「いったん受け入れ決めた事」−フリーダムより

(9-1-03)

本格的な夏を前にして女性のためのエステ業界は女性の心理を巧みに利用してさまざまな手段で
エステサロンに通うよう誘います。「無料エステ券」「アンケートに答える」などで客を引き寄
せ、とりあえずどのようなかたちであれ「客との接点」「何らかの関わり合い」をまず持とうと
必死になります。最終的な目的となる重要なポイント、それは客をテーブルに座らせ,「契約」
させること。いったんしてしまった契約を人はするとたとえ高額な出費が出ることがあとでわか
ったとしても、エステサロンに通い続けるようになるのです。企業はこうした消費者心理をよく
調査研究して,少しでもたくさんの人に自分たちの商品を買ってもらうよう切磋琢磨しているの
です。そして組織も自分たちだけが唯一の聖書の真理,純粋なキリスト教を教える資格を持って
いるグループだと信用させるためあらゆる人間の本来持っている「心理」をよく研究し,それを
信者に利用しようとするのです。この人間の本来持つ「心理」を利用すれば,それはちょうど柔
道の技のようにいとも簡単に相手の力を利用して自分の思い通りの大きな行動へと人を動かす事
が出来るのです。
 
いったん自分で決めた事、人はひとたび何かを決定するとその決定が正しいものだとずっと信じ
ていたいし,その決定に沿った行動をずっと貫こうとします。そのいったん決めた事にしたがっ
て一貫した行動を取ろうとする事、これは一般社会の中で良い事と思われています。日常生活の
中で一貫していることは望ましい事ですし,それは一般社会の中で自分が「信用される人」とし
ての証明にもなります。一貫している人は,人格的にも知的にも優れている人と考えられるのが
普通なのです。逆に一貫性がないとその人はチャランポランな人、信用の置けない人と見られて
しまいます。それに、ある事に関して自分の立場をハッキリさせてしまえば,一貫してそれに固
執することで満足感が得られるのです。それ以上,その事について真剣に考える必要がなくなる
ので楽になります。いったん決めてしまえばそれに基づいて発言し、行動していけばよいことな
のでそのことを「考え続ける」という苦痛を避けることが出来るのです。
 
他の人に何かを決めてもらう事,つまり何かを「承諾してもらう」ためにはどうすればよいので
しょう。それは「小さな害のなさそうに見える譲歩」を引き出すことによってです。小さな譲歩
からはじめて徐々に徐々に大きな譲歩を引き出し,最終的には「大きな決定」をいかにも「自分
で決めた事のように」させてしまえばよいのです。そしてそれは,「他の人(公衆)の前で決定さ
せ,公言させ,立場を明確にさせること」がキーポイントとなってきます。そしていったん決定
した後は「一貫性」を保とうとするという、人の自然な心理状態がずっとその人を「拘束」し続
けるようになるのです。
 
