「JWの数値へのこだわり」−会衆の人たちが大好きな元研究生

(11-2-03)

 あるテレビ局員による、視聴率モニター買収工作が発覚しました。違法ではなさそうで
すが、視聴率至上主義が招いた、本末転倒の醜態です。数値へのこだわり方は、JWも尋常
ではありません。特別、正規、補助開拓者、それ以外と、伝道に費やす時間で信者を区別
します。ですから一部の信者はしたたかになり、時間を入れる知恵を身につけます。一人
でも多くの人を救うという、伝道の本来の目的は失われ、数字の虜となってしまうのです。
 高視聴率を稼ぎ出すプロデューサーは、確かに鼻が高いでしょう。出世や収入に影響す
るだけでなく、人間性でさえ違って見られるかもしれません。逆の場合は肩身が狭くて、
劣等感に苛まれます。JWの世界もこれに似ています。数字で人間の値打ちが決まるのです。
そしていつか、追い求めていたはずの数字に、追いかけられるのです。やがて追い詰めら
れ、逃げ場を失って破綻します。
 ある美しい姉妹が摂食障害(多分)で、一時期体重が30キロ代に落ちました。私の研
究司会者である、特別開拓者(現在は降りた)の奥様です。今は回復しましたが、私には
不憫でなりません。生真面目で、自己犠牲の精神に富みすぎているからです。
 問題のテレビ局とその社長は、とりわけ視聴率に固執していたようです。会社の利益に
直結するだけに、やむえない面もあるでしょう。しかしJWは営利団体ではありません。会
衆の成員を困憊させていることに、罪を感じないのでしょうか。
 ご尽力をいただいております村本様、本当にありがとうございます。このサイトが更新
されるのを、いつも心待ちにしています。 
                       会衆の人たちが大好きな、元研究生。

《編集者より》
エホバの証人の本質は、目に見えないエホバへの信仰を表に掲げていますが、実際の信仰の拠り所は、信仰の「実」である目に見える「物」なのです。それだからこそ、目に見える服装、目に見える言動、目に見える楽園が、目に見えない「心」より重要になるのです。数へのこだわりも、このエホバの証人の本質を考えればよく理解できます。奉仕の時間、研究生や研究の数、配った書籍の数などは全て目に見えて直ぐに比較できて測ることができます。エホバの証人の目に見えるものへの信頼と要求は、このような数値によって最もよく満たされるのです。