『「物事をありのままに考える兄弟、真実を求めつづけたい兄弟へ」−バプテスマに関する質問(9-4-03) 』への回答

(10-19-03)

バプテスマを目指して努力しているご主人を持たれる姉妹からご指名を受けてご質問をいただきましたので、的確な回答になっ
ていないかもしれませんが、可能な範囲で感想など述べさせていただきたいと思います。文面から理解できる範囲では、概ね以
下のような状況と推察いたしました。

聖書研究生であるご主人は途中中断をはさんで通算20年近く研究がなされている。そしてバプテスマを受けエホバの証人になり
たいという気持ちを表明してきたが、仕事上全ての集会には出席できないことが理由で神権宣教学校に入校できず、従って伝道
者にもなれず、ましてバプテスマを受けることもかなわぬことだった。しかし、ご主人は粘り強く努力し、神権宣教学校に入校
する道を探しつづけ、ついに近隣でご主人の休日に開かれている会衆を自ら探しだし神権宣教学校に出席し始めた。そして週3
日の集会全ての出席をクリアした。やがて神権宣教学校の生徒の役目である割り当てを果たすことになったが、長老は、現在出
席している会衆ではなく姉妹の所属する会衆で割り当てを果たすように要求してきた。それにも多少ごたごたがあったが、結局、
ご主人は無事に「所属会衆」で神権宣教学校の割り当てを果たした。

そのような過程で、姉妹にはいくつかの疑問が生じたようです。例えば、そもそも週3日の集会全ての出席はバプテスマの必要
条件なのか。また集会の定期性とはなんなのか。神権宣教学校がバプテスマの必須条件ならば、なぜ協会はそのようにして戸口
を狭いものにしているのか。組織は人の救いがバプテスマにあると教えているが、本当に救いたいと考えているのか。この間に
生じた無理難題に、姉妹ご自身、ご主人のバプテスマへの意欲が萎えてきているようです。救いとは何かという本質的な事柄へ
の問いかけもするようになり、今後、この組織とどのようにつきあってゆくのかという課題が突きつけられているようです。

まず、一番重要なことは、バプテスマを目指して努力されているご主人に対して、事実はどうであれ、姉妹ご自身が「会衆の長
老たちが次々と無理難題を押し付けてくる」と感じておられる点にあると思います。本来、大変喜ばしい状況であるはずのバプ
テスマに向けたご主人の努力が、いわば苦行のようなものと化している点に違和感を感じます。もちろん、バプテスマを前にし
て何らかの障害が立ちはだかっている場合には、それを克服する努力が必要かもしれませんが、それはむなしい努力ではなく、
達成感の伴う前向きなものであるはずです。そして、長老たちは、そうした障害を克服する点で大きな助け手であるべきです。
事実関係は不明ですが、結果的にそうなっていない点(あるいは姉妹がそう感じている点)にご主人の悲劇があるようです。

もちろん、姉妹の所属する会衆の長老たちが、ご主人の集会出席に関連して取った行動は、「ものみの塔協会」の「神権的マニ
ュアル」に照らしてみますと、おそらく手順的に間違っているわけではなく、とりたてて不自然なものでもないようにと思えま
す。しかし、ご主人は大変困難な状況の中で、いわば血のにじむような努力を傾けて、集会出席や他の面で進歩されているわけ
ですから、そうした努力を励ますような仕方で援助がなされていれば、長老たちから励ましを受けることはあっても、間違って
も「無理難題」を押し付けられるという印象を受けることはないはずです。

参考までに付け加えますと、他の会衆に一時的に交わる事に関しては、イレギュラーなことであることは確かですが、特に大き
な問題となるようなことではなく、特例としてもある程度は認められていることです。例えば、会衆のバプテスマを受けた成員
でさえ、何らかの事情があって、自分の住んでいる会衆ではない別の会衆に一時的に交わることがあります。まして、研究生の
場合には、それほど問題なく他の会衆に交わることはよくあることで、目の色を変えて問いただすような事柄ではないでしょう。
実際、家族とは別に、勤め先に近い会衆に交わってバプテスマを受けたご主人たちは大勢います。ただ、姉妹のご主人の場合の
ように、集会の種類によって別々の会衆に交わるというのは特殊なケースかもしれません。

また、集会出席がバプテスマの条件なのかという点ですが、そのような要求が長老たちからなされているのでしたら、あるいは
そのように感じさせるものがあるとしたら、それはちょっと筋違いのような気がします。仮に、集会出席がバプテスマの条件で
あるなら、その条件を満たさなくなった定常的集会欠席者はエホバの証人の資格に抵触することになり、その資格を剥奪される
ことになるはずですが、実際問題としてそうなっていないことからも、集会出席をバプテスマの条件とみなすのは正確ではない
でしょう。むしろ、エホバの証人は集会出席が本人の霊的な成長に欠かすことのできない重要な糧であると考えており、バプテ
スマを受ける前後の時期にそのことが強調されることは十分ありえることでしょう。しかし、あくまでも、定期的に出席できる
ように励ます性格のものであって、それが十分でないとしても、あたかも「あなたのご主人はこの点で1ポイント資格が足りま
せん」というような態度を、もし会衆の長老たちが示すならば、それは誤解を招いたり、がっかりさせられることになるかもし
れません。一方、「姉妹のご主人は集会に出席するために本当に涙ぐましい努力を払っておられますね。さらに、定期性を増す
ために、何ができるでしょうか」という態度が示されるならば、きっと前向きな結果が得られることになるのでしょうね。

なにぶん状況がよく分かりませんので、推察に基づく一般論を述べただけですので、ご主人の場合に的確にあてはまるかどうか
分かりませんが、ご参考になりましたら幸いです。いずれにしましても、姉妹は今回の経験を経て、このウエブサイトにも到達
し、そして、「ものみの塔」研究の注解にみられるような洗脳型の意見陳述ではなく、生身の人間の考えている事柄に触れるこ
とができるようになり、この組織について「目覚めはじめた」ことは、より重要なステップへの契機になるかもしれないと思い
ます。

2003年10月19日
「物事をありのままに考えるエホバの証人」より

《編集者より》
ありがとうございました。この姉妹ご夫婦が「物事」長老の会衆にいたら、きっと違った結果になったのでしょうね。この件については別に「「バプテスマ問題」と「レイモンド・フランズ事件を知って」に対して−ラハムより」のお返事もあるのでお読みください。