小さな譲歩から。それは最初、家の人が伝道者のする「ひとつの質問」に答えてしまうというこ
とから始まるのかもしれません。論じるの本の提案されている「紹介の言葉」の中には「・・・
のひとつの質問をしています」というかたちの野外奉仕の際の提案がたくさん出てきます。家の
人も突然自分の家に訪ねにきた何か宗教めいたうさんくさそうな人との会話を早くやめたいと思
いA伝道者の言う、つい「ひとつの質問ぐらいで玄関からすぐに立ち去ってもらえるなら,その
質問に答えてしまおうか」と思ってしまうのです。前回のの投稿でも書いたように,「誠実そう
に見える」伝道者の質問に答えることは家の人にとって「小さな,害のなさそうにみえる譲歩」
となるのです。それはひとつの既成事実を作ります。少なくとも「家の人は伝道者の要求をいっ
たんは承諾してしまった」という事実です。それは家の人のその質問に答える決定を自分がした
ことへの「一貫性」を保たせる心理状況を生じさせます。そして伝道者は家の人が答えてもらっ
た質問から、今度は次なる「小さな譲歩」を引き出そうとします。それは「伝道者と会話をする」
という要求、家の人はすでに質問に答えるという承諾をしてしまっているため,次の伝道者が提
示する小さな譲歩も応え応じてしまいます。(一貫性が働き、応じやすくなっている心理状態に
置かれるのです)そして今度は会話の中で家の人に「自分に対するひとつのイメージを描かせる
よう」巧みに導いてゆくのです。そう,「自分は世界平和に関心を抱いている人間なんだと」ま
たは「「世の中で起きているさまざまな事件や犯罪を無くしたいと真剣に願っている人間なんだ
と」そして「その答えを知りたいと願っている人間なんだと」自分自身に対して頭の中でイメー
ジするよう働きかけるのです。「一貫性」を保とうとする人間の本来持っている心理状況を引き
続き利用し,徐々に少しずつ要求を大きくしてゆき,伝道者を玄関まで受け入れてしまう,「見
よ」のブロシュアーような薄い出版物の中のほんの数節から「質問と答え」という独特の形式で
話し合う事、節の中の答えとなる場所にあらかじめ下線を引くこと,たったひとつの集会に出掛
けてみること、伝道者になること、・・・を受け入れてゆき・・・。組織が最終的にその人に
「決定」してもらいたい事,それは「組織」が唯一神から任命された組織であることを認め、そ
の組織の教えを堅く信じ、生活してゆくという決定です。
 
その重要な決定を組織は「大勢の公衆の前で,公言させ,立場を明確にするための行動を取らせ
る」のです。それは巡回大会や地域大会、国際大会で,バプテスマを受けようとする人を最前列
の目立つ場所に座らせ、「あなたは組織が神から任命された唯一の組織である事を認めますか」
という質問に「はい」と公言させるのです。そしてその答えの象徴となる「パプテスマを受ける」
という行動を多くの兄弟姉妹たち(公衆の前に用意されたガラス張り部屋の中のプールが用意さ
れ)の見つめられる中、受けさせ「立場を明確に」させるのです。そして,その大会会場で新人
のバプテスマを受ける人たちを見守るすでにバプテスマを受けている大勢の兄弟姉妹たちは,あ
らためて組織から暗黙のうちに「おまえも同じ質問にあの時「はい」と答えたんだからな。」と、
あの大会の時にした,「自分の決定」を思い出させられ,再確認させられ,一貫性を保つための
動機付けを再び強め、次の大会までの組織に対する忠誠心を保ちつづけるのです。そしてまだバ
プテスマを受けていない人たち(研究生)の一人一人の頭の中では、自分以外の大勢の人たちが大
会会場で「組織を神から任命された唯一の経路」として熱烈に支持している様子を目撃し、「み
んなが支持しているのなら,わたしもそうしよう」というふうに誘導され考えてしまうのです。
まさにこれはあの有名な「ナチスドイツ総統ヒトラー」が頻繁に利用した集団心理なのです。ヒ
トラーは大勢の人が自分を支持していることをアピールするためオリンピック会場のような大規
模な施設で演説をぶち,「アイル,ヒットラー ! 」と手を上げて忠誠心を誓う大勢のナチ党員
の姿を当時ドイツ国民に見せたのです。それを見せられた国民は「みんなが支持することに賛成
するのなら,自分もそうしよう」と結論付けたのです。そしてヒトラーは自分たちドイツ系民族
にとって危険だとされる「仮想の敵」つまりユダヤ人に対する徹底的な誹謗中傷をあびせ、ユダ
ヤ人たちから自分たちの大切なものを守れと先導し、自分たちナチ党という「組織の忠誠心,一
致団結」を強めていったのです。同じように組織は自分たちの事を支持しない人たち、自分たち
のことを認めない人たちの事を「世の人」とか「大いなるバビロンのキリスト教世界」とか分け
て「独特の呼称」で呼び彼らをサタンに操られているとか、不道徳な精神で汚れているとか徹底
的に「敵視」するよう仕向けるのです。そしてそれはやはり,組織の忠誠心を強め,一致団結を
強めてゆくのです。
 
