エホバの証人の聖書解釈の幾つかについて

(8-1-03)

1.1914年について
 エホバの証人ならだれでも知っている「七つの時」の計算では、エレミヤ25:11や2
9:10などから、バビロンへの捕囚は文字通りの70年間と考えて計算されている。そし
て、エルサレムが滅びたのはBC607年であり、異邦人の時が終わって天で王国が誕生
したのはAD1914年であるとがむしゃらに固持している。
 ラッセル兄弟の出した1914年説、ラザフォード兄弟が出した1925年説、ノア兄
弟の出した1975年説(ほかにも1873年説、1878年説等あった)、そして記憶に新しい
のは「1914年の世代」に関する見解、どれもすべて、全部、組織が出した年代はもの
の見事にエホバから振られてきたことになる。
 これは何を意味しているか。
 組織のする計算は人間の計算に過ぎないということだ。 1914年王国設立説も同じ。
 「イザヤの預言T」の252ページ、21節にはかなり重大なことが書かれている。
 エホバの怒りのぶどう酒を飲む国々について言及されている部分だ。ティルスを含め、
エレミヤ25:8以降に書かれている諸国のこととして、こう書かれている。
“「これらの諸国の民は七十年の間バビロンの王に仕えなければならない」。(エレミヤ
25:8 - 27、22、27) 実際のところ、ティルスの島側の都市は、丸70年の間バビロンに服
従するわけではありません。バビロニア帝国は西暦前 539年に倒れるからです。この70年
は、バビロニア朝が自らの王座を「神の星」の上にまで上げたと誇る、バビロニアの支配
の最盛期を表しているようです。その支配下にそれぞれの国が入った時期はまちまちです。
しかし、その支配は70年の終わりに崩れさります。その後、ティルスはどうなるのでしょ
うか。" 
  まとめてみると、これらの諸国(もちろんユダの諸都市も含まれているエレミヤ25:
18に)は70年間バビロンの支配下に置かれるが、支配下に入った時期はそれぞれまちまち
であること、バビロンは西暦 539年に倒れるので、文字通り「70年間」支配されない国も
あったこと、したがって「70年」はバビロンの支配の最盛期を表しているようだというこ
とだ。
  つまり、ユダの諸都市がバビロンに支配される年月も文字通りの70年間ではない可能性
を示している。
  となると、BC 537年にエルサレムへ帰還したからといって、エルサレムが滅びたのは
それより「70年」前のBC 607年だということにはならない。歴史家の共通した意見のよ
うに、BC 580何年でもいいわけだ。
  ところが、同じ本の399ページ、4節では、こう書かれている。
“捕らわれのユダヤ人は、永久にバビロニア人に仕えるわけではありません。……預言者
エレミヤによると70年です。(エレミヤ25:11、12)”
 そして、その少し前には“ユダとエルサレムの住民は背教したため、西暦前 607年にバ
ビロンへ流刑にされまます。" とある。
  つまり、エレミヤ25:11で預言されている70年は文字通りの「70年」であると言
っているわけだ。
 
 ちなみに、組織は、「要となる年代」としてBC539年とAD29年をあげていて、
その年代に基づいて聖書の年代計算をしていることが「聖書全体」の本の 282ページ27節
から 283ページ30節に書かれている。前身の「霊感」の本では、「絶対日付」と呼ばれて
いた。
 BC607年も、BC455年も、その二つを起点として出てきた計算上の数字である。
ちなみに、BC 455年も、歴史家の見解とは10年違っている。
 
  結論はどうなるか。
  何が何でも1914年王国設立説が「正しい考え」と言いたいのがだろうが、説明に自
己矛盾を来している。また、今までの全ての熱心な年代計算がエホバに冷たく振られてい
ることから、1914年王国設立説を何が何でも主張するのは変。強引。無理。
 支部の兄弟たち、あなたたちも変だと思っているのでしょう?
 私でさえ思うことを、頭脳明晰なあなたたちが思わないはずがないと思う。
 
