を全否定する
のは、哀しすぎますよね。

(続)

JWにどっぷり漬かった自分自身をその呪縛から解き放つのは、たいへんな作業です。でも、
だからこそ安直に悲観的にならないでほしい。ちゃんといい点もあるのだということに、
目を向けてほしい…

せっかく有益なHPが、ただの憂さ晴らしや不幸自慢の場にならないことを願います。

なんか偉そうなことばかり書いてしまい、すみません。

お忙しい中、読んでいただき、ありがとうございました。お体に気をつけてお過しくださ
い。

では失礼いたします。

《編集者より》
基本的にはあなたのおっしゃることに賛成です。過去の誤りや災いにいつまでもこだわりを持って、それを恨んだり悔やんだりして人生を過ごす人と、その過去の中に何か有益なものを見つけて積極的に人生を過ごす人とがいる事実は、何も元エホバの証人の世界に限ることではないと思います。これは個人個人の態度や心の状態によるのであろうと思います。ただ、いかにエホバの証人であったことによい点があったとしても、それがものみの塔協会の欺瞞や虐待を正当化することに使われるべきではなく、人々をエホバの証人に引き込む材料として使われるべきではないということは強調されるべきでしょう。日本の戦前の軍国主義の教えの中にも多くのよい点があったとよく言われます。その点を強調する人々はともすると、その軍国主義に戻ることを望んだり勧めたりするものです。いかによい点があっても、それが軍国主義を正当化するものでは決してないことを決して忘れてはならないと思います。