他の人の前で決定させ,公言し、立場を明確にしてしまうこと、このことは良い目的のために使
われる時は、それは人間の心理を巧みに利用した良い方法と言えるでしょう。例えばタバコを辞
めようとか禁酒を実行しようと決意したとしても、それが自分の心の中だけで決めただけだった
としたら,それはすぐに意思が弱くなり何日間かの「三日坊主」となってしまうかもしれません。
しかしタバコを辞めようとする人にとって一番重要なことはやめることを家族や会社の同僚、あ
るいはインターネットの禁煙サークルなどでいったん自分の決意を公に公言してしまうこと。テ
レビで太った芸能人がダイエットに成功するのは、テレビという公衆の面前で「ダイエットをし
て自分の体重をここまで落として見せます。」などと公言し自分の立場を明確にするため、「自
分のいったん決めたこと」に対する決定の「一貫性」を保とうとする動機付けが強く得られたか
らなのです。 
 
組織は一人一人の成員がいったん組織に忠誠を誓い、自分の人生を組織のために捧げる決定を下
すと、その決定を持続させるためにさまざまな手法を使います。人がいったん受け入れ決めたこ
とを一貫性を持って行動してゆくという心理作用以上の強力な何重もの人の心を呪縛する心理操
作が行なわれるのです。本人がバプテスマを受ける頃はもう「マインドコントロール」もそうと
う働いていて,自分の交わる周囲の人たちはすべてエホバの証人であり,エホバの証人となる前
の友人関係をすべて失っています。成員の周囲は組織を支持する人たちだけになっているので,
自分の周りのすべての人たちが自分のした決定にこれからも一貫性を持って行動してゆくだろう
という期待、または見方をされているというプレッシャーを経験するのです。
 
エホバの証人に自分はいったん何のためになったのか、それはその組織の教えが「真理」だと思
ったからで、そこに集まり会う人たちが「真の愛」を抱き合っていると確信したからで、そこに
いる自分が家族が「しあわせ」になれると思ったからです。ですから、その時いったんしてしま
ったその決定は間違いではなかったのです。たとえ間違いに気付いた後でもその時の「その決定」
を後悔する必要はありません。しかし、組織の教えが真理ではなかったと気付いてしまった後は、
組織の中に真の愛が無いと気付いてしまった後は、そして何よりもそこに居ることがしあわせで
はないと気付いてしまった後に残っているのは、会衆の人たちをこれからも「欺き続けること」
自分を「欺き続けること」なのです。いったん自分で決めたことを覆すことは、非常に苦しみを
伴うものとなるでしょう。しかし、その苦しみから逃げること、それこそ「組織の思うつぼ」な
のです。自分の心に正直になること、そのときの心の奥底にある本当の気持ちに正直になること
は、今から5年後、10年後の自分が後悔しないためにも必要なことなのではないでしょうか。
おそらくその人は5年後、10年後に「ああ、あの時やめておけば良かったのに」という結論に
達しているか「ああ、あの時やめておいて本当に良かったな」という結論どちらかなのでしょう。
そして組織が間違っていたことに気付いて「やめる」ということは決して「GIVE UP(降参する
こと、あきらめること)」でもなく「DROP OUT(脱落すること)」でもないということです。そ
こには新しい「スタートライン」を意識した、目的を持った人生を送るという出発が控えている
ので「やめる」のです。
 
pfreedom@nifty.com

《編集者より》
確かに、ものみの塔もヒットラーも、人間の心理を実にうまく利用して、人間の心を巧みに操作します。人間の心理には確かに一貫性や整合性を求める強い欲求があります。つまり、混乱や無秩序を嫌い、秩序と明快な論理を求めます。しかし現実の世の中には変化や混乱は常につきもので、混沌としたことがいくらでもあります。ものみの塔もヒットラーもその心理をうまく利用して、人々を確信と秩序の世界に引きずり込むのです。これは社会心理学の分野で「認知不協和」と言われる現象と通じるもので、カルトや、大衆のマス・ヒステリア(噂に基づいた大衆暴動)などで典型的に見られます。