「エホバの証人と交わって感じたこと」

(9-28-03)

 エホバの証人は、教理の点では納得できるものが多かった。
いろいろ問題点もあるようだが、神の目的について、創造につ
いて、宇宙論争について、三位一体について、地獄について等
は説得力があった。年代に関するデタラメ状態とは裏腹に変更
もないようだ。
 しかし、それらのほとんどは、初代会長ラッセルがみずから
言っているように、キリスト教世界に散らばっていたものを寄せ
集めて再構築したものだ(「ふれ告げる」などに書いてある)。宇
宙論争は違うらしいが。しかし、寄せ集めにせよ何にせよ、納得
できた。
 ただ、エホバの証人の社会では、健康な人、元気な人、いわば
強い立場の人たちがの方が、体の弱い人、身体障害やメンタル
な持病を持っている人等、いわゆる弱い立場にある人たちより、
はるかに優位で一層救われている。それは事実であり、真っ正面
から見つめるべき現実だと思う。
 それは、「王国第一」のメインメニューが「熱心な伝道活動」であ
る以上、必然的に生じてくる現象だと思う。
 キリスト教世界の場合、メインメニューは別の形の愛だ。だから、
弱い立ち場の人も元気な人も全く対等で、むしろさまざまなハンデ
ィを負っている人の方が優位にある。(優位という言葉は適切では
ないかもしれないが、ほかに見つからない)
 イエス・キリストは、元気な人たちの、さらに一部の人たちに
伝道の指示を与え、訓練したが、いわゆる弱者の人たちには別の形の
優しい目を向け、心からの温かさと力をもって救ってくださった。
弱者というのは、何らかのハンディをより多く負っている人たちのこ
とで、別に人間的に弱いわけでもないし、霊的に弱いわけでもない。
エホバの証人の組織の中では、活動の面で不利な立場にある。
 エホバの証人の場合、キリストの模範というと、伝道活動を最重
視し、奉仕というと伝道活動を意味する。
 キリスト教世界の場合、キリストの模範というと、弱い立場の人
たちへの優しい目であり、温かさである。奉仕は福祉的活動を意味
する。
 聖書は、イエスの足跡として、その両方を示している。だから、
エホバの証人もキリスト教世界も、互いに相手を「間違い」呼ばわ
りするのはどうかと思う。両方に間違いがあり、両方に正しいところ
がある。攻撃し合うのは、神から見たら、「目くそ、鼻くそを笑う」
状態かもしれない。神がどう判断されるかは、神にしかわからない
ことだ。
 キリスト教世界を悪くのはやめた方がいいと思う。偽善者は必ずどこ
にもいるものだし、偽善も必ずどこにも存在する。エホバの証人にも
存在する。キリスト教世界や大いなるバビロンの専売特許ではない。
 僕はこうすることにした。
 エホバの証人になるかもしれないが、なっても全時間の仕事に
つく。エホバは仕事をみんなに調整するようにとは言っていない。
生活基盤はつくる。しかし、時間は短くても、まじめに工夫した伝道
を行う。まじめに寄附もする。そして、結婚はしたいからする。
 相手は、元気な人ではなく、何かしらのハンディを負ったいわゆる
弱い立場の女性。そういう人は必然的に物事をよく考えるから、話が
あきないし、忍耐力もあり、感謝の念も深いと思う。家政婦的な仕事
というか、実生活的なことでは、どうしても元気な人よりできること
は少ないだろうが、できないことは二人で協力していけばいい。
 エホバの証人の場合、僕から見れば、女性の結婚の資格として、家
政婦的能力を重視しているように見える。古代イスラエルでは、確かに
すべてアナログで、有能な妻は有能な家政婦でなければならなかったと
思うが、今は適度にできればいい世の中に見える。少なくとも僕は、
有能な家政婦ではなく、教養と思いやりに満ちた人がいい。
お金がなくなりそうになったら、毎日バナナと脱脂粉乳かヨーグルト、
あとは水でいい。バカな生活をしていたとき、何回もそういうことが
あったから実証ずみだ。しかし、そうならないように共働きできれば、
少しだけしてもらいたい気持ちもある。
 料理や家事のことで離婚をする人はまれで、性格の不一致が一番
多いということは、人間にとって何が苦痛で、何が我慢できるかを示
している。
 だから、伝道で人を救うことは、僕には多分一人もできないと思う
から、私生活で命と心をかけて一人の人を救えたら満足だ。みんな
知っていることだけれども、人生、お金はそれなりに重要だが、人を
救うのはお金ではない。心だから、一人ぐらいは救える思う。
 真の幸福は与えることから得られるとイエスもおっしゃているから、
与えることは双方が幸福になる道だと思う。
 何だかおこがましい話になってきた。ここでやめておく。
 ただ、会衆にそういう人がいない。みんな判で押したように元気で、
明るく、箱入りだ。話に広がりがないし、深くもない、中途半端。
もう既にあき気味。多分、中身があんまり詰まってないんだよね。
見通しは暗い。
 しかし、世では結構あきない女性がいたから、理想が高いわけ
じゃないと思う。エホバの証人の世界の特殊性だと思う。
 世の女性と結婚することになるのかなあ。結局。

《編集者より》
文面からすると、今研究生としてエホバの証人と交わっている感想のようです。キリスト教の世界とエホバの証人の世界とを客観的に見比べて、どこが違うのか、どうして違うのかをよく見て考えることは重要なことだと思います。結婚相手の選択には宗教以外に多くの要素が関係しますので、視野を広くもって慎重に決めて下さい。「ハンディを負ったいわゆる弱い立場の女性は必然的に物事をよく考える」と書いていますが、私はこれが「必然的」であるとは思いません。健康で能力のある女性で物事をよく考える人は沢山いますし、逆にハンディがある故に、物事を素直に見られない人も沢山知っています。余り先入観を持たずに、それこそ物事や人をありのままに見ることをお勧めします。