二世の就職活動と精神的葛藤

(9-7-03)

  大変ご無沙汰しております。以前メールさせて頂いた****です。
 ご無沙汰の間もこのサイトはしっかり読ませて頂いていましたが、今月は「よくある質問」も
 リニューアルされ、このサイトに時間をさいて下さっていることに改めて頭が下がる思いです。
 
  私は今年の春、職場を突然リストラされ、今は派遣社員として働いています。某大手メーカー
の子会社で、ある程度自分の能力を使った仕事をまかされているので、それなりには満足して
いますが、この度の就職活動では本当に激しい内面の葛藤・怒りを感じました。
 
 私は真面目なエホバの証人2世でしたから短大卒業と同時に開拓奉仕を行い、アルバイトを
しながら生活しました。その後体を悪くして開拓を辞め、普通の仕事につくことができず5年程
同じアルバイトを続けました。ですから、ごく普通の人がキャリアを積み、社会人としての基礎を
築いていく時期の全てが、私には抜け落ちているのです。幸い、短大入学前、1年程正社員と
して働く機会がありましたが、基本的に言って、同年齢の人達からはかなり遅れを取っていたと
思います。集会への参加を止めた後、派遣で働き始め、その後留学し小さな商社に雇われました。
最初の3年程は自分が持っている他の人との差を、他人に感じさせまいと必死でした。
 今月の投書で、元2世の方も書いていらっしゃいましたが、自分に自信がなく、自分を守り、人に
弱みを見せたくないという一心で、大変なことも何とか乗り切ってきたような気がします。
今は、それなりに資格をとり、積極的に仕事をこなせるようになりましたが、今回仕事を探すに当たり、
面接に行った企業、派遣会社全てから、なぜこんな長い間、アルバイトをしていたのか聞かれ、
説明に苦しみました。日本は「エホバの証人だったので、フルタイムで働かず、奉仕活動をしていました」
と言える状況ではありませんので。
 不況が続く今、仕事があるだけでも有難いと思います。でも、今がある程度充実していると、もっと
若いときから、こういうキャリアを積みたかったと当然思うものではないでしょうか。
 
 その選択肢がなかったこと、そしてその状況を不平を持ちながら甘んじて受け入れていた自分・・・。
今年の春は履歴書を書くたび、面接に行くたびに自分の生き方、行き方を深く考えさせられました。
きっと私の様な経験をされた元証人もいらっしゃることでしょうね。
 
 ご存知とは思いますが私の母は今も忠実な証人です。
最近、周辺の会衆では比較的若い世代の人が、証人でない方と結婚し、出産後に組織に戻るという
ケースがよく見られます。(結局は、若くて結婚し、経済力がないので親元にいたいということでしょう)
母はそういう方達を、組織にいるだけで立派だとよく誉めています。
 私は、全く「できちゃった結婚」を批判するものではありませんが、そういう方と社会に溶け込んで
働いている自分の子供を比較して、前者を立派だという母の価値観を理解することは不可能です。
証人全体が、どんな人でも「組織にいる人=立派・世の者でない」という構図を掲げているので、
このような言葉が出る事も、不思議ではありませんが、常識的に考えればやはり不自然な考え方
だと思っています。
 私自信、苦労して自分を改造してきただけに、このような家族の者の評価はつらいものです。
今月「JWの母を憂慮する元2世の娘より」の投書を拝読し、一番理解し合いたい関係の者と、
根底が異なってしまうことの恐ろしさを改めて思い知らされました。
 
 私のこの葛藤は一生心のどこかで続いていくものだと考えています。それに、過去をくよくよしても
何も変わらない事は、絶対的事実です。でも、組織の中で、用いられなかったり、自分の居場所が
なかったことがあったとしても、(私はこれが現実でした)自分次第で、大変だけれど何とかやっていく事は
可能だということも苦しみから得た貴重な教訓でした。
 これからは時々襲ってくる、精神的虚しさと、今書いてきたような過去との葛藤を、どれだけ短期間で
やりすごしていけるかが課題です。これも、年月を経るうちに、上手くできるようになるものなのでしょうか。
そうなるといいのですが。
 
 村本様、ご自分のお仕事に加え、毎月のHPの管理と本当にお忙しい日々と思います。
このサイトを見ている多くの方にとって、毎月の更新はある種の慰めとなっていることでしょう。
くれぐれもお体ご自愛下さい。またメールさせて頂きます。失礼します。

《編集者より》
いつも暖かい励ましの言葉を頂きありがとうございます。エホバの証人二世がハンディキャップを負いながらも、それを社会に認めてもらえないことは、二世の社会復帰を困難にする大きな要因であると思います。しかし、一々事情を説明しても、理解してくれる世間の人は非常に少ないと思います。ここはやはり、「その頃は病気がちで、一つの仕事を長く続けられなかったのです」とでも言っておけば、何となく理解してくれるのではないでしょうか。事実、エホバの証人の二世として育ったこと自体が、大きな心の傷であるし、あなたの例で言えば、実際に病気がちでもあったようで、別に大きな嘘をついていることにはならないと思います。