「もしかして、私は排斥になってるのでしょうか?」

(8-8-03)

組織をを離れて、2年たちますが、
去年の夏まで、もとの会衆の信頼していた姉妹と、
手紙のやりとりがありました。

でも、去年の秋から、突然手紙の返事が来なくなりました。
2回来なかったので、もう、書く気がないのだと判断し、
ほっといたのですが、
最近、某サイトで、自分が知らないうちに排斥になったという書きこみを見つけ、
もしかして、私も、そうなのかと思っているのですが・・・。

私は、世の人と結婚したのを機会に、
こっちに移ったのですが、
引越ししたのだから、当然、エホ証とは、さよならです。
でも、縁切る前に(結婚する前に)
最後の集会で、長老に牧羊を試みたのです。
もし、この牧羊で、確かな手応えがあるなら、
結婚は思いとどまろうと・・・。

結婚のことなど、その時は何も言っていないのですが、
話しの流れで、
私、ボロボロ泣きながら、
「この組織に関わっている事がとても恥ずかしい」
と、訴えました。
長老は、
「では、その事を文書にして提出してください」
と言ったので、
”ああ、断絶するよう、誘導しているのね”
と思い、、あえて、次の日、長老(主宰)あてに、
「この組織に、ずっと、とどまりたいのです」
と書いて、ファクスしときました。
断絶なんて、ばからしいじゃんとか、思ったからですね。
相手の思う壺だものね。

で、信頼している姉妹には、
結婚してから、手紙で知らせました。
で、それを知っているにもかかわらず、
その姉妹は、手紙や、ファックスを下さいました。
「ああ、このひとは、大丈夫ね」
と、私は思っていたのですが・・・。

突然、返事が来なくなり、
おかしいと思いつつも、
聴くに聴けず・・・。

私って、自分の知らないところで、
排斥になっているのでしょうか?

本人が、出席しないで、排斥になること
あるんですか?
それとも、考えすぎ?

もし、確認するなら、
もとの会衆の長老に連絡するのでしょうか?

うーん、でも、顔見たくないし、声聴くのもやだし。

ただ、わたしは、何回か、海老名ベテルに抗議の電話をかけています。
「組織のここと、ここ、変です」
と言う具合のですね。
引っ越してから、かけたのですが、
うっかりしてまして、電話番号を非通知しなかったんですよ。

しっかり、ナンバーディスプレイで、確認され、
信頼している姉妹に送った手紙に、私の住所と、TELがあるから、確認とって、
組織を批判する悪行者とかの理由で、
「この人は、排斥です」
とかって、決まったのか知らん?
などと、思っているのですが・・・。

うーん、敵も、なかなか、ぬかりないなあ。
私とした事が、しくじったか・・・。
仕方ないよね、あのころって、
まだ、組織の怖さ、あんまり解ってなかったからなあ。


この組織って、よほど、用心してかからないと
かなり、危険だよな、とか、思ってます。

排斥になるくらいなら、
断絶しときゃ、よかったかな。

だって、しゃくじゃん。
何にも悪いことしてないのに、
ただ、自分に素直にいきることにしたのだけなのに、
「人間じゃない」
のレッテル貼られるなんて、名誉毀損だよね。

みなさん、どう思いますか?

《編集者より》
本人が全く知らないうちに排斥になったという事例は聞いたことがありません。もしそのような事例がありましたら教えて下さい。他の宗教に入ったことが明らかになった場合とか、本人が審理委員会に出頭するのを拒否した場合、本人の欠席したまま排斥になることはあるとは思いますが、それでも本人に通知はあるはずです。しかしあなたの例では、排斥か、断絶か、自然消滅かの違いは余り大きな問題ではないようにも思えます。これが一番大きな問題になるのは、組織に家族が残っている場合です。あなたの場合、もしそのような事情があれば、極力排斥になるのは避けるべきですが、もしそのような事情がないのであれば、完全に組織と手を切った以上、どうでもいい事ではないでしょうか。排斥が「名誉毀損」と考えるのは、あなたの「名誉」がエホバの証人の価値観の基準にまだ縛られているからではないでしょうか。例えば、私がものみの塔協会から、「あの人はサタンの手先だよ」と言われたとしましょう。もし私がエホバの証人の価値基準を持ち続けるなら、「なんという酷いレッテルを貼るのか、これは名誉毀損だ」と憤るかもしれません。しかし、私はものみの塔の価値観を全く持ち合わせませんので、ものみの塔からサタンと呼ばれるのは大変名誉なことと考えることも出来ます。同じ事があなたの場合にも言えるでしょう。手紙が来なくなったのは、その友人があなたの反協会の立場を察知して、もう付き合わないほうがよいと考えたのかも知れません。いずれにしても二年前の古い傷にこだわるより、気分転換して新しいことに興味を向けたらいかがでしょうか。あなたが考えるほどには、組織はあなたのことを注目してはいないかも知れませんよ。