元2世の葛藤−続

(8-14-03)

  先日突然メールを送ったチビと申します。
<中略>
 投稿された記事、をはしょりながらですが拝読しています。量が多いですしどなたの経験も
とても興味深く、内容も濃いのでなかなか終りません。。。
 
私は自分だけが特異な人生を送ってきたのだ、と思ってきました。でもエホバの証人
と関わった人間としては、もっとも一般的なフツーの道を歩んできたのだとしりました。
 
 私が産まれて間もなく母がエホバの証人と研究し始め、私は二世として育てられました。
ほどなくして父との宗教論争が始まり家庭はめちゃくちゃ。一時は私も「エホバ、エホバ」といい、父に
自分の信念をしたためた手紙を渡したりしていましたが、自我の芽生えと共に組織に疑問を持ち始め、
大学進学を機に辞めました。もう10年近く経ちます。

 物心がついた頃から繰り返し聞かされてきたハルマゲドンの話はいまでも脳裏に焼き付いています。
だからいまもって不安感や恐怖心が消えることはありません。というか、アメリカで起きたテロによる
ツインタワー爆破事件をみてからますます「今は終わりの時ではないか?」と意識するようになりました。
 エホバの証人の教えが及ぼす心理的な影響は、たしかに一般のキリスト教に比べとても激しいものが
あると思います。

 私は、このHPに辿り着くまで、自分に自信が持てないことや劣等感が強いこと、自己主張や自己アピールが
ヘタなことなどでとても悩み、心療内科で治るものならぜひ通院したい、と本気で考えていました。
 でも、ここで体験談を読んだおかげで、前述した通り決して自分がおかしいのではない、
エホバの証人の2世として貴重な10代を失った人間としては当たり前の葛藤なのだと知る事が出来ました。
 その点ではこのHPにとても感謝しています。

 とはいえ、私はエホバの証人に対してはどちらかというと好意的なんです。確かに母と一緒になって
父を「迫害者」と決めつけ、家庭内が崩壊していた時期もありました。その点では父に今でも
申し訳なく思っていますし、私が組織を出た理由の一つとして「これまでは母のいう事を聞いてきた。
これからは父のいう事を聞く」と決意したからです。今は父に育てて欲しかった、と思うくらい
父のことが大好きです。母に対しては冷めた感情しか湧いてきません。

 でも、ここでの投稿を読んで、母が「私は組織ではなくエホバに仕えているの。人間はみていないの」
と言う、その意味が理解できました。エホバの証人は個々人がエホバ神との強い絆(聖書的な言い方は
もう忘れましたが)をもっているから、人間に対しては淡白とも言える態度をとるのだと。
神に仕えるとは、本来もっと激しく厳しいものなのだと思うようになりました。ここに寄せられた文に、「2世の
言い分は甘えてるに過ぎない」という趣旨のものがありました。これも一理あると思いました。

 息子が起きてきてしまいました。乱文・乱筆で見直しもせずに送信しますこと、
お許し下さい。気付いたこと、なにかかんじられることが教えて下さい。

<後略>

《編集者より》
前回のあなたの投書(「元2世の葛藤」)にも書きましたが、自分の問題は自分一人の問題ではなく、多くの「仲間」がいることを自覚することが第一歩であると申し上げましたが、他の投書を読んで頂いて、そのことが分かって頂けたようです。ハルマゲドンへの恐怖も、それがものみの塔の作った心理的な罠であることを自覚できるなら、必ず克服できるでしょう。そのことは何も現在の世界的に蔓延するテロや戦争の恐怖から全ての人を解放することにはなりません。しかし、ハルマゲドンに恐れおののいて「地上の楽園」のファンタジーの世界に立てこもるのではなく、歴史を通じて常に何処にでも誰にでもある人類共通の苦悩の問題を、素直に受け止めて生きていく生き方もあることに気がつかれることでしょう。

「エホバの証人は個々人がエホバ神との強い絆をもっている」とおっしゃいますが、私はこれには賛成しません。確かに建前の上ではそうなっていますが、大部分のエホバの証人は個人的な神との関係より、組織を通じての関係が第一になっています。だからこそ個人の良心より組織の方針が優先し、そこに「良心の危機」が起こるのです。あなたはごく最近このサイトを訪れたばかりだと思いますが、レイモンド・フランズや金沢司氏の書いたものを読んでみれば、いかにものみの塔協会が個人と神との関係を踏みにじって組織第一の方針を貫いてきたかが分かるでしょう。