2.背教し腐敗し、捨てられたエルサレムと、回復したエルサレムについて
 「イザヤの預言T、U」でも何ども触れられているが、聖書で繰り返しも述べているこ
とは、あんまりひどいので捨てられた神の民だったが、神は絶滅はさせず、少数の者を残
し、結局は回復させたということだ。ひどかったけれども回復オたという音信だ。
 それを「イザヤの預言」の本では、背教し、腐敗した状態はキリスト教世界に適用し、
回復した状態はエホバの証人に適用している。
 そりゃないんじゃないの。
 背教し、腐敗した状態がキリスト教世界のことだとしたら、神によって回復させられる
のもキリスト教世界なんだよ。回復させられたのがエホバの証人だとしたら、背教し腐敗
したのもエホバの証人なんだよ。
 それが「正しい推論」だと思うよ。だって、あの最低のマナセ王だってあのおめでたい
結末だ。さんざん人を苦しめ、山ほどの殺人をしておきながら、まいたものを刈り取るこ
とになったとき、つまり、自分が殺されそうになったとき、恥も外聞もなく、必死こいて
泣いて許しを求めて、結局神に大目に見られたんだよ。あれが許されるんだったら、キリ
スト教世界の罪だって何だって許される可能性はあるよ。
 
3.イスラエルとユダが再び一つになることについて
 
 「イザヤの預言T」の11章では、アッシリアに滅ぼされた北のイスラエル王国(マナ
セとエフライム、サマリア等の表現あり)のことが書かれており、最後の22節では、北
のイスラエル王国をとりわけ背教したキリスト教世界に重ね合わせていた。
 そして167ページでは、イザヤ11:11−14の預言「……エホバが諸国の民のために
必ず旗じるしを掲げ、イスラエルの追い散らされた者たちを集め、ユダの散らされた者た
ちを地の四方の果てから集められる。エフライムのねたみは必ず去り、……エフライムも
ユダをねたまず、ユダもエフライムに敵意を示さない……」に言及し、現代の適用として、
168ページの1節ではこう書かれています。
 “今日、エホバの民は、霊的イスラエル人も地的な希望を抱く人々もメシアの支配のも
とで平和と世界的な一致を楽しんでいます。それは、キリスト教世界の諸教会では考えら
れない状態です。”
 これも本当に正しい推論だと思うかい。鵜呑みにしないで、エホバからいただいた頭を
感謝してきちんと働かせて判断してみてよ。
 聖書が言っているのは、同じ神を信じていながら不仲になってしまったエフライムとマ
ナセ(北イスラエル王国のこと)とユダ王国の人々が、再び集められて平和を楽しむとい
うことだ。
 つまり、これは、同じ聖書の神を信じていながら不仲になっているキリスト教世界とエ
ホバの証人に当てはまると考えるほうが無理がない。
 到来するイエスが旗印となって、不仲な両グループから人々が集められ、かつてのねた
みも敵意もない平和な状態になることを預言していると解釈したほうが一貫性がある。
 統治体も、アッシリアに滅ぼされたイスラエル王国のことはキリスト教世界に適用して
いたのだから、都合が悪くなると自然にできる推論も絶対しない、無視の一手で通り過ぎ
るのは、みずから汚点をつけるようなものだ。
 何回も言うが、間違うことは仕方ないかもしれない。しかし、ご都合主義はエホバには
嫌われると思う。衰退への元凶の一つになると思う。
 
4.組織と交わらなくなった人も「神の羊」と言い出したのは何でだろう。
 今までの信者の人数の数え方だと減っていくかもしれないことを見越して、不活発者も
人数に数えて、お体裁の数字を保持するための前哨戦でないことを祈る。
 だって、そんなのただのこまかし。減るものは減ってもいいんだよ。正々堂々としてた
らいい。ごまかして帳尻合わすなんて恥ずかしいこと、超超卑小な人間の示す精神態度だ
よ。エホバの看板背負ってるなら絶対すべきじゃない。人数が減っても神の名に傷はつか
ないが(自由意志のなせるわざだから)、そんなことしたら御名を辱めることになる。
 
