「クリスマスの思い出」

(11-27-03)

  街にクリスマスのイルミネーションが輝くこの季節になると、毎年思い出すことがあり
ます。
 
  私が3、4歳の頃は、家で毎年クリスマスを祝っていました。
当時私はサンタクロースの存在を信じていました。そして、父からは「プレゼントを持っ
て来てくれるようにサンタさんにお願いしてきてあげるよ。何が欲しいんだい?」と言わ
れていましたので、数週間前から自分の欲しいおもちゃのTVコマーシャルを見せては
「これだよ!これ!サンタさんにちゃんと言ってね!」と毎日のように繰り返していまし
た。
  クリスマスイブの日は朝から母と一緒に小さなモミの木に綺麗な飾り付けをして過ごし、
夜にはお決まりのケーキを父が買ってきて母の手料理と共に、ささやかながら楽しい夕食
のひと時を過ごしました。そして、床につく時には自分の靴下を枕もとに置いて「この靴
下じゃ小さいけれど大丈夫かな」と心配しながら眠りについたものです。
  そして、翌日はそのサンタさんからのプレゼントで一日中遊んでいました。

  時代は変わりそれから数年後のこと、母はエホバの証人と出会い研究に応じていました。
私は小学生でその時クラスのクリスマス会の準備に携わっていました。それぞれが分担し
て飾り付けに使うものなどいろいろな物を持寄ることになりましたが、何か音楽が必要だ
ろうということになりました。丁度その頃、叔母からクリスマスのレコードを貰ったばか
りだったので「僕が新しいレコードを持っているからそれをもって行きます」と申し出て、
私はレコードの係ということになりました。
  家に帰ってそのことを母に話すと、しばらく考えこんでから○○さん(研究司会者)に
相談してみると言いました。それまでにエホバの証人はクリスマスを祝ってはいけないと
いうようなことを聞いてはいましたが、まだその頃は学校でのクリスマス会が問題になる
とは思っていませんでした。
  数日後それぞれが準備した物を持ちより、クリスマス会の段取りなどを打ち合わせるこ
とになりました。私はレコードを忘れずに持っていかなくてはと思い用意しようとしまし
たが、昨日まであったのに家中どこにもありません。おかしいなと思い母に尋ねると、な
んと「捨てました」とのこと。そして、慌ててゴミ箱を探すと確かにバリバリに割られた
レコードが出てきました。「イスラエルの民は持っている偶像を集めて徹底的に打ち壊し
たのよ。クリスマスはサタンだからそれに類するものは完全に捨てなければならないのよ」
  あまりの出来事に私は大泣きして抗議しましたが、割られたレコードが元通りになるわ
けはありません。しかし、クラスで持っていくと宣言した以上今更断るわけにはいきませ
ん。なんとか自分の小遣いで同じ物が買えないかと考えましたが、子供にとってそんな大
金はありませんでした。
  翌日、学校に行って準備をする段階になって私がレコードを持ってきていないことが分
かると、先生は忘れたのかと聞いてきましたが、私はただ俯いて涙を流すしかありません
でした。結局、先生と友達は訝しい顔で私を見、急遽別の人がレコードを持ってくること
になりました。翌日のクリスマス会に参加はしましたが、私の胸の痛みは残ったままでし
た。

  ここ数年は、妻と共に別に如何って事ないささやかなクリスマスを過ごしていますが、
楽しく、そして哀しい思い出を今でも忘れることは出来ません。

《編集者より》
エホバの証人になった家族の劇的な人格変化は、多くの家族の人々の心の傷として残っています。多分レコードの次は毎年使っていた、家族の思い出が残るクリスマスの飾りつけではないでしょうか。こちらアメリカでも、クリスマスツリーの飾り付け(オーナメント)は、夫々の家に伝統的に伝わる大事なものであることがあります。エホバの証人になった途端にこれらを破壊する家族がいることが、よく問題になります。他の人々が、ただのオーナメントと見るものを、特別の宗教的象徴と見て、物体に対して破壊行動に出るエホバの証人の姿は、毛沢東政権下で、西欧の文化の影響のあるものを全て破壊して満足していた中国共産党の人々の姿と二重写しに見えてきます。