5.イエスは「私の名によって二、三人が集まっているところに私はいる」とおっしゃっ
たのに、実質的に組織の集会のみが聖霊の経路と主張するのは何でだろう。
 イエスの言葉に逆らってまで、組織大事主義になることはない。
 
6.ヘブライ13:7から学べることは何だろう。
 その聖句はこうだ。
 「……あなた方に神の言葉を語った人々のことを覚えていなさい。そして、その行いが
どのような結果になるかをよく見て、その信仰に倣いなさい。」
 彼らは非常に組織に忠実で誠実だった。仕事を調整し、ひたすら神権的なことに打ち込
み、子供をたたき、大学にやらず、そして年をとった。貧困が待っていた。子供は精神的
な病気だったりした。親が死ぬ前にハルマゲドンが必ず来て、子供を残して親が死ぬこと
はないことを希望する。悲惨過ぎる。
 もう一つのタイプは、組織に似てご都合主義と「うか、賢かった。開拓奉仕はしなかっ
た。子供は大学へも行かせた。定年退職して退職金何千万円も手に入れた。退職してから
開拓を考えている。
 どっちも立派なエホバの証人だ。

今度から、ベテル講演は独身じゃないのを派遣してくれるよう頼む。
独身者は会衆の益にならない。むしろ害だな。
理由は二つ。
一つは彼ら自身の問題だ。講演しながら、抜け目なく女を物色している。目でわかる。講
演上手だけに、二心でも十分うまい話ができる。聴衆に対して失礼なことだと思わないか。
しぐさ、話し方は霊性高い様相を呈しているが、そんなのにだまされるバカばかりではな
い。
絶対よこしてくれるな。彼らよりは、渋谷でナンパしている男の方がまだいい。
彼らにはプライドの仮面がない。バカ丸出しでも正直だ。
霊的化粧上手は罪が重い。
とにかく、エホバの証人はあきれるほど人間を見る目がない。
外面に重きを置く組織の視点、教育の弊害だろう。
人間を見る目、判断力、識別力がなければ、世では間違いなくひどい目に遭う。
世も邪悪だが、それ以上に彼らの見る目のなさ、判断力のお粗末さも災いしていると思う。
二つ目は、類友なレベルの会衆の成員の問題だ。
女たちだけでなく、娘を持った長老も心ここにあらず状態で舞い上がっている。話なんか
どこまで聞いてるかわからん。
勝手にやってろと言いたいが、こっちは本当に疲れた中で、貴重な時間をとって集まって
るんだ。冗談じゃない、失礼だろう。
ベテル講演は円熟者をよこすべきだ。
ベテル講演だけでなく、出張講演とやらも同じだ。
同じ会衆の若いもんの話なら、成長のためのカリキュラムの一環として聞いてもいい。聞
くのは成員の責任とも思う。
だが、他会衆の若いもんの話を聞かされるのは、こっちの貴重な時間を軽く見られている
気がする。
娘を持つ身の親心もわからんでもないが、集会を見合いの場にするな。自分たちの個人的
関心事のために、真剣に時間をつくっている者を犠牲にするな。
ベテル講演も出張講演も円熟者がすべきだ。

《編集者より》
非常に多岐にわたる主題について投書を頂きました。一言付け加えますと、1914年はいまだにものみの塔の教義の中核になっていますが、その根拠がますます薄くなっていることに対応してか、ものみの塔協会はこの年代計算をはっきりと話題に出すことは少なくなっているようです。2001年版のものみの塔CD(英語版)で1914年という言葉がものみの塔誌でどれだけの頻度で出てくるかを調べてみましたが、1984年の178回をピークにして徐々に減少しており、2001年23回、2000年20回、1999年17回で、これらのほとんどは年代計算に言及しているのでなく、エホバの証人の歴史の中での重要な年として言及しているに過ぎません。これも他の過去の欺瞞と同様、うやむやに穏便にしてしまおうという、ものみの塔協会の意図が見られるように思います。